一人の男として、彼を尊敬している。
　彼の助けをしたい、彼に認められたい。

　一人の男として、彼を妬んでいる。
　彼を負かしたい、彼に……認められたい。

　俺はプライドが高くて野心家で。
　こんな支局じゃなく、いつかは上層部にまで上り詰めたいと思う。
　だけど俺の上にはジャックがいて。ニーナは彼に協力している。
　俺にどう太刀打ちできる？　同じ舞台で張り合う次元ですらない。

　結局、いつも思い知らされるのは、彼には及ばないということ。
　彼に追いつくどころか、振り向いてももらえない。だからきっと、ニーナ への疑いもずっと消えないだろう。
　俺自身が、劣等感を抱いているから。


　――＊――＊――


「ジャック、貴方、俺のこと嫌いでしょう」

　そう告げると、ジャックは食事の手を止めて少し驚いた顔をした。

「お前が、僕を嫌っているんだろう？」
「俺のこと、信用してないでしょう」
「…人を信用するのと、その能力を評価するのとは別だ。お前は能力は あるが、柔軟さに欠けてる。
まだ命を任せられない」

　命を、という言葉が大げさでもなんでもないことは、ＣＴＵに勤めている 人間なら誰だってわかる。
　特に、常に最前線にいるジャックにとって、後方支援部は命綱も同然だろう。
　しかしそれはつまり、俺を認めていないということだ。

「厳しいですね。じゃあ、ニーナは完璧なわけだ。人間性も、能力も？」
「彼女は確かに優秀だ」
「今も関係があるのでは？」
「馬鹿なことを」
「夫婦仲が戻ったら、愛人はお払い箱ですか。あんなに従順なのに？」
「やめろトニー。お前はニーナを侮辱したいのか？」

　険のこもった声で睨みつけられる。
　彼はいつだって人の目をまっすぐ見て話すけれど、こんなにもしっかりと 視線を合わせたのは初め
てだった。青く揺るぎない視線を受けて、俺は疎ま しさを感じた。この瞳が、優しく和らいで彼女に愛
を囁いたのだろうか。こ の瞳が、快感で潤んで彼女を喜ばせたのだろうか。

　ジャックが溜息をつき、俺はハッと我に返った。

「いいか、この話はもう終わりだ。お前達で解決しろ」
「身勝手ですね。自分が元の鞘に戻ったら、もうどうでもいいんですか」
「トニー…正直、僕だって戸惑っているんだ。ニーナがこんなに早く次の 相手を見つけるなんて思って
もなかった。その相手がお前とは…」
「俺では不釣合いですか」
「そういうことを言ってるんじゃない」

　硬い雰囲気のまま食事が終わった。
　店を出て２人で乗ってきた車に乗り込もうとすると、ジャックは少し離れ たところで携帯電話を取り出
していた。俺に聞かれたくないとすると、妻の テリーにかけているのだろう。

　今から帰るよ、だとか。
　遅くなってすまない、だとか。
　そしてお定まりの愛の言葉？

　穏やかなジャックの表情を見ていて、俺はまた怒りが湧いてきた。
　都合のいい時だけ利用して、後は捨てるのか。自分一人だけが幸せにな ることに躊躇がないんだな。
　ニーナは今でもジャックに囚われているのに。 だから、俺が疎かにされるんだ。

　ドロドロとした暗い感情が視界を覆う。
　気まずそうに車に近付くジャックの表情さえ傲慢なものに見える。左手の 薬指に嵌めた指輪を見て、
俺の中で何かが弾けた。助手席に乗り込もうとした ジャックの腕をとって車内に引き摺り込み、首筋
を強打する。ジャックはすぐ に気を失ったが、瞬間見開いた彼の青い瞳が、いつまでも残像として焼
きつい ていた。

　荒々しく車を発進し、彼の家とは違う方向へと向かう。

　少し、彼を傷つけたくなった。