大統領の執務室まで案内される間、いくつもの視線が突き刺さってきた。
憎しみと恐怖、不満、そして屈辱。それらの不信感が混ざった視線は、いっそ来訪者の気分を
上昇させる。扉の前には、2人のシークレットサービスが立っていた。そのうちの1人に、アサドの
口の端が自然と上がる。
彼は意外に――といっても、彼を見るのはこれが始めてではない。
それでも、テレビの片隅に映る姿と、実際に目の前で見るのとでは受ける印象が異なる。ダーク
スーツを身に纏い毅然とした佇まいは、さすが米合衆国大統領のシークレットサービスかと感銘を
受けるほどの隙のなさだ。だが、思ったよりも小柄だった。彼が守るべき対象、デイヴィッド・パー
マーとは比べるまでもないが、隣のシークレットサービスと比較してもまだ細身のように思う。アサ
ドの視線に気付いたのか、彼が視線を合わせて軽く会釈する。青い、綺麗な瞳だ。何の表情も浮
かべていないが、その薄い唇が今にも不快感に歪みそうで、アサドは満足した。どれほど憎もうと、
自分を迎え入れるしかない。この国も、彼も。
「私を殺したいんだろうな、ジャック・バウアー君」
部屋へと入る、すれ違いざまに囁く。
彼は僅かに目を見開いたが、すぐに視線を伏せた。
青い瞳が長い睫毛に隠され、更にアサドを満足させた。
「では、明日の会見についてはこれくらいにしよう。着いたばかりで申し訳ないな。疲れただろう」
「いいえ、両国の平和のためですから。正直、私は囚人扱いで尋問されるものと思っていました」
そう言うと、パーマー大統領はわずかに顔を顰めた。
「ハムリ・アル=アサド。君の亡命を、我が国民は歓迎していない。過去の罪を思えばそれも当然
だ。亡くなった国民の無念を思えば、私とて君を公正な場で裁きたい」
しかし、アサドを裁くよりも、彼から情報を得て現在のテロリストに備えるほうが国益ではある。そ
してアサドの影響力を考慮すれば、囚人ではなく「政治上のパートナー」と世間に知らしめる方が、
中東での反応は大きいだろう。彼の言葉になら従う者も少なくないはずだ。そう頭では納得してい
ても、感情はそうはいかないのだろう。人一倍正義感の強いパーマーにとっては苦渋の決断だった
に違いない。アサドは深々と頭を下げた。
「おっしゃる通りです、大統領。寛大な措置に感謝します」
「君の、平和を望む心を信頼する」
「ご期待は裏切りません」
「君の立場は複雑だ。市街地に出ることは控えた方がいい。官邸内でも、もし不当な差別を受けた
ら遠慮なく言ってくれたまえ」
手を差し出しながらパーマーが立ち上がった。
それに応えながら立ち上がり、辞去の挨拶を述べる。
「できれば一緒に食事でも、と言いたいのだが、今日は立て込んでいてね」
「存じています。私の為に時間を割いていただいて申し訳ありません」
「自分の価値を信じているのなら、そんなに卑屈になることもあるまい」
それは、パーマーにとって精一杯の皮肉だったのかもしれない。
アサドは殊勝な面持ちを保って退出した。扉を出ると、直立不動だったジャックが先頭に立って
歩き出した。
「ホテルまでお送りします」
「君が?」
「大統領のご命令なので。他にも2名、護衛につきます」
「物々しいことだ」
ため息をつくと、ジャックが一瞬、苛立たしげな視線を投げてきた。
もちろん、アサドにだってわかっている。米国に対してテロ行為をしてきた首謀者を迎え入れて
おいて、結果を得る前に暗殺されては政府の面目が丸潰れだろう。アサドは、自分の価値を十
分に理解していた。
ホテルに着くと、1人が駐車場、1人がロビーに見張りについた。部屋のカードキーを受け取った
ジャックが、アサドを無視するかのような勢いで廊下を歩いていく。腕を掴んで隣りに立つと、不承
不承、歩を緩めた。部屋の前で立ち止まったジャックの背中に、アサドは口を開いた。
「君が私を恨む気持ちもわかる」
「わかるだと?」
ふいに向けられたきつい眼差しを、アサドは正面から受けた。
怒りを抑え込み、冷静を装っている目だった。その内側ではアサドに対する憎悪が渦巻いている
のだろう。
「アンタは最悪なテロリストだった。俺は以前CTUにいたが、何人も友人や部下を失った。今更、
平和の使者を気取られるなど冗談じゃない」
「パーマー大統領は私の誠意を信じてくれたがね、ジャック」
「安心しろ、大統領の命令には従う。…さっきもそうだったが、なぜ俺の名前を知っているんだ」
「悲しいな。君がCTUにいた頃からの付き合いじゃないか。大統領付きになってからも、君の活躍
は聞いているよ。我々の間では、大統領を殺すなら先にバウアーを殺せと言っていたくらいだ」
平和を望む亡命者にしてはあまりな物言いに、ジャックは壁へとアサドを押し付けた。
「っおい、誰の命令には従うって?」
「我々というのは!」
「過去の話だよ。今の私は、君の側だ。そうだろう?」
嫌悪に身を離したジャックの手から、アサドはカードキーを引き抜いた。カードを差し込んで扉を
開けると、さっさと立ち去ろうとしていたジャックの腕を掴み、乱暴に部屋へと引き入れた。
to be continued...
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