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 ふぁーすときす





「もー、わざわざ放送で呼び出してなんの用ですか、いったい」
いつものように文句を垂れながら生徒会室の扉を開け放った。けど、なんの返事もない。室内を見渡してみても、どこにもゲジゲジ太眉毛はない。私がすっぽかすと怒鳴り散らすくせに、呼び出して放置なんてなにを考えているんだか。まったく。
ハンガリーさんとお喋りしてた間に待ちくたびれて帰ったのかな。だとすると今度会ったときネチネチ嫌味を言われそうだ。いや、でも、放課後に何しようと私の勝手じゃないか。あいつの言いなりになる義理は………植民地だから、とか……。
悔しいくらい主張する首輪。それをどうにか外せないものかと弄りながら、部屋の中に足を踏み入れる。しょうがない。十分待って来なければ帰ろう。
中央に備えつけられたソファーに座ろうと近づいた。どうやら先客がいるようだった。
「フランスさん?」
ソファーの上に足を丸投げして横になっているのは、間違いなくフランスさんだった。寝息が聞こえる。ぐっすりと眠っている。なんたってふかふかのソファーだ。私もこれに座って、イギリスさんの長話を聞いてるとき、うとうとしたことが何度もある。
ちょっとだけ空いてる場所、フランスさんのお腹の隣に腰掛けた。
「んー……」
すごくもやもやする。腰掛けたのはいいけど、とてつもなく居辛い。狭いとかいうわけじゃなくて、不安というかなんというか。
多分フランスさんのせいだ。フランスさんには近寄る度にどこかしら体を触られてる気がする。だから今も抱き寄せられそうで落ち着かないのかもしれない。
「どうしよう」
そんなとき、胸元のネクタイが目に入った。結び目をほどこうと逆に締めてしまって呻き声が、なんてこともあったけど最後にはちゃんと取れた。それを使って、フランスさんの両手首をまとめる…と、こんな感じでいいかな。
目の前のフランスさんは頭の上で縛られたまま夢の中。これならあの過激なスキンシップを受ける心配はない。いつもこうならいいのに。こうやってなにもせず、じっとしてればかっこいいのに。
変態であることに揺るぎはないけど、ずっと昔、朧げな記憶の中でフランスさんは不思議な存在だった。海の向こうから来た大きな人。狭い私の世界を広げてくれた。そのおかげで今の私がいる。楽しくて目まぐるしい学園生活――あの眉毛野郎に毎日毎日こきつかわれるのは気に入らないけど。主にバカ騒ぎして充実した日々を過ごしている。
ふと視線を下ろした。陽射しが透けるような金色の髪。赤みを帯びた真っ白な肌。島にこんな人はいない。幼かった私は素直に怖いと感じたんだ。だけど、すぐにそんな感情は薄れた。抱き上げてくれるその腕が温かくて、心地よくて、何度もせがんだ。彼の口にした言葉を真似すると、碧い瞳を細めて頭を撫でてくれた。それが好きだった。だから一生懸命に言葉を喋れるようにがんばったし、彼が教えてくれることは素直に覚えた。
顔にかかった金糸みたいな髪の毛を指で静かに払う。その頬に手の平を乗せると心なしかチクチクした。というわけで髭をむしってみた。
「もしかして寝込みを襲いにきたのかな、この変態さんめ☆」
「その言葉そっくり返します。イギリスさんはどこっすか?私呼ばれたみたいなんですけど」
「イギリス?知らないなぁ。そんなことより俺と愛の……って、お?おおお?」
拘束された腕に気づいたらしい。自由にならない腕にフランスさんは眉をひそめる。
ふはははは、そう簡単にははずれまい!私がどれだけがんばって三重結びをしたと思っているんだ。あがけ!あがくがいい!ふふふふふ…という風に顔がにやける。ああっ、勝った!やったよおじいちゃん!
「そうかセーシェルはこういうのが好きなのか。ごめんな、お兄さん気づけなくて」
うわぁ…。もうやだこの人。帰りたい。
「たまにはいいな。強引にされるのも好きだよ…はぁはぁ」
「放置ぷれいでいいですよね。それじゃ」
「待ったああああああ!!!」
耳をつんざくような声に驚いてしまって逃げ遅れた。おまけに服の裾を掴まれて引き止められる。それでも腰を浮かそうとした。が、捨てられた子犬のような瞳が私を捕らえて離さない。
「いいのかこんな無防備なお兄さんを放っておいてぇっ」
「あー、イギリスさんに見つかったらやりたい放題です。ボッコボコにされます」
「そうだ!あいつにめちゃくちゃにされてもいいのか?!」
「でもさっき強引にされたいって」
「俺はセーシェルにめちゃくちゃにされたいの!セーシェルがいいの!」
そんな駄々こねられても。というか恥ずかしい!そういうこと言われると死ぬほど恥ずかしい!
「よし、わかった!キスで手を打とう」
「い」
「仕方ないなぁ、セーシェルのお願いなら。一回だ」
嫌だって言うつもりだったのに、なぜか交換条件を取りつけられてしまった。ていうかそれ妥協してないじゃないですか。嫁入り前の娘になにさせるんだ、このエロ親父は。しかも意味不明です。私においしいところ全然ないし。
そういえば、いつだったか、ハンガリーさんに身の危険を感じたら、フライパンで自己防衛しなさいって言われたっけ。だけどフライパンとか持ってないしないし。明日から冷凍マグロ持ち歩こうかなぁ。
……あれ、でも講和を持ちかけられてるのに破棄なんて………あぁ、そんなことしたら…。
「うぅ…侵略はやめて」
「セーシェルは本当に可愛いなぁ」
ほら、と差し出された右頬。頬にならいっか。深呼吸して屈む。なんだろ。いい匂いがする。香水かな。それにしてもお腹がすいた。もう少しで夕ごはんの時間だったっけ。今日の献立はなにかなぁと考えていて唇が頬に触れようとした瞬間、素早く顔がこっちを向いた。
「いやあああああああああ!な、な、なにしてるんですか!!!」
「やっぱり唇じゃないと盛り上がらないだろ」
「う、ぁ…フランスさんの変態!」

肩で息をする私を尻目に、フランスさんはキスのなんたるかを説いている。角度がどうとか絡め合うとか、聞いているだけで息が苦しい。話が終わっただろうところで耳を塞いでいた手をどかすと、嬉々とした声が響く。
「ファーストキスなんて小さい頃お父さんに奪われてるものなんだから心配しなくていいからな。今更どうにかなるものでもないし好きなだけやっていいぞ。さぁ、やってくれ!」
「それフランスさんの願望でしょーが。大体おじいちゃんと二人暮しだったんですよ。おじいちゃんはそんなことしませんし、誰が奪うっていうんですか?」
「……………俺?」
え?なんでこの人頬赤く染めてるんですか。え?え?なんか誇らしげな表情だし。なにこれ、すごくおかしくないですか。つまり私のファーストキスの相手が……ってことに。まあ、ありえない話じゃねーですよねぇ。変態に変態をかけて変態足したような変態ですし。前々から疑ってたっていうか登校初日に確信したけど。やっぱり私の体が目当てなのねって。それなら小さいうちから唾つけとこーみたいなこともやりかねない。って、いけないいけない。納得してどうするんだ。しっかりしろ、セーシェル!
「最低です!子どもに無理矢理っ…」
「いや、いやいやいや昔のことだからやったかどうかは…おでこにちゅーするのは日常茶飯事だったけどさ。それに俺から一方的にじゃなくてセーシェルからもやってくれてたから」
そういわれてみればやってたかもしれない。なんだかんだいってあのときはフランスさんに懐いてて甘えまくってた記憶がある。無邪気に頬やおでこにじゃないキスもしてたかも。はぁ、なんだかなぁ……。
「どっちにしろいいよなぁ、誰だろうな、セーシェルのファーストキスを貰える奴は」
「フランスさんが、いいです」
「よし任せろ。準備はできてるからな。いつでもこい」
「でも、やっぱりいいです」
「なんだ、なにが不満なんだ?!そうか髭か、さっき抜こうとしてたもんな。いやでも剃るのは」
「フランスさんのふぁーすときす……もらえない…から」
きっとフランスさんには私の知らない過去がいっぱいある。そのうえ好みだったら男でも女でも口説きに行ってセクハラしちゃうから。それに変態だし。
「セーシェル?」
フランスさんがきょとんとしてる。うわああああ!なんで、ここでふざけてくれないんですか。
今更なにを言えばいいのか分からなくて、私は覆いかぶさった。かといって一回りも体格の違う人だから、ただ私は乗っかってるようにしか見えないわけで。私はまだまだ子どもなんだなと痛感した。
馬乗りになったはいいものの目を合わせる勇気がない。私はフランスさんに口づけた。勢いをつけすぎて歯が当たったのかカチリと音がする。なにがなんだか分からない。感触がどうこうとかより手の汗の方が気になった。押しつけるだけが精一杯で、あの話みたいに……絡め合う…とかできるはずもなかった。
しばらくして唇を離して顔を上げると、ちょうど目が合った。普段やらしい目つきをしてくるくせに、なんだか優しくて、まともに見れない。
「ごめんな、セーシェル」
睨むつもりが、笑ってしまった。犬が耳と尻尾を伏せてしょぼくれている、そんな顔。この人もこんな顔するんだな。私は金髪を掻き上げて、額に鼻先に頬にそれぞれキスをした。


「騎乗位っていいよな。ムチムチで柔らかい太ももとお尻が当たって気持ちいいのなんのって、しかも下からのアングルなんて最高。この体勢は胸が大きければ大きいほどお薦めだよな。なんたって揺れ動くさまを見れるわけだから。いや、なによりそれを恥ずかしがる顔だ。自分から腰を振る姿もたまらん。まあ今まさにこの体勢がそうなんだけど――って、あれ、セーシェル?どこか行くのか?お兄さんの手はいつになったらほどいてくれるのかな?おーい」




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[セーシェル][フランス]

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