「ジャック!」
出動前の、緊迫した時に。
迷惑だということはわかっている。
でもどうしても、いつも呼び止めてしまうんだ。
「なんだトニー」
舌打ちしつつも振り向く自分が嫌いだ。
張り詰めた糸を、柔らかく解されるような。
今は…いや、いつも、前だけを向いていたいのに。
「その…気をつけて」
舌打ちされるのも無理はない。
出てくるのは、こんな月並みな台詞で。
ジャック、貴方にはわからないでしょうね。
この言葉に、どれだけ切実な願いが込められているか。
「言われるまでもない」
お前の目を見ればわかる。
言われるまでもないんだよ、トニー。
どれほど、僕の身を案じてくれているのか。
つい返してしまうのは、あいにく憎まれ口だけれど。
「そうですね…」
言葉なんて無力で。
どうか、どうか気をつけて。
無責任な願いを、心の中で何度も唱える。
会話にならないような会話を、毎回繰り返してる。
彼の無事を祈る時間だけ、自分のために彼を引き止める。
「じゃあ…」
言葉なんて無力だ。
僕のことなんて気にするな。
優しい彼に、それをどう伝えればいい?
この国を、大統領を、キムを、…そしてお前を。
守るためなんだから、何があったって僕はいいんだ。
「ええ…」
ジャックは動かない。
焦れたチェイスが呼んでいる。
一刻を争う時機だと言ったのはどの口か。
だけど本音は、ジャックに行ってほしくない。
「じゃあ、…」
チェイスが呼んでいる。
ああ、僕が行かなきゃ始まらない。
過酷な任務に就く前に、もう少し彼の声を。
わかってる、本当は引き止められて嬉しいんだ。
「…トニー」
「はい?」
「行ってくる」
「――はい」
そう、言ってくれるから。
俺はまた、余計な願い事を一つ。
おかえりなさい、を言わせて下さい。
どうか、帰還したら真っ先に俺のもとへ。
そう、言うのは僕の弱さか。
そしてまた、余計な希望が一つ。
なあ、そんな心配そうな顔をしてるなよ。
戻ったら、真っ先にお前のもとへ向かうから。