魂のゆくえ
Jubileeの続き
ちょっと暴力あり
1989年初夏。
ハンガリーとオーストリア国境にあった鉄条網が撤去された。
時のハンガリー首相の決断だった。
ハンガリー側から撤去が始まり重機は夜を徹して作業を続けているようだ。
オーストリアは人が少なくなった夜半になってから国境付近に初めて近づいた。
44年前、助けられなかった愛しい人の姿はないかと。
国境付近は荒れ地で足場も悪い。
唸る機械の音に顔をしかめつつ辺りを見回した。
工事をやっている国境付近まで近寄って行く。
いる訳無いだろうと思いつつ名前を呼んでみる。
「ハンガリー?」
返答は無い。
暫く返事を待ってみたが聴こえてくるのは重機が鉄条網や柵を壊す音ばかり。
「…居る訳…ないですよね。」
誰に言う訳でも無く一人呟くと踵を返し、ウィーンに帰ろうとした時だった。
「オーストリアさん?」
重機の音の中、自分を呼ぶ声が聴こえる。幻聴かと疑ったとき、もう一度呼ばれた。
「オーストリアさん!!」
オーストリアは後ろを振り向く。
重機のライトの中に浮かぶ人の影を見つける。
淡く長い栗色の髪。薄緑の瞳。
オーストリアは自分を呼ぶ者の顔を確認する。
今にも泣き出しそうな、震える声で自分を呼んでいる女の顔を。
そしてその声の主の顔を見た瞬間、今まで出した事の無いくらいの大きな声でその女の名を呼んだ。
「…ハンガリー!」
自分を呼ぶハンガリーは国境ギリギリの所に立っていた。
オーストリアは思わず走る。国境に向かって走り出す。
ハンガリーが国境から一歩踏み出す同時にオーストリアが国境に達する。
オーストリアはハンガリーの手をぐっと手を掴み、オーストリア側へ引き寄せる。
引き寄せる時、力を込めすぎて思わず尻餅をついてしまう。
そのままハンガリーがオーストリアの腰の上辺りに乗っかる形になってしまった。
信じられないと言った表情のオーストリアはハンガリーの頬に手を当てる。
「ハンガリー…ですよね?幻じゃありませんよね…」
ハンガリーは頬に添えられた手に自らの手を重ね、微笑んだ。
「幻なんかじゃないですよ…オーストリアさん…やっとやっと会えた…やっと…」
ぼろぼろと涙を流しハンガリーはオーストリアに抱きつく。
「ハンガリー…お帰りなさい…待たせて、本当に待たせて済みませんでした…結局貴女に頼った様な形になってしまいましたね…」
「いいんです、いいんです…いいんです…」
消え入りそうな声で呟くと同時にお互い強く抱きしめあう。
44年間求め続けた暖かさを逃さない、もう決して離すまいと力を込めて抱きしめる。
ハンガリーは元からそんなに大柄な女性ではなかったが、記憶にある彼女より幾分か痩せた様に思った。
膝の上に乗る彼女の軽さに今までの苦労を感じ、思わず目を伏せもう一度抱きしめる。
そのまま唇を重ねた。
ただ無心に互いの唇を貪る。
今手の中にある暖かさを、唇に触れる熱さを実感したオーストリアの目にも涙がこぼれ始めた。
互いの涙が頬を伝って口に入リ、唾液と混じりそのまま飲み込む。
互いの頭を抱え込み何度も何度も口づけた。
ハンガリーが呼吸が出来なくなり、顔を離す。
潤む瞳からまた涙が伝う。
その涙を拭いながらオーストリアは少し微笑む。
「会わない間に泣き虫になってしまいましたね…ハンガリー?」
「オーストリアさんこそ。」
そう言ってハンガリーは少し笑い、またオーストリアの頬に口づけてそのまま涙を舐めとる。
ハンガリーは少しだけオーストリアを見つめて、彼の肩に顔を埋めた。
背中に廻された彼女の手が震えている。
やっと会えたオーストリアの顔を見て、今日、いやこの瞬間まで張りつめていた緊張の糸が一気に緩んだからだ。
ハンガリーは革命の荒波の中、ずっと歯を食いしばり愛する人の顔を見るまでただ走って来た。
そして、今日自分の国に穿たれた鉄のカーテンを壊す事が出来たのだ。
そして44年間、一日たりと忘れる事無かった愛しい男の元へと戻れた。
軽くなった体が、震える手が今までの彼女に起こった事を暗に物語っている事をオーストリアは悟っていた。
今まであった事は彼女が言わない限り何も聞かない。
あのウィーンでの別れの日から、彼女をこの手に取り戻そうと誓った時から決めていた。
「大丈夫ですよ。」
そう言って頭を撫でる。
「これからは…私が守りますから…ね?ハンガリー。」
背中に回したハンガリーの手が強くオーストリアの上着を握る。
「安心して下さい、大丈夫です。大丈夫ですから…。」
子供をあやす様に背中をさする。嗚咽まじりになってくる。
震えているハンガリーを安心させるために何度も何度もオーストリアは「大丈夫」という言葉を繰り返す。
10回以上「大丈夫」を繰り返してからオーストリアは言葉を変える。
「ハンガリー…愛しています。だから泣き止んで下さい。」
上着を握る手の力が少し緩む。
「あなたを愛してます。だから今日が来たんですよ?」
「オーストリア…さん…」
髪を撫で優しく語りかける。ハンガリーの顔が上を向いた。
その涙に濡れた顔を見ながら、微笑む。
「貴女も…私に会いたかったから頑張ってくれたのでしょう?私も同じ気持ちでしたから、今日まで頑張ったんですよ。
お互い一緒の気持ちだったから今まで頑張れたんじゃないのでしょうか…ハンガリー?」
そう言うとオーストリアはもう一度口づけし、まっすぐ顔を見て言う。
「…家へ行きましょう?まだ夜は寒いですから…」
すっと立ち上がるとハンガリーの手を引く。
何も言わずハンガリーは少し目を伏せ、手を握り返す。
闇の中、少し歩くと森が見えて来た。
国境から少し離れ、人の気配もない。重機の音も聞こえなくなって来た。
何も言わず只二人はオーストリアの家に向かって歩いていた。
が、森の側を通りかかったときハンガリーがオーストリアの手を力一杯引き森の中へ連れ込んだ。
「は、ハンガリー!?」
柔らかい草の上にオーストリアを押し倒し、上になって口づける。
「ご、ごめんなさい…もう、我慢できません…」
ハンガリーの真っ赤な顔で月灯りに浮かび、切羽詰まった瞳がオーストリアを見つめる。
眉間にしわを寄せ、困った様な顔。
そんな顔を見せられては怒れない。
我慢が出来ないのは自分も同じだ。
微笑んだオーストリアは上着を脱いで土の上に敷く。
その上にハンガリーを座らせると、もう何度目か解らない口づけを交わす。
服を脱がせば記憶にあるよりも幾分か痩せた体が月灯りに照らされる。
かれこれ40年以上ぶりに間近に見る彼女の体。知らない傷が増えているのが痛々しい。
「あんまり…見ないで下さい…傷増えちゃったし…」
「そんな事気にしませんよ?」
そう言ってオーストリアは腹にある生々しい引きつれに軽く口づける。
ハンガリーもしゅるりとオーストリアのネクタイを取ってシャツを開けさせ同じ様に鎖骨にキスを落とす。
自分よりも白く傷の無いオーストリアの体に紅い花を散らす様に口づけを落とす。
負けじとオーストリアも口づける。
首に、胸に熱い口づけ。
お互いが触れる場所全てに熱が帯びてくる。
まどろっこしさを感じながらもお互いの存在を確かめる様に体をなぞり、口づけを繰り返す。
「ふ、あ…オー…ストリアさん…」
いつの間にかハンガリーは衣服を全部脱がされ、オーストリアの膝の上に乗せられていた。
オーストリアはハンガリーの胸を揉みながら乳首に吸い付く。
きゅっと甘噛みされると下腹と直結しているかのように下半身が疼きだす。
グズグズに濡れそぼる己の密壷が直にオーストリアの太ももに当たっている。
時々足に当たるオーストリアの猛りによる刺激にハンガリーは思わず強請る。
「オーストリア…さん、早く…下さい…」
無言でオーストリアはハンガリーを倒し、待ちわびて泣いている密壷に顔を寄せた。
「もう少し、貴女を味あわせてください。」
そう呟くとハンガリーの足の間に顔を埋めひたすら密壷を舐め始める。
くちゅくちゅとした水音が夜の森に響く。
それの中にハンガリーの嬌声も混じりだす。
「あ、い…ふぁあ、おーす…」
快楽に浮かされぼんやりとする頭でハンガリーは目の前のオーストリアの腰に手をかける。
「オーストリアさんも…脱いで下さい…」
その声を聞いてオーストリアは一瞬躊躇したが「わかりました」と一言言うとズボンと下着を脱ぐ。
「続き…しましょう?」
そう言ってハンガリーはオーストリアを跨ぎ、オーストリア自身を口にくわえ執拗に舐める。
ハンガリーは鼻を衝く待ちわびた香りにうっとりし、一瞬意識を手放しそうになる。
オーストリアを口に含み、舐め上げ刺激する。
裏筋に歯を立ててやればオーストリアの体が弛緩する様も愛しい。
その下で絶え間なく襲う刺激に耐えつつオーストリアはまたハンガリーの秘所をなめ、莟を刺激する。
「ん、くぅ!!」
思わず莟を噛んで軽く達したハンガリーが自分のモノに歯を立てる。
痛みに近い甘い刺激。
待って待って待ちわびた感覚。もっともっと彼女が欲しい。
もっともっと深く熱い所に行きたい。真面目な顔でオーストリアはハンガリーに問う。
「ハンガリー、もう止まりませんが…宜しいですか?」
こんな時までくそ真面目に聞いてくるオーストリアに思わずハンガリーは吹き出してしまう。
「ふふっ、オーストリアさん変わってない…」
そう言って笑う。
けどまた彼女の目には涙。
「変わって…ないですね…私…は…変わったのは…私だけ…」
ハンガリーの目から大粒の涙がこぼれだした。
あのブタベスト陥落の日から、今日オーストリアに再会するまでロシアの家であった忌々しい日々。
何度も何度も色々な国に犯され、心も体もぐちゃぐちゃになるまで痛めつけられた。
仕方の無い事なのかもしれなかったが、今まで自分を保てた事すら奇跡だったかも知れないくらいの日々。
思い出したくなくても心に、体に染み付いていた。
こんな汚れた自分が彼に抱かれる資格など本当は無いのに。
そう思った瞬間蘇るロシアの声。
「君はもう僕の物なんだよ?」
ゾワリと下半身を這うように嫌な思い出が蘇り、冷たい感覚に支配されかけた瞬間、オーストリアに抱きしめられた。
熱い肌の感覚に我に帰る。
「辛い事を忘れろというのは無理です。」
ハンガリーを抱く手に力がこもる。オーストリアの手も震えていた。
「忘れられなくても…今貴女の目の前にいる私を…みて下さい…?前を見ましょう?」
オーストリアはまっすぐハンガリーを見据える。
「過去は過去で反省として、未来を見つめましょう。ね?」
もう一度抱きしめてオーストリアは言う。
「大丈夫ですよ、もう大丈夫です。もう貴女を離しません…貴女が安心するまで何度でも言います…愛しています…」
頬を撫で、涙を拭う。
「笑って下さい。これからは…皆が自由に笑える様な社会なのです。もう泣いていてはいけません。」
最後の部分を少し強く言う。
ハンガリーが頷くとオーストリアはハンガリーを横たえるとぐっと胎内に己を埋める。
その瞬間ハンガリーの頭の中で火花が散り、今まで不安が吹っ飛ぶ。
「ん、ふぁああ!!」
「まあ…頑張ったご褒美…下さい…」
少し照れた顔でオーストリアがハンガリーに聴こえるか聴こえないかの声で呟きながら腰を奥へと進めて行く。
熟れた果実の様に柔らかく、匂い立つ秘所にずるりと飲み込まれて行く。
絡み付く熱い中は、待ちわびた人を受け入れるために最高の状態になっていた。
オーストリアは中で当たる所全てに吸い付かれる様な感覚に囚われる。
長い間生きて来て、挿れただけでここまでの快感を与えられた事は記憶に無い。
「ん、ハンガリー…動きますよ?」
「はい、は…も、我慢できない…動いて下さい!」
ぐっと中が締まりだす。オーストリアは強引に腰を引きもう一度突き上げる。
結合部からグポッと音を立て愛液がこぼれ落ちた。
溢れ出る蜜の中に己を突き立て、ハンガリーを揺さぶる。
甘く熱い声がオーストリアを支配し始めた。何度も何度無心になって彼女を貪る。
締め付けが緩めば白く柔らかな胸に噛み付き収縮を促す。
乳首を弾き、首を噛む。呼吸する暇もなく動き続ける。
普段の彼からは想像ができない程の激しい攻め。
それほどにオーストリアもハンガリーに焦がれていた。
ハンガリーも背中に当たる草や小石の感触など忘れ、だただオーストリアを求める。
背中に手を廻し、オーストリアに突き上げられる度に彼の背中に爪を立て飛びそうになる意識を引き止める。
オーストリアの腰に足を搦ませ、一番奥の奥まで誘おうと必死になる。
恥骨を打ち付け合う程強く深く繋がりあう。
いつの間にか頭が真っ白になり只オーストリアの名前だけ読んでいた。
「ハンガリー…!愛してます!」
オーストリアが叫ぶと同時に一番強い締め付けがオーストリアを襲う。
「オ…ストリアさん…」
名残惜しげに収縮を繰り返すハンガリーはオーストリアの腕の中で意識を手放した。
その顔は安らかな笑みをたたえている。
オーストリアは少し名残惜しいが自らを引き抜くと身支度を整える。
「まだまだ…やる事は残っています。」
寝息を立て始めたハンガリーを抱えると家に向かって歩き始めた。
家に帰るとドイツが玄関の前でうろついていて、オーストリアの姿を見つけるとすっ飛んできた。
オーストリアの腕の中で寝息を立てる彼女をみて、安堵の表情を浮かべたが同時に落胆の溜息を漏らす。
そして何をやっていたかは聞かぬのが情けと言わんばかりの顔でオーストリアを見る。
「…ハンガリー…だけか。」
「ええ。彼女を暖かいベッドで寝かせてやりたいので中に入りましょう」
ハンガリーを寝かせたベッドの横でドイツとオーストリアは話を始める。
…本来ならここにいるはずのプロイセンの話を。
「兄さんの事をハンガリーは何か言っていたか?」
「特に何も言ってはいませんでしたが、多分…」
多分ロシアにとってプロイセンは最後の取引材料。
最後の砦。いくらロシアが弱体化しつつあると言えども簡単にあそこから出て来れるとは思えない。
「一度、勝負をかけますか?」
オーストリアが呟く。
「どうやって?」
「ハプスの力を借りましょう。そしてドイツ、噂を流しましょう。」
「噂?」
「東ドイツにハンガリーから私の国を経由すると西ドイツへ亡命しやすいと。」
「そうすれば…ウマくすれば兄さんが出てくる…。」
「そうです。まあ上手く行くかどうかは賭けですよ。」
「…手伝います、私も。」
いきなりの声にドイツとオーストリアは下を向いた。
下を見れば目を覚ましたハンガリーが二人をみていた。
「すみません、鉄のカーテンのことが決まったとき…プロイセンにも一緒にいこうって言ったんです。
けど、あいつ…私とは一緒に行けないって…動けなくって…あの時助けてくれたのに…だから迎えに行かなくっちゃいけないんです。」
涙をまた流し始めるハンガリーをオーストリアは抱きしめた。引っかかる言葉の事は追求しない。
「じゃあ準備開始だな。」
ドイツがそう言って立ち上がると頭を下げる。
「兄さんを助けて欲しい。協力を頼む。」
「言われなくても。どうやら…借りもある様ですしね。」
オーストリアは微笑んでドイツと握手をした。
その数ヶ月後の秋、東欧、そしてソ連は荒れ狂う時代の波に翻弄されていた。
変わりゆく政治体制。吹き荒れる民主化の風。
人が少なくなったロシアの家にプロイセンはまだ居た。
ハンガリーが自分の前から去ってからこの半年程の間、死ぬ気で動いた。
噂をたよりに国民を逃がすため。
夏の汎ヨーロッパピクニックの成功で政府は既に自壊し始めた。
頻発するデモに嫌でも体が熱くなる。
あの時国へ戻り、ハンガリーからオーストリアへ行く国民にまぎれ行ってしまえば良かったかもしれない。
しかし自分には義務がある
近いうちになし崩しにこの国は壊れて行く事だろう。
それを見届けるためにここにいた。
その最後の力を蓄えるため、プロイセンはここに居た。
ロシアをせめて一発殴って消えてゆこうと。
手をぐっと握る。昔の握力を取り戻しつつある拳。
「もうちょっとか。冬までにはなんとかしてえな。」
立ち上がって窓の外を見る。
政府の人間らしい男が小走りに屋敷に入って行くのが見えた。
「?」
一瞬疑問が生じるが気にも止めずまた椅子に腰掛け、何時行動を起こすかのタイミングを考えはじめる。
暫くすると屋敷が中がざわめき始めた。
疑問に思ったプロイセンが部屋を出るとそこにはロシアが居た。
青ざめた顔で自嘲の笑みを浮かべて。
「終わりだよ。プロイセン。」
「…何がだよ。」
「君の家で僕の上司がやってくれてね。終わりだ。全部…終わったよ!ははは…フフフ…」
プロイセンは眉をひそめる。ロシアのセリフが演技なのかどうか計りきれない。
「さっさと行けばいい。帰ってしまえばいいよ。」
そう言ってロシアは後ろを向く。
屋敷の中でざわめく声が聞こえる。どうやら事実らしい。
各国の自主路線の容認…つまりは民主化の推進の容認。
その事を式典で繰り返したことにより、いままで培ったものがロシアの手からこぼれ落ちて行く。
「おい。」
プロイセンはロシアを呼び止めた。
ロシアが振り向く。その瞬間顔に一発拳を叩き込む。
ぐらりとロシアの体が揺らぐ。
「ハンガリーの分だけにしておいてやる。」
そう言ってプロイセンは振り向かずにロシアの家から出て行く。
ロシアは座り込んでズキズキする頬をさする。
「痛い…ね…皆こんなに痛かったのかな。僕の何がダメだったんだろうね…ハンガリー…」
ロシアは問いかける。が、その答えを教えてくれる者はロシアの側にはいない。
季節は秋になり11月を迎えた。
ちょうどあのハンガリーの動乱があった月。
この時期になると嫌でもあの日を思い出して、腹に残る傷跡がハンガリーを苦しめた。
しかし今年は気にする余裕も無く働いている。
東ドイツ市民を逃がす中間地点の自分は無事に、一人でも多くを通過させなければならない。
その時に一つのニュースがハンガリーの耳に入った。
東ドイツで「旅行許可に関する出国規制緩和」が発表されるという。
ドイツの元へ急いで向かうとそこにはオーストリアにイタリアも居た。
「多分、今晩にはベルリンの壁は無効になります…
問題はプロイセンがそこにくるかどうか…ですね。」
「兄さんの事だ、格好つけて出てこない可能性は否定できん。」
神妙な顔のオーストリアとドイツ。
「え、じゃ…通れる様になるんだったら俺たちが行ったらいいんじゃないの?ドイツー?」
思わず全員で顔を見合わせた。
「だって俺たち国じゃない?渡航許可…とかいったっけ?」
そして三人が吹き出す。待つのではない、行けばいいだけなのだ。
ハンガリーは半年前の約束を思い出す。
「イタちゃんの言う通りね。迎えに行きましょうよ。あの馬鹿を。」
夜の7時、政府のスポークスマンの発表によりベルリンの壁のゲートが開く。
その情報を得て、壁の一番前に4人は立っている。
プロイセンは来るだろうか。
来なければ自分達が東へ行き、プロイセンを引っ張ってくる覚悟で立っていた。
ゲートが開く。
意外にもプロイセンは一番前にいた。痩せて目だけがギラギラ光っている。
手を挙げて敬礼のような仕草をしてニッと笑う。
「よ、やっと帰ってこれたぜ。」
プロイセンがそう言うと市民が怒濤の様に西ベルリンに押し寄せ、姿を見失う。
歓喜の声がドイツ中に広がる。その刹那プロイセンの姿は人の波にかき消され見失った。
「兄さん!」
「ヴェー!!プロイセン〜どこにいるんだよーーー!!!」
「プロイセン!!」
「何処にいるの?返事しなさいよ!!」
口々にプロイセンの名を呼ぶ。
ハンガリーはひと際大きい声で叫ぶ。
「プロイセン!!!」
その瞬間、ハンガリーは転んだ子供を親に渡しているプロイセンを見つける。目と目が合う。
「ドイツ君!居た!!」
ドイツが振り向く。泣きそうな顔になっている。
「兄さん!」
ドイツはプロイセンの方に向かって走り出す。
プロイセンも4人の姿を確かめるとこっちに向かって走り出した。
44年ぶりの兄弟の邂逅。
ドイツは両手を広げプロイセンを受け止めようとした。
が、プロイセンはドイツを通り過ぎハンガリーに抱きついた。
ハンガリーの胸に顔を埋めてしっかりと抱きしめる。
「んぁ…!!?」
ドイツは何が起こったが理解できず、兄を受け入れるために両手を広げたまま呆然と立ち尽くしていた。
「ハンガリー!ハンガリー…!!」
「え?何あんた…!!」
「俺、お前に会うためだけに今日まで…きょ…まで…」
嗚咽まじりの声で言葉が聞き取れない。胸の辺りが湿る感触がする。
「…ハンガリー、やっと…会えた…あったけえ…」
プロイセンがそう呟くと膝から力が抜け崩れ落ちる。
ハンガリーの腕を握ったままプロイセンは倒れ込んでしまった。
涙と鼻水でぐしょぐしょになった顔。
気を失っているが、ハンガリーの腕をしっかりと握り離そうとしても離れない。
ハンガリーの後ろに居たオーストリアが目を丸くしてハンガリーを見る。
ハンガリーも困った表情でオーストリアを見返した。
ドイツがプロイセンを背負い、4人は並んで歩いて帰った。
その間もずっとプロイセンはハンガリーから手を離そうとしない。
ドイツの家に戻りベッドに寝かせてもずっと離さない。
ハンガリーの手を握り、子供の様な顔でプロイセンは眠っていた。
「すまないと言っていいのか…どうか…」
ドイツが申し訳なさそうにハンガリーを見る。
「いいのよ。ドイツ君。私が暫く様子みているから、お仕事行って来て?」
「じゃあ、甘えさせてもらう。兄さんのこと…頼む。」
「うん、いってらっしゃい。」
ドイツが部屋から出て行くと、ハンガリーはプロイセンのおでこを爪弾いた。
「迎えに行く前に自分で来ちゃったね。」
もう一回爪弾く。プロイセンの顔が少し歪む。
それをみてもう一回爪弾いて少し微笑む。
「やっぱあんたは強いなあ…」
「…当たり前だ。俺様だぜ?」
「ひゃ!起きた!!」
「何回もデコピンすんじゃねえ!安らかな夢を見てたってのに…」
口を尖らすプロイセンをみて、ハンガリーは安堵からか大きなため息をつく。
「そんな口を叩けるなら大丈夫ね。待って、なんか温かいもの持って来てあげる。
お腹空いてるでしょ?そうだそうだ、まだドイツ君いるかな?」
立ち上がろうとするハンガリーをプロイセンは手を強く握り引き止め、自分の方に引っ張る。
その勢いにハンガリーはベッドの上に倒れ込んだ。
視線が同じになる。
目の前に真面目な顔のプロイセン。
「ハンガリー。悪かった。」
その顔に気圧され、ハンガリーは一瞬身を引く。
「…あの日のこと…謝らねえとって思ってた。一度でもお前とやれたらずっと持ってた気持ちを忘れられるって思ってた。
ボロボロになってたお前みて、正直むちゃくちゃそそられた。ロシアの野郎に言われなくても正直襲っちまわない自信無かった。」
「な、何言ってんの…?」
「でも逆だった。忘れられないで逆にお前の事ばっか考えちまって何も出来なくなった。だからお前の顔を見ない様にしてた。
お前が出てった春の日からずっとお前の事ばっか考えてて…お前に会いたくて必死になって動きまくった。」
強引に蓋をした記憶を呼び戻され、ハンガリーの目に混乱が浮かぶ。
そんな顔をさせたくないのに、でも口が止まらない。
「たとえ意識が無くて、俺をみていなくてもお前を抱けた事だけが今日まで俺を支えてくれたんだ……クサいか。」
プロイセンはそういって顔を背ける。やっと手を離し枕に顔を埋める。
「…まあな、そう言う事…なんだ。うん、気に…するな。」
しどろもどろのプロイセンの様子を見て笑みがこぼれる。
ハンガリーはこの不器用な幼なじみの気持ちを理解してプロイセンの髪を撫でる。
「ありがとう…ありがとうね?プロイセン。」
それだけ言うとハンガリーは「温かいスープ持ってくるから」といい、立ち上がって部屋から出て行った。
部屋の外にはイタリアとオーストリアがいる。
「ドイツは仕事に行きました、あのお馬鹿は目が覚めた様ですね?」
「ええ、まだ起き上がるのは無理そうですが。イタちゃん、スープ作るの手伝ってくれる?」
「ヴェー!了解であります!!」
二人が台所に向かうのを見送るとオーストリアは寝室に入る。
ベッドの上のプロイセンを見ると、あの初夏の日に再会したハンガリー以上にやつれぼろぼろになっている。
「こんなになるまで…本当にお馬鹿さんですね…もっと早く帰れたというのに。」
「うるせー、こっちにも色々都合があったんだよ!」
ベッドに近寄りプロイセンの顔を見る。
やつれていても、目の光は昔のまま。それをみて少しオーストリアは安心した。
「早く回復しなさい、ドイツが一人で頑張っているんです。貴方の分もね。」
「…解ってる。」
壁の解放の瞬間、消えなかったという事は神はまだどうやらプロイセンに生きろと言っているらしい。
「あとはお礼を言わないといけません…ハンガリーを助けてくれてありがとう…」
プロイセンは刮目してオーストリアを見る。オーストリアは微笑む。
「ハンガリー動乱で怪我をした時、貴方が治療して回復するまで側に居てくれたと聞きました。」
プロイセンはぽかんとした顔でオーストリアを見る。
「ロシアの家に居る間、貴方がいるというだけで彼女に取ってはかなり大きな安心材料だった様です。
ハンガリーを支えてくれたことに感謝しています。その結果が今日なのです。貴方も頑張ったから、今日が来たのです。
…貴方のパワーには驚くばかりです。彼女に会いたいがため、たった半年であの壁を越えて来たのですから…私は40年以上かかった。」
オーストリアがプロイセンに笑いかける。
「宣戦布告…という訳ではありませんが、今日ようやく同じスタートに立ちました。私も遠慮はしませんから貴方も本気で彼女に向かいなさい。」
「え?」
「理解できていない様ですね?」
目を丸くするプロイセンに、あきれ顔でオーストリアは続ける。
「彼女も貴方と同じですよ。貴方を早くこちらへ連れ戻すため、必死に働いていたのですよ。ただ幼なじみを救うという以上の思いを感じました。
貴方を助けたいという気持ちはドイツ以上だったのを強く感じていました。ですからプロイセン、貴方もその気持ちに応えなさい?
でも私もみすみす渡すつもりなどありませんからね。」
にっとオーストリアが笑うとプロイセンも笑う。
「…後で返せつっても返さねーぞ。」
「その前に簡単には渡しませんよ?」
くくっとお互い笑い合うとノックの音が響く。
「スープ持ってきましたよ〜開けていいですか?」
「はい、今開けますからね。」
オーストリアが立ちあがり、ドアを開ける。
一杯のショートパスタが入ったミネストローネの鍋を持ったイタリアと、皿を持ったハンガリー。
「ヴェー!プロイセン!!おかえり!今ドイツ出てったけどすぐに帰ってくるって!」
「おー、イタちゃんか。久しぶりだな!!」
鍋を置いてイタリアがプロイセンに飛びつく。
ぐりぐりと頭をプロイセンにこすりつけている。
その様子をオーストリアとハンガリーは笑いながら眺めていた。
「兄さん!!」
ドイツが息を切らせて部屋に飛び込んで来て、イタリアの上からプロイセンに抱きつく。
「ぐえ!!お前ら俺を殺す気かぁ!!!」
下敷きになったプロイセン。その上に更にハンガリーがふざけて被さる。
「おかえり。やっとあんたが帰って来たね?」
ドイツやイタリアが色々喋っていたので、その声がプロイセンに聞こえたかどうか解らない。
けれどプロイセンは応えた。
「おう、ただいまだぜ。」
それを見ているオーストリアは思う。
皆が笑っている。そうずっと待っていた光景。
あの日取り戻そうと誓った安らぎを前に目を細めた。
ハンガリーが側に戻ってきてオーストリアの顔を見る。
「やっとですね。なんか夢みたい。皆がこうやっていれることが…」
「夢じゃないですよ。ただ思う気持ち一つで強くなれると言う事が解った様に思います。
ハンガリー、貴女はどうですか?」
ハンガリーは笑いかける。
「そうに決まってますよ?何言ってるんですか?」
「そうですね。貴女に聞いた私が馬鹿でしたね。」
目を細めたオーストリアを見て、ハンガリーはくすっと笑うと鍋に向かう。
「さあここで皆一緒に食べちゃいましょう!ほら!イタちゃん手伝って!」
終わりー