「ツ…ぅ、トニー…！」
「ああ、貴方は痛みには慣れっこでしたね」

　一気にペンを引き抜いて小さな悲鳴を上げさせると、トニーはジャックを 再び仰向けに返した。開かせた
足の間に体を割り込ませ、閉じられないよう にする。強く睨んでくるジャックの耳元に顔を寄せ、ことさら優
しく囁いた。

「代わりに、気持ちよくしてあげますよ」
「なっ…や、やめ」

　うなだれている股間に手を伸ばすと、ジャックの顔に焦りが生まれる。
　無遠慮で乱暴な愛撫にも、直接擦られる刺激に身体は否応もなく反応 してしまう。不自由な態勢で必死
に身を捻るが、それは征服者の気を良く するだけだった。上腕にぐるりと描かれたタトゥーにねっとりと舌
を這わ せると、ぞわりと肌を粟立たせた。

「っ……」
「こんなに感じやすくて、よく女が抱けますね」

　同性のものに触れることに、嫌悪感は感じなかった。覚えたのは興奮だ。 何事にも動じない、任務では
どこまでも非情になれる男が、自分の手によって 乱れるのを見ることは思いもかけない愉悦をもたらした。
掠れた声を漏らし、 瞳を潤ませ、襲い来る快感に身体を震わせるジャックが目の前にいる。常に傲 慢で
周りを省みない彼の頑なな殻を、強引に剥いで暴いている気分だ。

「なるほど、ニーナが病み付きになるはずだ。あのジャック・バウアーも、 快楽に溺れるんだな」
「こんな…ことして、後で…っ」

　先端から溢れ出したもので滑りのよくなったそこは、硬く反り返っている。
　喘ぎを噛み殺しながら必死に言葉を紡ぐ彼に、トニーは微笑んだ。

「こうしましょう、ジャック。俺は何も、自分の破滅も貴方の破滅も望んで いるわけじゃない。今だけ、貴方
を好きにできたらいい。今夜のことは、 全て忘れてくれますか？」
「勝手なことを…！」
「そうですね。でも、いま主導権を握っているのは俺です」

　そう言い、シャツのポケットから携帯電話を取り出す。
　レンズの焦点をジャックに合わせ、パシャリとシャッターを切った。

「トニー！！」

　叫ぶ彼に構わず何度か写真を撮り、次いで自分のパソコンへと画像を送信する。

「さあ、どうします？　俺のパソコンに侵入する力は貴方にはないです よ。今夜のことを不問にするなら、
絶対に公開しないと誓います」
「信用できるか！」
「選択肢はないでしょう、ジャック。それにね、安心してください。俺だっ て仕事を大事にしているんですよ。
癪ですが、貴方はＣＴＵにとって有益だ」
「ふざけ…ぁ、や！」

　問答に飽きてきたトニーは、携帯を床に放るとその手でジャックの後ろを まさぐった。とろとろと幹を伝う
もので指を濡らすと、中指をぐいと侵入さ せる。強く締め付ける力に逆らって挿入を深くし、内壁で指をぐ
るりとめぐ らせた。しばらくして２本目の指も加え、眼を瞑って呻くジャックの表情を 見ながら、熱い内部を
探るように動かす。

「うっ、く…ぁ、アアッ！」

　ビクリとジャックの身体が跳ね上がった。
　グンと性器が勢いを増し、一気に達してしまわないようにトニーは根元を 片手で縛めた。そして、反応の
あった場所を執拗に圧迫する。

「ぅあっ、や、嫌だトニー！　やめろっ！」
「まだそんなこと言うんですか。嫌じゃないでしょう。ここは喜んでいま すよ。淫乱だな。以前された時も、
こんなふうに啼いたんですか？」
「ア、んっ、違…！」
「違わないですよ。好きなんでしょう？　物足りなくて申し訳ありませんが、 今日は俺の指で我慢して下さい」

　首を打ち振って快楽に耐えるジャックの姿態に、トニーは自分の下半身が 熱を持つのを感じた。突如
襲ってきた欲望に戸惑い、振り切るように愛撫を 激しくする。これ以上触れていてはいけない気がした。
放出を堰き止めてい た手を放し、赤みを増した先端に爪を立てた。同時に後ろも刺激すれば、 ジャックは
あえなく達した。

「あ、んっ―――！！」

　ビクビクと身体を痙攣させ、熱い液体がトニーの手に撒かれる。
　腕の拘束を外すが、息が上がっているジャックは身体に力が入らないのか、 起き上がる動作は緩慢
だった。小さく震える様子は快楽の余韻にも、暴行に 対する嗚咽のようにも見える。トニーは先ほどの
欲望が再び頭をもたげるの を感じ、ジャックの下半身を乱暴にシーツで拭うと慌ててベッドから離れた。

「ジャック、家まで送って行きます」
「…必要ない。タクシーで帰る」
「テリーへのフォローはいいんですか？　遅い帰宅に対しての」
「お前に心配されるいわれはない！」

　ギッとトニーを睨むと、服を付け始める。
　着衣がすむと、居心地悪げにしているトニーの目を真っ直ぐに見つめた。

「トニー、これで満足か？」
「ジャック、俺は」
「お前の言うとおり、僕は自分勝手な男だ。だから、言わせてもらう。 ――ニーナを、幸せにしてくれ。
僕はお前が思っているような器用な 男じゃない。余裕もない。自分だけで精一杯なんだ」

　日頃からささくれ立っていた感情がうずいたが、ジャックの切実な声音に トニーは反発の言葉を飲み
込んだ。弱さを告白するジャックに、彼は存外、 一人でいることに耐え切れない人間なのかもしれない
と思った。それは不遜 で、特にニーナを想っているトニーからすればやはり許せないことだ。それ でも
ジャックが抱えている孤独の重さに、それを癒したいと願う心に、トニーは 何も言えなくなった。黙った
ままのトニーをどう思ったのか、ジャックもま た無言で玄関へ向かう。

　思わず身体が動き、気が付いた時にはジャックを抱きこんで深い口付けを していた。

「んぅ…う、う！」
「いっ！」

　もがくジャックにわき腹を強打され、よろめいて離れる。
　はぁはぁと息を継ぎながら唇を拭う仕草に目を奪われる。

「トニー…お前の考えていることがわからない」

　怒りというよりも呆然とした態でジャックが言う。
　その言葉に疲れた微笑を返し、トニーは床に寝転がった。

「俺もですよ、ジャック」
「………」

　自分の感情がわからない。
　彼女を想い、彼を憎んでいたはずだ。自分はどうしたいのか。

　そろりとジャックの気配が遠ざかり、扉が開いて閉まる音がした。

　部屋には静寂だけが残り、溜息を吐くとやけに大きく聞こえた。


　　〔ＥＮＤ〕