ある晴れた午後。
日当たりの良い場所に並べられた椅子に腰掛け、王と執政は話し込んでいた。
正確に言えば、指輪
物語という古典ファンタジーの映画化に伴い、王役と執
政役に抜擢されたヴィゴ・モーテンセンとショーン・
ビーンが、スクリプトを
片手に話し込んでいた、である。
さらに言えば、2人は文字通り肩を並べて座っていた。向かい合わずに、な
ぜわざわざ隣り合って座る
のか? そんな疑問を抱く者は指輪キャストの中に
はいない。肩が触れ合う距離で真剣に話し合う2人を
温かく見守るか、あるい
は冗談まじりに邪魔するかだ。後者の行動を起こすのは主に若いメンバーで
あ
る。今も、少し離れた場所に仲良く固まって休憩している。
そんな家庭的な雰囲気に包まれた中、ヴィゴはふいにショーンの右手を掴ん
だ。感嘆したように首を振る。
「本当にあんたの指は芸術品だな」
「そうかい? 私も、君の手は素晴らしいと思うよ」
うやうやしくショーンの指先にキスを落とすと、ショーンはくすくすと笑っ
た。同じようにヴィゴの手を取る。
ヴィゴは肩眉を上げ、「これが?」という
ように、泥や傷で汚れた手を見つめた。
「だって君は、この手で色々なものを生み出すじゃないか」
詩や、絵や、写真など。
私はそれらを生み出すこの手を尊敬してるし、大好きだよ。
にこっと笑い、さすがに手にはキスできずに(ショーンはわりと綺麗好きな
のだ)、握りしめたヴィゴの手
を慈しむように撫でた。
「…ショォン」
ヴィゴはしばらく静かに感動していたが、溢れやすい芸術家の心はそれだけ
では治まらずに、ショーン
に勢い良く抱きついた。
「わっ! 危ないよ、ヴィゴ、落ちる!」
「ショォン! あんた、本当に、人をたらすのが上手いな!」
「たらすって私は何も…おい、ヴィゴ、重いよ。どいてくれ」
額や頬にキスをされながら、ショーンの少し困った声が響く。
しかしその声音には笑いが含まれており、ただでさえ濃度の高い2人の空間
には、今や花でも咲いて
いそうだ。
「…ってかさぁ…ツッコミポイントはそこじゃないよね…」
一部始終を見ていた闇のエルフことオーランドは、今更ながらに自分の見て
いる光景が異常であると
気づいた。一緒に休憩していたホビットの面々、つま
りドムとビリーはうんうんと頷き、アスティンは苦笑
いし、イライジャは肩を
すくめた。
「あれは、オーリが原因だと思うな。所構わずハグやキスをするから」
「なんだよライジ、僕のせい!? でもだからって、いい年した王様が真似
するか!? 自分も同じよう
にやろうなんて思う?」
「してるじゃん、ほら」
オーランドは唸った。若い自分やライジがするのは、まさに家族愛的で許さ
れるだろう。だが、40過ぎ
の中年同士がじゃれ合う姿というのは、世間一般
のヴィジュアル的に言えば寒々しい。
「あんなんが取材陣に見られたらさ、どうなるかな?」
「雑誌とかで、面白おかしく脚色されそうだよな」
「熱愛発覚! 王と執政の公然の仲〜ってか」
ニヤリ、と目配せをすると、急に立ち上がったビリーに縋るようにドムも立
ち上がる。
「ヴィゴ、私をそんな目で…?」
「誤解だ、ショーン! あんたこそ、その…」
「私は、君との友情を大切にしたいと思っている。ただ、もう必要以上に近
づかないでくれないか?」
「そんな、あいつらには許して、俺には許さないってのか!?」
「ヴィゴ、ヴィゴ。落ち着いてくれ」
「冷静さ。あんなくだらない記事を気にかけることはない」
「しかし…」
「なんだ、ショーン。俺のハグやキスが嫌だったんなら、そう言ってくれて
いいんだぜ?」
「そんな…っ」
「困るよ、そんなの!」
安っぽい昼メロ、ではなくいやに現実的な悲劇を演じる2人を遮ったのは、
オーランドの叫び声だった。
あの2人が、強い友情で結ばれているなんてことは知っている。
ちょっとスキンシップが過多だからといって周りに騒がれて、兄とも父と
も慕う彼らの仲がぎこちなくなっ
てしまうなんて嫌だ。花が咲いていようが
蝶が舞っていようが、楽しく一緒に笑っていてほしい。
「よし、こうなったら…あの2人がおかしく見えないよう、僕らがもっと
ハグやキスを仕掛けたらいいんだ!」
「その通りさ、レゴラスさん!」
「さっすが、エルフは考えることが違うね!」
決心を込めた瞳で頷いたオーランドの短絡志向を、奨励するようにドムとビ
リーが囃し立てる。
「それって…悪循環なんじゃないかな」
「なんで!? だってみんなでやってれば、ヴィゴとショーンが目立たない
じゃん!」
「……」
「黙っとこうよ、ショーン」
ショーン(A)の尤もな意見は、オーランドの情熱に呑まれ、イライジャに
慰められて消えた。
「…お前ら。どうでもいいが、全部聞こえてるんだがな」
「あ、ヴィゴ」
少し離れているとはいえ、ヴィゴとショーンの会話が聞こえていた、という
ことは、オーランド達の会話も
2人に届いていたわけで。
「いらん心配をされんでも、俺たちに問題はない」
「そんなこと言うけどさ、ヴィゴ、どんだけショーンとの距離が近いか知っ
てる? 親切心だよ、感謝して
ほしいな」
「…そのぅ、オーリ、私たちは、そんなに変…なのかな?」
ぽつり、とショーンが口を挟み、見ると、ショーンは顔を赤くして困ったよ
うに口元を手で押さえていた。
ヴィゴは舌打ちし、オーランドは焦った。
「そ、そんなことないよビーンボーイ! 変だけど、変じゃなくするから!
あなたはそのままでいいんだよ!」
「フォローになってないぞ、くそエルフ。ショーン、何も気にしないでいい
んだ。俺たちは普通に接している
だけだろ?」
「あ、ああ。そうだけど、でも…」
「「いいんだよ、ショーン!」」
「あ、ああ…」
不安そうな面持ちのショーン。
必死の形相で説得するヴィゴとオーランド。
面白そうに3人を眺めるドムとビリー。
我関せず、の風体のイライジャ。
触らぬ神に祟りなし、といった心境のアスティン。
そして、そんな彼らを見つめる残りの指輪仲間がいた。
「…彼らの友情存続のために、私たちもやるかね?」
「(ヒィー!!)」
賢者ガンダルフことサー・イアンの口から出た恐るべき申し出に、さすがの
ドワーフ・ギムリことジョンも
たじろいだ。
「嫌かね。まあ、ギャラリーもいないのにやっては洒落にならないか」
「(こ、この人って…)」
カラカラと笑うイアンから、少し椅子を離してしまったジョンである。
「そういうわけだから、ショーン! これからは、朝昼晩、キスを贈るね!」
「余計なことはするな、オーリ!」
「なんだよ、嫉妬かい、王様? ショーンはみんなのものだよ!」
「…なあ、なぜ、私だけなんだい? ヴィゴは?」
「だってイカサマ王ってば、暴力で阻止するんだもん。ビーンボーイの方が、
反応だって可愛いしね!」
「カワイイって…」
「オーリ! お前こそ、ゴシップ誌に釣られないように気をつけるんだな!」
それは、ある晴れた午後。
今日も今日とて、中つ国は平和なのであった。
指輪物語の撮影現場が、今までになくキャスト達の仲が良いと温かい目で全
国から見られるのは、そう
遠くない未来のことである。