ジョン・タンストールは彼が面倒を見ている青年たちを引き連れて海にやってきた。彼らのほとんどは
海は初めてだ。知識としては知っていても実際に見るとでは大いに違うのだ。青年達の個々の反応に
タンストールは満足していた。
その彼を物陰を装って見つめている者がいる。
「おお、なんと素晴らしい!」
その人物はタンストールが嫌がるチャベスを海に引っ張り込もうとして羽織っていたシャツを脱いだ時
に思わずつぶやいた。
「ボス〜!そろそろいいですかねぇ?」
後ろからその男に声をかけるものがいた。髭面だが、まだまだ若い男達だった。
「ああ、計画通りに―」
水色のパーカーを涼しげに羽織り、縦じま模様の膝丈の水泳パンツをはいたドクが鉛筆の尻を咥え
ながら辺りを見回しながらのんびり詩作に耽っていた時事件は起こったのだ。
ちなみに同じ時に。
ビリーとディックはどちらの砂の馬が出来が良いか競っていた。
チャーリーとスティーブはきれいなおねーちゃん達と楽しくくっちゃべっていた。
チャベスは言わずもがな、タンストールに無理やり海に引きずりこまれ海の水をしこたま飲んでいた。
「よう、あんた。こんなところでスケッチかい?」
黒、茶、金と三色の頭の男達が砂浜に座ってノートに書き付けていたドクににやにやとしながら絡ん
でくる。
「いや、そんなんじゃない」
ドクはあっさりと彼らをスルーしようとおもむろに立ち上がった。いや、立ち上がろうとした。が、腰を
上げようとした時に一人の男につかまれ、ノートを取り上げられる。
「へえ・・・絵じゃないな。何々・・・」
「おい、離せ!」
ドクは振り払おうとするがもう一人が腕を後ろでに拘束する。砂浜にひざをついた状態で肩と腕を押
さえられ、ノートを取り上げた黒髪の男を見上げるしかないドク。
「・・・打ち寄せる波、静かに流れる雲・・・足元の名前もわからない貝殻・・なんじゃこりゃ?」
ノートを読み上げる男はそこに書いてある文章ともいえない単語の羅列に目を白黒させ、へ、とそれ
を後ろに放り投げた。
「ああ?金髪のかわいこちゃんよ、こんなとこに来てまでやくたいのないものを書いてないで俺たちと
遊ぼうぜぇ?」
そう言いながらつかまれたドクの顎に指を掛け上向かせる。
「結構だ。遊びなら間に合っている。離してくれないか」
冷静に対応するが、相手はニヤニヤしながら頬を撫で回してくる。そしてドクを捕まえている仲間に
声を掛けた。
「もう少し影に行った方が日焼けしないですむな?」
そうしてずるずると砂浜から岩場の方に引っ張られていくのだった。
「離せ!」
必死に抵抗するドクの体を羽交い絞めにした黒髪の男はパーカーのすそからその手を中に忍び
込ませ、わき腹に浮かぶ骨に沿うように撫でさする。
「へえ、思ったより薄い体だな。もっとちゃんと食わないとグラマーになれないぜ?」
「余計なお世話だ!」
二人がかりで押さえ込まれ、たいした抵抗ができないドクは真っ赤な顔をして怒鳴った。
「俺にも触らせろよ」
金髪の男が足を抑えながらやに下がった顔で言ってくる。そして見張りなのか、茶髪の男は周囲を
きょろきょろとしていた。そして突然声を上げた。
「おい!やばいぞ!」
時は少し前。しょっぱい水を腹いっぱい飲んでしまってギブアップしたチャベスが命からがら海から
上がってきた時、目にしたのが波にさらわれそうになっているノートだった。
「これは・・・?」
それを取り上げてみると名前が書いてある。「ドク・スカーロック」と。タンストールさんの言いつけに
忠実な彼は自分の持ち物にきちんと名前を書いているのだ。
「ドク・・・!」
「どうしたのかね、チャベス?」
彼の後を追って優雅に泳いで戻ったタンストールが声を掛ける。
「これが・・ドクにトラブルがあった」
チャベスが水浸しのノートをタンストールに渡すと、
「ふむ・・・」
おもむろに彼は辺りを見回した。そしてある一点を指差す。
「チャベス。そこに足跡が数組ある。どうやらドクは引きずられて行ったらしいな。私は後を追うから
君はディック達を呼んできなさい」
「わかりました」
タンストールが砂浜につけられた後を追っていくと争っている声が聞こえてきた。どうやら犯人は
複数いるらしいと踏んだ彼は慎重に歩を進める。が、岩場の端に立っていた茶髪の男がこちらを
見るなり叫ぶ。
「おい、やばいぞ!」
その一言を聞いたときタンストールは砂浜を全力ダッシュしていた。
「何をしているのだね?君達は」
息ひとつ乱さず、紳士然としてドクを拘束している男達に声を掛けるタンストール。
「ジョン!」
ドクの顔に安堵の色が広がった。反対に彼をつかんでいた男達は思わずその腕から力が抜けて
しまった。それ程、タンストールの出現は威圧的だった。
太陽を背負って立つ、鞭の様にしなやかな体から放たれる無言の迫力。割れた腹と引き締まった
腰に自然に手をおいて立つ姿は一枚の絵のようだ。
自分をつかむ力が弱くなったのに気がついたドクは思い切り腕を払って二人を振り払い、タンストー
ルの方に駆け寄る。
「大丈夫か?」
そっとその肩に手を回すタンストール。
「はい」
全幅の信頼を寄せた笑顔を見せるドクに思わずそこにいた男達が魅了された。
そこへチャベスに呼ばれた男達がやってきた。
「ジョン!」
息が乱れ、なかなか声が出ないディックやビリーが三人の男達をにらみつける。(ところで、チャーリー
とスティーブはまだおねーちゃんたちといた。楽しくビーチバレーをしていたのでチャベスは声を掛けな
かったのだ)
「いやあ、俺たちは彼と仲良くしようと思って・・」
ビリー達の眼力にびびった男達はしどろもどろに言い訳をしながら走り去っていった。
「大丈夫か?ドク」
「何かされなかったか?」
「・・・・」
三者三様に心配してタンストールに寄り添っているドクを囲む。
「いや・・大丈夫だ、みんな。それに・・・ジョン、来てくれてありがとう」
「君が大丈夫ならそれでいい。さあ、そろそろランチにしようじゃないか?」
そうして彼らは少し遅くなった昼食を楽しく食べることにした。
(しかし、チャーリーとスティーブはおねーちゃんたちにオイルを塗ってあげるのに忙しく、ランチを
食べ損ねたのだった)
「おいしい!」
「美味い・・・」
「おい、ビリー、一人でそんなにがっつくな!」
「え〜、良いじゃん、美味いんだもんな、これ」
ジョン・タンストールが作ったサンドイッチは最高においしく、量も沢山あったので若者たちは非常
に満足したのであった。
そして。
「おお、ジョン・タンストール。すべてが完璧だ・・・!」
影から一部始終をのぞいていた男がつぶやいていた。
「ボス〜、俺らもそろそろ昼飯にしたいんですが〜」
「勝手に食ってろ」
そう言われた男達は黒、茶、金の髪をした・・・先ほどタンストールに追い払われた奴等だった。
そしてボスから離れてぶつくさ文句を言いながらランチを取り出す。
「マーフィーさん、いくらファンだからってさ・・」
「俺らいいとこないじゃん」
そう、影のボスはいつもタンストール農場に張り合うあの人だったのだ。
だが・・・その心はハンサムでたくましいジョン・タンストールに片思い。必死で気を引こうと嫌がら
せをしてしまうのは親父の乙女心だった。