翌日も、その翌日もジャックの態度は普段と変わりなかった。
やはりあれは冗談だったのではないかと思うが、告白してきたジャックの表情にトニーを
からかう色はなかったはずだ。
(待て待て待て、告白って! 悪いが僕にそういう嗜好はないし、ジャックにもなかったはず
だ…たぶん。仮にあったとして、なぜ唐突に言ってきたんだろう。第一、あれが好きな人間
に対する態度か? いや、気持ちが伝わるような態度を取られても困るけど)
思考の泥沼に陥りつつあるトニーは、デスクに頭を突っ伏した。
「何やってるんだ、トニー」
「ジャック…ああ、もうそんな時間ですか」
「おいおい、しっかりしてくれよ」
上着を着ながらジャックが笑う。ジャックの背後ではチェイスが、若さに似合わぬ落ち着い
た態度で出動を待っていた。しかし、彼が時にはジャック顔負けの向こう見ずさを発揮する
ということを知っているトニーは、なんとも似た者同士だと苦笑せずにはいられなかった。
「なんですか?」
「いや、気をつけろよ、チェイス。ジャックも…いつも言ってますが、無茶はしないでください」
「ああ、わかってる。好きだぞ、トニー」
「はい!?」
思わず飛び出した大声に、ジャックが眉を顰めた。
「その態度は傷つくな」
「ジャック、俺のことは?」
「ん? お前のことは気に入っている」
「トニーは好き、なのに、俺は気に入ってるだけですか?」
「そりゃ、トニーは特別だからな。じゃあな、トニー。また後で」
「え、あ、はい」
2人の淡々とした会話に不自然さはなく、おかしいのは自分の感覚の方かと一瞬戸惑って
しまう。トニーはそんな己を叱咤し、ジャックに続いて去ろうとしたチェイスの名を呼んだ。
ジャックはちらりと振り返っただけで先を歩いていく。
「なんですか、トニー」
「なあ、ジャックがさっき言ったことだが」
「突入の時機はジャックが決めるってやつ?」
「いや違う」
「じゃあ、無線は切っておくことですか」
「なに、切っておくつもりなのか!?」
「あ、すみません、これ秘密でした」
数日前と同じ脱力感に襲われたトニーは、ぐったりと手を振った。
今更思い当たったが、さっきの好きの意味を教えてくれとチェイスに聞けるわけもなかった。
「引き止めてすまなかった。行ってくれ」
「はぁ。失礼します」
「無線は切るな」
「もちろんです。しかし現場では何が起こるかわかりません」
「チェーイス…」
背を向けたチェイスに溜息を投げつけるが、トニーの嘆きと警告は恐らく届いていないだろう。
そして、いつものように成果を挙げてジャックと戻ってくるに違いない。本当にお似合いの2人だ。
(いやいやいや、お似合いって!? そう、相棒としてって意味でだ!)
いい加減疲れてきたトニーは、状況の理不尽さに気付いた。
そもそも事の発端はジャックで、信じがたいが、ジャックはトニーに片思いしているらしいのだ。
悶々とすべきはジャックの方で、なぜ自分が色々と思い悩んでいるのだろう。そう思うと逆に、
ジャックの飄々ぶりが癇に障ってくる。「気にするな」と言われて「ハイそうですか」と忘れられる
発言ではない。あまり問い詰めたくはないが、この気まずさはなんとかしなければならない。トニーは
無線機を取り上げるとスイッチを入れた。
「ジャック?」
『なんだトニー。まだ車を出したばかりだぞ』
「いえ、ちゃんとオンになっているかと思って」
『はあ? 何の話だ』
しらばっくれているが、近くでチェイスが殴られる音がした。
「ジャック、今夜、食事でもどうですか」
『作戦前にくだらないことで話しかけるな』
ブツリと通信が切れた。
好意の欠片も感じられない。私用に使ったのは悪かったが、無線で軽口を叩くくらいは誰だって
している。ましてやジャックのせいで話しかけたと言っても過言ではないのに、この仕打ち。
「…前言撤回。洗いざらい吐かせてやる…」
トニーは決意と共に拳を固めた。