いつも、不安に感じている。

　自分が嫉妬深い男だという自覚はある。相手のことは全て知りたいし、 全てを捧げる気持ちでいる。
恋愛に関して、自分はかなり拘束めいた 情熱を持っていると思う。

　でもこれは、俺の性格のせいじゃない。
　不安を煽るような２人のせいだ。

　こうして今、彼女と抱き合っていても。
　セックスしている俺たちよりも、職場でアイ・コンタクトしている２人 の方が繋がりは深いんじゃないか
と思うほどだ。その思いが顔に出たのか、 彼女が苛立たしげな溜息をついた。

「トニー、どいて」
「ニーナ」

　片手で折れそうなか細い腕が、容赦なく俺を拒む。

「こんな時に、過去の男のことで嫉妬されるなんて不快だわ」
「過去の男？　本当に？　集中してなかったのは君だろ。ジャック を思い出してたんじゃないのか？」
「やめて」

　ジャック・バウアー。
　俺とニーナの上司にあたるその人の名前は、俺たちにとって鬼門だった。 彼はかつてニーナと付き
合っていたが、別居していた妻とよりを戻したため 別れたのだ。ニーナは、納得していると言っている。
後に引き摺るものは何 もない、と。しかし、その後すぐに俺と付き合い始めたのは、ジャックを忘 れる
ため、あるいはジャックへの当て付けなのではないか？　２人が付き合 っていたのを俺が知っていた
ように、ジャックだって俺たちの関係に気付い ているはずだ。

「ニーナ。言えよ。今もジャックと寝ているのか？」
「トニー！　怒るわよ。いま私が付き合っているのは誰なの」

　そう言われても、心のわだかまりは治まらない。
　彼女が愛の言葉を囁くことは滅多になく、職場では俺を全くの部下として しか見ていない。
　そして彼女は、いつもジャックの隣にいるのだ。ジャック からの信頼も、俺とは比べ物にならない。

「それは俺が聞きたいよ。俺は一体なんなんだ？　君は今もジャックを 忘れられないんだろ？　そんな
に奴が良かったのか？」
「トニー、放しなさい！」

　繊細な容姿に不釣合いな、鋭い視線で睨まれる。
　思わず身を引くと、ニーナは立ち上がって服をつけ始めた。

　ああ、またか…と思う。
　彼女を愛したいのに。彼女に愛してほしいのに。
　ジャックがいつも、邪魔をする。

「ニーナ…悪かった。俺は――」
「私と会うと、貴方はいつもジャックのことばかり。そんなにジャックが 気になるなら、彼と寝ればいいわ」

　冷たい口調で言い放つと、ニーナは振り向きもせずに部屋を出て行った。


　―――＊―――＊―――


　それは、なんてことない、少し珍しい一日のはずだった。
　久しぶりにジャックがオフィスにいて、見上げればガラス越しに彼の姿 を捉えることができる。デスク
に向かう彼は意外に小柄に見えて、普段の イメージからは想像できないほどもの静かだ。

　俺は別に、ジャックのことが嫌いなわけではない。
　ただ、相性が合わないだけだ。強引な捜査、横暴な行動、フォローする 側の立場を考えない無謀な
個人主義。統率・調和を尊重する俺から見れば、 ジャックのような捜査官は願い下げだ。上層部の
連中だって大半がそう思 っている。

　それでもジャックがここにいるのは、彼が結果を出す男だからだろう。 俺だって、だからこそジャック
を尊敬してもいるし、有事の際には最大限 協力したいと思っている。なのに、彼が信頼しているのは
ニーナだけだ。 俺はいつも使いっ走りのような真似ばかり。

　ニーナが、ジャックのオフィスへと上がる階段を上っていく。
　ちらりと俺を見て、呆れたような表情をした。

　俺の嫉妬は的外れか？
　扉をくぐって、共犯者のような微笑を浮かべているのは誰だ？
　俺との間にはない親密な温度で言葉を交わす、アシスタントチーフ。
　なあ、俺の嫉妬は、的外れか？

　君の言うとおりだ、ニーナ。
　俺はいつもジャックのことばかり。
　なぜなら、君の真意がわからないから。
　君に聞いてわからないのなら、今度はジャックに聞くとしよう。

　適当にファイルを掴むと、階段を上り始める。
　降りてきたニーナが訝しげな視線を寄越したけれど、俺は見ないふりをした。

　その時点では、俺はジャックと話しをするだけのつもりだったんだ。
　ジャックが、思わぬ困惑した表情で俺の怒りを受け入れ、ここではなんだか らと、食事に誘ったりし
なければ。俺はその後も、やはりジャックとニーナの 関係を疑いつつ、鬱々とした日々を送っただろう。

　しかし現実は、それよりももっと複雑なことになった。