見るからにマフィアな男２人に乱暴に引き立てられ、後ろ手に縛られたままソファに
突き飛ばされ、パリーは毒づいた。
　だがその表情は明らかな怯えを伝えている。

「逃げようなんて考えるんじゃねえぞ」
「わかってるだろうな、逃げたらお前の女や娘を狙うからな」

　実の娘ではなく、父親を亡くしたサムを引き取ったのだが、いずれにせよシャーロット
やサムを巻き込むわけにわいかない。パリーはまた毒づいた。その相手は目の前にい
る誘拐犯ではなく、どこかに行方をくらましている弟のレイに向かってだ。

「あの馬鹿野郎め！」
「そう、俺達は被害者だ。あいつが顔を出しそうな所に、兄貴を預かっていると噂を流し
ている。弟を信じて待ってろよ、お兄ちゃん」
「こ、これは犯罪だぞ、わかってるのか？」
「借金こさえてトンズラこいてるアンタの弟は犯罪者じゃないってのか？」
「安心しろよ、金さえ戻ればアンタは無事帰れる」

　そういうわけで、パリーは人質となっているのであった。
　だが、その情報がレイに伝わるかも怪しい状況では、とても安心などしていられない。
時間が経てば彼らは痺れを切らして、パリーの指の一本や二本、切ってしまうかもしれ
ない…。レイが来たとしても、無事帰れる保証もない。元警察官とは思えないほどオロオ
ロしているパリーを見て、男達は最初ニヤニヤと嘲笑を浮かべていたが、そのうちに頬
を染めてソワソワし始めた。

（なんか、こいつ、カワイクね？）
（あ、ジム兄ぃもそう思います？）
（なあ、ちょっとつついてみろよ、トム）
（ええ〜マジっすかぁ）

　笑みを抑えた男達が無言で近寄ってきて、今から暴行が始まるのかとパリーは身を竦め
た。そこだけは竦むことのない口で必死に主張する。

「お、俺は心臓を患っているんだ。発作を起こして死んでもしらないぞ！？」

　脅しだか何だかわからない主張は一笑に付された。
　弟分と思われる男の手が上がり、パリーは歯を食いしばって目を閉じる。だが、男はパリー
の頬を指先でつついただけだった。ついで、もう一人の男の手がパリーの髪の毛を梳く。

「………？」

　恐る恐る目を開くと、男たちの顔には愛玩動物を可愛がる飼い主のような悦とした表情が
浮かんでいる。新手の心理攻撃かと、パリーの背中を冷たい汗が伝う。その時だった、扉が
ノックもなしに開けられたのは。入ってきたのは小柄な女性で、途端に男達が直立不動の姿
勢をとる。

「そいつがレイの大事な人？」
「そ、そうです姐さん！」
「ふ〜ん、なかなか可愛い顔してるじゃないの」

　姐さんと呼ばれた貫禄たっぷりの女性は、パリーの前までくるとしゃがみこんで視線を合わ
せた。

「アンタの弟にはやられたよ。前からの付き合いで油断していたとはいえ、ウチらを騙すとは
かなりの度胸があるね」

　そんなこと知るか、とパリーは叫びたかった。いつも能天気に人生を楽しんでいるように見
えるレイが、実は色んな悪事に手を染めていたなど。僅かに震えながらも「俺は関係ない…」
と呟くパリーに、女性は淡く微笑んだ。

「関係ならあるわ。アンタはレイの唯一の家族じゃない」

　血は繋がっていない、と告白するのは、この場では有利だろうか不利だろうか。黙り込んだ
パリーに、女性は満足そうに立ち上がった。

「不憫とは思うけど諦めるんだね。アタシの夫もアンタに会いたがってるよ。あの人、レイにコ
ケにされてだいぶ怒ってるからね」
「姐さん、ボスは」
「まだ仕事中さ。あと３時間ほどかかる。ジム、トム、こいつの面倒はあんた等がみな」
「承知しました！」
「それにしても…こんなに怯えてる子を苛めちゃ可哀相じゃないか？　今日はあの人が来れな
いよう、アタシが一肌脱いでやるよ」

　優しい手つきで頬を撫でられ、パリーは嫌がるように顔を振った。その様子にフフと笑うと、
女性はくるりと背を向ける。

「ジム、トム、多少は許すけど、楽しむなら仕事を忘れない程度にするんだよ」
「は、はい姐さん！」

　窘められた２人は、女性が立ち去ってからもしばらく頭を下げていた。
　パリーの方は気が気ではない。

「楽しむって…おい、暴力反対なんじゃないのか、あの女は」
「そうさ、姐さんはお優しい方だからな」
「じゃあ一体なにを言ってたんだ」
「それは今からわかる」

　ジムとトムが再びパリーに近付く。
　何が何だかわからないが、パリーは人生の中で初めて、レイが自分の前に現れてくれる
ことを心の底から願った。