それらすべて愛しい日々




「カット!」

 撮影所に、今日何度目かのストップがかかった。
 僕は苦笑しながら、監督へと身体を向ける。

「また、ダークすぎましたか?」

 映画界の巨匠と呼ばれるジョージは、困ったような笑いを浮かべると 肩をすくめた。

「もう少し、抑えて」

 これもまた今日何度目かの会話に、周囲の人達がクスクスと笑いを漏らす。 さすがに恥ずかしくて、
気持ちを切り替えようと深呼吸を繰り返した。スマ イルを浮かべてみる。

(もう少し明るく。朗らかに)

 心の中でそう呟いて、皆に「お願いします」と頭を下げる。
 午後には終わるはずだった予定が、もう夕方だ。

 僕が演じるアナキン・スカイウォーカーという男は、かなり感情的な人間だ。 ジェダイの身でありな
がら禁断の恋愛を断行し、師とのすれ違いもあって、ダ ークサイドへと向かってしまう。その激情は、
自分の師も含めジェダイ全員を 滅ぼそうとするほど強烈だ。僕としては、そんなアナキンのダークな
面を強調 したいんだけれど。

「アナキンはまだダークサイドに落ちていないんだよ。オビ=ワンのことも 慕っているし、ジェダイを
捨てようとも思っていない」

 そうジョージは言うのだ。
 生みの親が言うのだからそうなんだろう。
 僕としてはその指示に従うしかなくて。

「でも、僕って、そんなにダークフォースを振りまいてるのかなぁ…?」
「うん、すげー撒き散らしてるよ」

 ぽつりと呟いた独り言に返事が返ってきて、僕は驚いて後ろを振り向いた。

「ユアンっ…」
「普段の君は爽やか好青年なのにね。アナキンになると全く別人だ」

 アナキンの師を演じているユアンは、僕より十歳以上も年が離れているけ れど、とてもフレンドリー
な人だ。にこやかに僕の隣に座ると、狭いベンチは いっぱいになった。肩が触れ合う。

「別人って…。ユアンだって、オビ=ワンじゃないじゃないですか」
「んー、まあそうだけどさ。でも君の場合、ギャップが激しいんだよね」

 ユアンに言われたくない!
 自分は、「鳩とたわむれる純朴な青年」役を演じたかと思えば、「同性愛者 のロッカー」なんて過
激な役まで演じたりもするくせに。ピュアだったり、 セクシュアルだったり。固定した役柄に納まらない、
いつも期待を裏切る俳優 だと思う。

(それでも、全部ユアンだよな…)

 ふとそう気付いた。

 ユアンは様々な役を演じているけれど、どこかに「ユアン・マクレガー」が いる。オビ=ワンだって、
ユアンじゃないけど時折見せる笑顔はユアンのそれ だ。役になりきっているのに、俳優の個性が消えない。

「なんでだー」

 会話のキャッチボールを投げ出して悩みこんだ僕に、ユアンはおかしそうに 笑った。

「ヘイデンは真面目だなー」
「だって、ユアン。僕は、自分が感じたアナキンを演じているのに、それを 否定されると悲しいですよ」

 ジョージは、別に俳優をがんじがらめに縛っているわけではない。逆に、自由 に演じる余地をたく
さん作ってくれる。でも、アナキンに関してだけは、自分の 意見を譲ってくれないのだ。僕としても始
めての大作出演で意気込んでいるから 、操り人形にはなりたくない、なんて不遜にも思うわけで。

「でも僕らサラリーマンとしては、上司の意向に逆らうことはできないよね」

 おどけたユアンに、僕も思わず笑ってしまった。
 そんなこと、思ってもないくせに。

「先輩、これから飲みに行きませんか?」
「社長の悪口を言いに?」

 さらっと爆弾発言をするユアンに僕は慌てた。
 横を向いた先、彼の顔があまりにも近くて、また慌てて顔を逸らす。

「冗談だよ」

 僕の不審な行動をどう取ったのか(たぶん何も気にしていない)、ユアンは 笑ってそう言った。

「も、勿論ですよ。全く、心臓に悪い…」

 ユアンの冗談にではなく高鳴る心臓を落ち着かせようと、僕は勢い良く立ち 上がった。



 ユアンが出演した映画は、たいてい見ている。
 よくわからない作品もあったけれど、脇役であっても(彼ほどの人でも脇役 があるのだ!)ユアン
の印象は強く残る。それでも、それは主役を飲み込むほ ど主張してはいない。もちろん、主役の時
はその才能を余すところなく発揮 してるんだけどね。

「つまり、ユアンってカメレオン?」
「なんだソレ、僕は爬虫類かい」

 愉快そうに笑うと、ユアンはグラスを豪快に傾けた。
 彼のペースは早い。お洒落なバーの片隅で、格好つけたい年頃の僕はコクリと 褐色の液体を飲
んだ。喉と胃が燃える。

 問いかけるような青色の瞳に、だって、と口を尖らす。

「俳優は皆そうだろ。自分じゃない、誰か別人を演じているんだから」
「ユアンの場合、その境界線が曖昧なんですよ。違和感なく役に入り込んで いるって感じで」
「そう? 僕は僕だし、演じてる時はそいつになりきっているよ。別人別人」
「うーん、でも…。例えば、カートの役の時」
「ヤク中でアル中でバイでロッカーの野生児ね」

 ケラケラと思い出し笑いするユアン。

「最初のライブの時、その…脱ぐじゃないですか」
「ああ、ケツ丸出しにしたやつ?」

 恥ずかしがる僕に構わずにさらりと言う。

「それが何?」
「あのアクションって、監督に指示されたわけじゃないんでしょう?」
「まあね。何か、これがカートだって示すものが必要だとは言われてたけど。 観衆の前で歌ってた
ら、勢いでズボンを下ろしてた」

 い、勢いって…。
 その時は「カート」だったんだろうけどさ。あんな過激なこと、自然にやれ ちゃうなんて。あまりに
潔すぎて、あれがユアンだって思われちゃうよ。

「それで、ヘイデン?」
「いえ、その、カートは、ユアンじゃなきゃできないんだろうなって」
「そりゃ、僕が演じたんだもん」
「…なんて自信家な発言」
「え? あ…じゃなくて! 違うよ! 誤解してる!」

 呆れたように感心した僕に、ユアンは慌てて頭と手を振った。すぐにフラリ とうなだれる。今ので
お酒が一気に回ったらしい。う〜ん、と唸ってから背筋 を伸ばすと、右手の人差し指を僕の胸に突き刺した。

「カートは、そりゃ脚本家が作った人物だけど、それに命を吹き込むのは僕だ ろ? 僕は僕のカー
トを演じたんだ。誰も僕のカートにはなれないし、僕が君 のアナキンになれないのと同じだよ。固定
化されたキャラなんて面白くない じゃん…って、何笑ってんだよ!」
「いや、ごめんなさい…」

 だって、一生懸命説明するユアンが可愛いんだ。
 それこそ一流スターなのに、慌てふためいて弁解する姿が。

「うん…そうですよね。でも、僕は僕のアナキンを演じさせてもらえないから」

 ちょっと悔しいんですよ、と愚痴ってみる。

「ふーん? 僕としては、もう少しオビ=ワンに懐いてほしいけどね。やっぱ ダークすぎるよ」
「うっ……」

 ズーンと心が沈んだ。

「ヘイデン、普段優等生しているストレスをアナキンで発散してるんじゃない だろうねぇ?」
「そんなことありません!」

 口調から冗談だということはわかったけれど、僕は慌てて否定した。

「だって、アナキンはダースヴェイダーになる男ですよ? ダークなイメージ を強調したいんです!」
「アナキンがダークサイドに落ちたのは、なぜだっけ?」
「え?」

 ユアンの静かな声に、僕の勢いが挫かれる。

「アナキンは、ジェダイが持っていない愛情を持っていた。愛情豊かだったか ら、彼はダークサイド
に落ちたんじゃないのかな?」
「ああ…はい」

 ユアンの言いたいことがわかって、僕は神妙に頷いた。
 ジェダイのアナキンとシスのダースヴェイダーは、同一人物。表裏一体なん だ。僕はたぶん、ダー
スヴェイダーばかりを意識しすぎた。今頃気付くなんて。 そう反省した僕の耳に飛び込んできたのは、
ユアンの黄色い声だった。

「だから、もっと師匠も愛してほしいわけ☆」
「…ユアン」

 思わず涙が滲んで、僕はテーブルに突っ伏した。

「って、ジョージが」
「言うわけないでしょう!」

 がばりと身を起こして叫ぶ。
 ニシシと意地悪く笑うユアンと目が合い、僕は参りましたと両手を挙げた。

「でも、僕のアナキンはああなっちゃうんです」
「う〜ん、オビ=ワンとしてはちょっと寂しいけど。ヘイデンが好きに演じて いいんだよ。どうしてもっ
てトコはジョージが注意するけどさ。君の感じている アナキンが、アナキンなんだからさ」

 …本当に参るよ。
 そんな、言葉遊びみたいな慰めに嬉しくなるなんて。この人って、本当に 捉えどころがない。過激
な発言のわりには自分の魅力に対しては無頓着だし。 かといって世間に疎いわけじゃない。仕事
にはとても熱心で、でも家族サービス は決して忘れない。かといって「とても良い人」とは言いがたい。
気まぐれで、 でも付き合いは良くて、こうして後輩の悩みを聞いてくれたりもする。とても 不思議な人、だ。

「ユアン自身が、固定化されたキャラじゃないんじゃないですか」

 そう言うのは抑えて、代わりにありがとうございますと僕は言う。
 ご丁寧に「どういたしまして」とユアンが笑顔で応えるのを見て――その 笑顔が皮肉でもなんでも
なく、純粋に嬉しそうな笑顔なので――単純な僕は 複雑なユアンに、またハマるのだ。

 今日も、明日も、僕はあなたに恋をしていく。




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2006.2.12
前回に続き、また仲良く飲んでいます(笑)
実際のオフはどうなんだろう。でもユアン兄さんなら、ねぇ?(期待)








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