「お前と、離れたくない」
「…離れません、よ?」
「そうか」
「もし、どちらかがCTUを辞めたって、それで縁が切れるなんて思ってません」
「ああ」
「僕だってあなたのことが好きですよ」
「ああ、わかってる」
「僕の気持ちとあなたの気持ちはどう違うんですか?」
「トニー。同じ男ならわかるだろう?」
理解するのにしばらく時間がかかった。
次いで、一気に頬に熱が集まるのを感じた。
「じゃ、じゃ、ジャック!!」
「怒鳴るな。別にお前で抜いてるわけじゃない」
ジャックが憮然と呟く。
「ぬ、抜い…!?」
「落ち着け。クソッ、言っておくが、俺だってお前となんか考えたくもないんだからな!」
「言っている意味がわかりませんよジャック!」
「だって、相手はお前なんだぞ!? 俺だってそこまで図太い神経はしていない!」
「じゃあ何を想像してるんですか!」
「お前、俺にそこまで言わせるのか!?」
「あ、いえ…」
トニーは思わず引いた。
2人とも軽く息が乱れている。
「…いいかトニー、俺だって少しは悩んでいたんだ」
「少しですか」
そのうえ、過去形なところがジャックらしい。
「親友とも呼べる人物を好きになってしまうとはな。しかも同性だ。だが、気持ちに嘘はつけない。
お前の傍に居たいし、後は…そうだな、キス…とか?」
トニーは答えようがなかった。どころか、眩暈を起こしそうだ。
最近の中学生、いやもしかしたら小学生の方が進んでいるかもしれない、ほのかすぎる恋心だ。
あるいは熟年夫婦のそれ。純粋で、穏やかすぎる。それはそれで、気恥ずかしさは倍増だった。
ジャックはキス発言でポーカーフェイスがすっかり崩れてしまったようだ。怒ったように顔を赤くし
て、どうにでもなれとトニーを睨み付けてくる。それを見て、トニーは小さく息を吐いた。最近ぐるぐ
ると考え込んでいたが、なんだか肩透かしをくらった気分だった。
「はぁ…ジャックが妙なことを言うからですよ」
「妙って」
「同じ男ならわかるとか」
「お前、どこまで想像したんだ?」
「し、してないですよ! ただ、」
「俺だってそうだ。冷静に突き詰めれば、もっと先まで望んでいるのかもしれないが…。同僚として
の付き合いが長くて、とてもじゃないが冷静に考えるなんて無理だな」
ハハハと苦笑するジャックに、トニーも思わず笑った。
友人としてどこまでジャックの望みを叶えてあげられるかと悩んでいたが、その必要もなさそうだ。
そう伝えると、ジャックは今まで通りでいいんだと答えた。
「言っただろう、気にするなって。俺はお前がいるだけで幸せなんだから」
それがスゴい殺し文句だと気付いているのだろうか、とトニーは頭を抱えた。
話は済んだとばかりに立ち上がるジャックを呼びとめ、ここまできたらとの執念で食い下がる。
「まだ質問に全て答えてないですよ。なぜ言う気になったのか」
「お前、本当にしつこいな」
文句を言いながらも、ジャックは思い出し笑いで楽しそうだ。
「お前に好きだって言った日な。その日、朝食にコーンフレークを食べたんだ」
「はい?」
「聞けよ。食べながら見ていたテレビで、ちょうどそのコーンフレークのコマーシャルをやっていた
んだ」
『目覚めたあなたのすぐ傍に! 毎日、あなたの心と健康を支えます』
トニーもそのコマーシャルは見たことがある。子供がコーンフレークを食べる夢を見ていて、腹
の鳴る音で目が覚める。すると目の前には可愛い皿に盛られたコーンフレークがあるのだ。
「それを見てて、ああ、これってお前のことだなーって」
「…コーンフレーク…」
「馬鹿にしてるわけじゃないぞ。いつもお前に支えてもらってるなと思って、そうしたら、なんだか
気持ちを伝えたくなったんだ。わかるだろ? 通りがかりに結婚式を見たら、恋人に花束を買っ
ていってあげたくなるのと一緒だ」
「そうですか…僕に、毛嫌いされるという可能性は考えなかったんですか?」
コーンフレークと同列に考えられてショックなトニーは、少し意地悪に問い返した。しかしやはり
というか、ジャックに敵うわけはないのだ。
「お前が俺を嫌うことなんてないさ」
「…ジャック」
「俺がよほどの勢いで迫らない限りな。お前、どこまで許すつもりだったんだ?」
「ジャック!」
トニーの声から逃れるように扉へ向かい、冗談だ、とジャックはまた笑った。
「おかしいとは思いましたが…あんな軽い告白で、悩んで損をしました」
「ふん。俺が恋患いにかかって寝込むとでも思ったのか?」
「思いませんが、きっかけがコーンフレークとはね」
「失礼な奴だな」
「どっちが? 小学生だってもっと情緒がありますよ」
「悪かったな。どうせ軽いさ。でも、気持ちまで軽いわけじゃない」
ふと、あの夜に駐車場で見せた真摯な表情が浮かぶ。
とっさにそれに向き合えず、トニーは俯いた。何も言えないでいると、ジャックが「じゃあな」と
言って部屋を出て行った。
静まり返った部屋で、トニーはのろのろと立ち上がった。
落ち着いたような落ち着いていないような、妙な心持ちだった。
「考えてみれば、今はキスが精一杯でも、今後ジャックのレベルが上がらないとも限らないよな…」
呟いてから、面倒くさくなって頭を振る。
その時はその時だ。そう思い切ろうとした途端、ジャックの台詞が甦った。
『お前がいるだけで幸せなんだから』
彼の笑顔の理由が自分かと思うと、悪い気はしない。むしろ嬉しいし、誇らしいとさえ感じる。それは
恋ではないが、友情よりも強い気持ちのような気がして、それに気付いたトニーは顔を顰めると、更に
強く頭を振った。
END