『Deep attachment U』




「ッ…何をする!」

 腕を振り払って怒鳴るが、アサドは喉で笑っただけだった。
 検分するように部屋の内装を眺め、背広を脱いで椅子にかける。

「どうせ部屋の外で立っているんだろう? なら少し話そうじゃないか」
「ホテル側の要望で、部屋の前は却下された。俺はこのまま帰宅する予定だ」
「それは寂しいことだ」
「残る2人は信用できる護衛官だ、アンタはせいぜいゆっくり休むんだな」

 そうじゃない、と首を振り、アサドは扉の前から動こうとしないジャックに近寄った。

「話し相手が欲しいんだよ」
「嫌でもすぐにできるさ。好きなだけしゃべればいい、アンタの平和とやらを」
「私は、今、君と話したいのだが?」

 親しげな笑みさえ浮かべて肩に手を置くと、嫌そうな顔をしたもののジャックは振り払わなかった。
アサドへの嫌悪感と、テロリストから聞ける話の有用性について計りかねているのだろう。結局は
後者が上回ったようで、ジャックは無線機を取り出した。

『カーティス』
「ジャックだ」
『ジャック、なかなか下りてきませんが何かあったんですか?』
「いや。少し、アサドと話をしていく」
『了解…大丈夫ですか?』
「誰の心配だ? うっかり殺すようなヘマはしないよ」

 アサドが軽く口笛を吹いて、ジャックの肩を抱きこむように部屋の奥へと促した。
 清潔で、こざっぱりとした部屋だった。高級すぎず、かといって質素さは感じられない。中央に
ゆったりとしたリビングスペースが設けられ、奥には別室でシャワールームがついている。ベッド
とテレビは大きな窓側に置かれていた。その窓からはワシントンの町が夜明かりに輝いている。

(こんな奴に、こんな待遇を…)

「私が憎いんだろう?」

 舌打ちしたジャックの不満を読んだかのように、アサドが囁く。それを無視して窓側へ行き、常の
習慣で素早くカーテンを引く。戻ろうと振り返ると、目の前にアサドがいた。身構える間もなくベッド
に引き倒される。

「何の真似だ、アサド…!」
「会話をしようじゃないか、ジャック」

 必死にもがいても拘束を外せないと知ったジャックは、彼の思惑がわからずに睨みつけた。

「で、何を教えてくれるんだ? ハムリ・アル=アサド」
「教えるのは君だよ。…私は、本当にハムリ・アル=アサドか?」
「なんだって?」

 憂いを帯びた口調に、ジャックは眉を顰めた。酷薄な印象を与えるアサドの瞳には、今は物悲し
そうな色が浮かんでいる。

「君が知っているアサドと、いま目の前にいる私は同一人物か?」
「当たり前だろう…自分は生まれ変わったとでも言うつもりか」
「私じゃない。今まで仲間だった者達がそう言うんだ。裏切り者、と。君はそう思うか? 以前の私と
現在の私とで、変わったと? 信仰が薄まったと思うか?」
「それは…」

 ジャックは口ごもるしかなかった。
 信じる神も、望む世界も同じ同志からの罵声が、彼にはかなり堪えたのだろう。実際、アサドの暗
殺を狙っている組織もあるのだ。手段を異にするとはいえ仲間からの反発は、彼の苦悩を深くして
いるようだ。しかし、それを自分にぶつけてくることがジャックには不思議だった。

「それは…俺にとっては、アンタは1人だ。過激で狂信的なテロリストで…」
「今は違う。和平を望んでいる。しかしそれでも、私は変わってなどいない。信仰心に揺らぎはなく、
国や仲間のことを一番に祈っている。だが…」

 アサドは米国へ亡命してきた。祖国にいては危険だからだ。

「だが私は、その仲間も国も失ってしまった」
「そんなことはない。穏健派が他にいるだろう。パーマー大統領だってアンタを信じている」
「私の、利用価値をな。君だってわかっているから私を生かしているんだろう? この国は私を受け
入れるしかないんだ」

 卑屈で傲慢なアサドに、彼への僅かな同情が消えた。だが再び抵抗を始めるよりも前に、アサドの
手がジャックのネクタイを強く引っ張る。喉が詰まり呻くジャックの耳元で、アサドが低く囁く。

「デイビッド・パーマーに抱かれているんだろう?」
「なっ…!?」
「見ればわかるさ。君達の間には、信頼関係以上のものがある。さぞや刺激的だろうな、黒人のコック
を飲み込んでいる君の姿は」
「だ、まれ…アサド!」

 怒りと息苦しさに顔を紅潮させるジャックに、アサドは優しく微笑んだ。

「吹聴されたくないだろう?」
「お前の…言葉なんか、誰が信じるかっ」
「ゴシップを喜ぶ人種は少なくないさ。愛する大統領を煩わせたくなかったら、私に抱かれるんだ」

 これで話は終わったとばかりに、手を放す。そして今まで締め上げていたネクタイを外しにかかるアサ
ドに、ジャックは息を喘がせながら尋ねた。

「なぜ俺を?」
「私にはもう神しかいない。ちょっと、何かを所有したくなっただけだ」
「ふざけるな!」
「もちろん、ふざけてなんかいない。協力してくれるだろうな、ジャック?」

 暗に今夜限りではないことを仄めかすアサドに、弱みを握られたジャックは低く唸ることしかできない。
脱げと言われ、身を起こしてスーツを脱ぐ。唇を噛み締めながらシャツのボタンを外すジャックを、アサ
ドはまるで愛しい者を見るように見つめていた。ふいに引き寄せられ、額に口付けられる。

「…それに、私を良く知る人間が1人くらいいてもいいんじゃないか?」

 呟かれた言葉に、ジャックは目を瞑った。
 自分の存在を受け入れてほしい。誰かに傍にいてもらいたい。
 それはジャック自身、身に覚えのある感情だった。多くの友人を亡くし、娘とも離別して孤独に苛まれ
ていた自分を救ってくれたのはデイビッド・パーマーだった。だが、米国でアサドを愛する者などいない。
それを察したかのようにアサドが言葉を続ける。

「憎めよ、ジャック。そして、私を忘れるな」

 だが彼に対して憎しみ以外の感情が生まれてしまったジャックには、返す言葉が見つけられなかった。



 to be continue....















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