トニーは律儀な男だった。
受けたものは返す。誰にも、缶コーヒー分の借金すらない。告白に関しても同じで、ハイスクールの
卒業式の日に、後輩らしき少女から「ずっと好きでした」と言われたことがある。彼女は想いを告げた
だけで満足して脱兎しかけたが、トニーは捕まえて「ありがとう。でもごめん」と伝えた。自分の気持ち
をちゃんと返すことが、せめてもの相手への誠意だと思うのだ。その時の少女は大泣きしてしまい、
付き添っていた彼女の友人達からは非難轟々だったが。
今でも不本意に思う。相手だって一方的に想いを告げてきているというのに、意に染まない返答だと
なぜかこちらが悪者になった気がしてしまう。傷つける気も、気まずくなりたくもないのに。だから、相手
が「気にするな」と言うのであれば、そうするのがお互いの為にいいのだろう。
「でも、それじゃ僕の気が治まらないんですよ、ジャック」
律儀な男、それがトニーだった。
かといって、同性からの告白はさすがに始めてで、トニーは戸惑っていた。相手が女性ならば、「好き
なの」の意味もわかるし彼女が望んでいることもわかる。しかし、相手はジャックだ。それも、そっけなさ
すぎるほどの告白で。どう返答すればいいものか、途方に暮れてしまった。
「それで、俺は汗臭いままここに監禁されているわけだな」
むっつりとしたジャックの声に、トニーは肩を竦めた。彼がその気になれば、トニーを突き飛ばして
チーフルームからいつでも逃げ出せる。それをしないのは、無線機の「故障」について問い詰められ
たくないからだろう。トニーへの片思いゆえに、一緒の空間にいたいなどという理由などでは、絶対
にないはずだ。
予想通りいつもの通り、ジャックは仕事をこなして戻ってきた。交信不能中に一体何が起こったのか、
血と砂まみれになって。ジャックもチェイスも口を割らないだろうから、取り押さえた容疑者に事実を聞
かなければならない。そんな状況では、嫌味の一つも言いたくなるものだ。
「僕だって、部屋のソファを汚したくはないですよ」
「だったら」
「ジャックのせいです」
「なんで」
「考えてもみてください。あなただって、もしチェイスが真剣な顔であなたに告白してきたら悩むでしょう?」
「考えたこともないな」
「だから、考えてみてください」
「……俺は、そんなに真剣な顔をしていたか?」
的外れな質問をしてくるジャックが、少し照れているようにも見えて、トニーは慌てて「いいえそんなこと
は全然」とフォローなのかよくわからないフォローを入れてしまった。ジャックが破顔する。
「だよなぁ。だって答えはわかってるんだ。俺の年で、それもお前相手に、恋愛ごっこをする柄でもないし
な。そんなの、鳥肌が立つ」
「…あなた、僕のことが好きなんですよね?」
「ああ、好きだ」
「どこがです?」
ジャックはやれやれと頭を振った。パラパラと砂埃がソファに落ちる。
「勘弁しろよ、気持ちを伝えるだけで精一杯なんだぞ?」
「全然信じられません」
長丁場になりそうだと、トニーはもたれていた扉から背を離すと、ジャックの向かいに腰を下ろした。