コルサントにそびえたつ建築群からは清閑さを保ち、ジェダイ聖堂は建っていた。そこのバルコ
ニーからは、摩天楼を包むように広がる夕焼け空を見ることができる。
しかし、貴重な自然が織り成す炎のベールも、様々な問題を抱える、あるいは日々修練に勤しむ
ジェダイ達を惹きつけることはできなかった。1人、バルコニーの手すりに腰掛けた少年だけが、そ
の恩恵を享受していた。しかし少年は、夕焼けを楽しんでいる様子ではない。寂しげな表情が、薄
い砂色の髪や線の細い身体と相まって、その容貌をいっそう頼りなさげに見せている。
『考えるな、感じるんだ』
かつて少年にそう言った人はもういない。
「考えるな、感じろ…」
呟いて目を閉じ、感覚を澄ましてみる。
しかし感じ取れたのは、ここが故郷とは違う星なのだということだけだった。
空気が違う。
匂いが違う。
少年が今まで生きてきた空間にあったものが、ここにはなかった。愛する母も、運命を感じた女性
も、将来を保証し強く支えてくれた「あの人」もいない。ジェダイになることを望んだのは自分自身だっ
たが、あまりに急激な環境変化に、戸惑いを抑えきれなかった。
心細くなって肩を震わせた少年を、ふわっと温かい空気が包み込んだ。柔ら
かい毛布をかけられた
ような、優しい感触だ。
(な、に…?)
「アナキン」
優しい声に驚いて振り向くと、1人の青年がバルコニーへと出てくるところだった。少し濃い金色の髪
が、夕陽を受けて赤銅色へと染まる。神々しささえ感じさせる色彩の鮮やかさに、アナキンは束の間ぼ
うっと見惚れた。
「オビ=ワン…」
「マスターと呼んでくれないかな」
オビ=ワンは、手すりに両手を預けるとアナキンに笑いかけた。
「危ないじゃないか。もし落ちたらどうするんだ?」
「大丈夫だよ」
アナキンは遥か足元に見える地面を覗き込んだ。落ちたら即死は確実だが、
そんなドジを踏むわけ
がない。
「見ているだけで、ひやひやするよ」
まるで母親のような心配をする彼に、アナキンは寂しさと照れを隠そうと口
を開いた。
「どうして僕がここにいることがわかったの?」
「私も、よくここに来ていたからだよ」
「クワイ=ガンと?」
ふと思いついただけなのだが、オビ=ワンは虚を突かれたように目を瞠った。
「…そうだね。あの人は建物の中よりも、空気を感じられる外の方が好きだっ
たんだ」
その表情が寂しそうだったので、まずいことを聞いちゃったかなとアナキン
は口をつぐんだ。
(でもそれって、僕の質問の答えにはなってないんじゃない?)
黙ってしまったアナキンへ注意を向けたオビ=ワンは、少年が赤い目をして
いることに気付いた。
「泣いていたのかい?」
「ち、違うよ、これは、夕陽が眩しくて…」
恥ずかしさに慌てて目を逸らす。我ながら変な言い訳だとは思ったが、オビ
=ワンは軽く頷くと空へと
視線を移した。
「そうだな…目に沁みるような夕焼けだ」
独り言のような呟きに、アナキンは自分と同じ孤独をオビ=ワンに感じた。
(オビ=ワンも、1人になりたい時はここに来ていたのかな)
クワイ=ガンの葬儀以降、アナキンはオビ=ワンの悲しそうな姿を見なかっ
た。決意を込めた瞳で、
アナキンをジェダイにすると約束してくれたのだ。寂
しさを感じた時には、ぎこちないながらも肩を抱い
てくれた。しかし、心の中では張り裂けんばかりの悲哀が渦巻いているのだろう。今まで自分を支えて
いたものを失ったのは、オビ=ワンも同じなのだ。
アナキンは手を伸ばすと、傍らに立つ若い師の腕を掴んだ。オビ=ワンとし
っかりと目を合わせる。
「これなら、僕が落ちる心配ないでしょ」
はにかむようなアナキンの笑顔に、オビ=ワンも顔を綻ばせる。
「…クワイ=ガンのことを考えてたんだ。母さんや、パドメのことも」
オビ=ワンは小首を傾げて先を促した。
「それで、寂しくなっちゃって…」
「変化の過程で、何かを喪失することはある。しかし、それを乗り越えて人は
成長するんだ」
オビ=ワンは、では悲しむことを否定しないのだ。アナキンはそのことに安
堵した。評議会の人達に
は、自分の持つ負の感情をさんざん危惧されたという
のに。
「悲しむことは、人間として当然だ。しかし、それに囚われていてはいけない。
私達は、ジェダイなのだ
から」
噛み締めるように言葉を紡ぐオビ=ワンの横顔を見て、アナキンは切なくな
った。強くあろうとする姿
が痛々しかった。
「クワイ=ガンが亡くなって、オビ=ワンも悲しいんでしょう? なんで我慢
しているの?」
率直な質問に、しかしオビ=ワンは穏やかに微笑んだ。
「我慢なんてしてないよ。ただ、悲しみに溺れずに、前へ進もうとしているだ
けさ。クワイ=ガンだって、
私が立ち止まってしまうことは望んでいないだろ
うしね」
「…でも、僕で良かったの?」
ここへ来てからずっと気にかかっていたことを、思いきって訪ねてみる。
「僕なんかをパダワンにして、オビ=ワンは良かったの? どうして断らなか
ったの?」
「アナキン?」
少年の震える声に、オビ=ワンは眉を顰める。
「マスターとパダワンは、特別な絆で結ばれてるって聞いた。マスターになる
人は自分でパダワンを選
ぶんだって。オビ=ワンは、僕がパダワンでいいの?」
「アナキン、確かに絆というものは存在する。しかしそれは、最初からあるん
じゃなくて、二人で積み上
げていくものなんだ。私達は、これからなんだよ」
「でも、クワイ=ガンに頼まれたから僕をパダワンにしたんでしょ? だって、
オビ=ワンは僕を嫌って
いたじゃない」
オビ=ワンは苦笑した。
出会った時、自分の態度が大人気なかったことには自覚がある。
「クワイ=ガンは、いつも予想外のものを運び込んでくる。その世話をするの
は結局私なんだ。彼の習
癖にうんざりしただけで、君を嫌っていたわけじゃな
いよ」
アナキンはまだ納得していないようだった。
オビ=ワンに望まれた弟子ではない、という不安が少年の心を暗くしている
のだ。オビ=ワンは少し
考えてから口を開いた。
「アナキン。私は、君がここにいることに確信を持っていたよ」
「…?」
その意味がわからずアナキンは首を傾げる。
「テンプルに馴染みのない人間が、どこを歩き回っているかなんて予測不可能
だろう? それに、私は
君の行動パターンを把握しているわけではないのだし。
それでも、私は君がここにいることを確かに感
じたんだ」
「オビ=ワン、それって…」
アナキンの瞳が喜びに揺れる。
そういえばアナキンも、オビ=ワンがここに来た時、温かい「何か」を感じ
なかったか?
あれは彼のフォースだったのかもしれない。
(もしかして、僕達の間には…)
「一緒に頑張ろう。協力してくれるかい?」
「うん! もちろん!」
オビ=ワンの腕に抱きつくと、優しく抱き返してくれた。今までの不安が氷解していくのを感じる。アナ
キンは、何か証が欲しかったのだ。未だ疑惑の目を向けられる自分が、ジェダイの修行を始めてもい
いという証拠が。オビ=ワンと自分とを繋ぐ何かが。
「さて、日も沈んだ。部屋へ戻ろうか」
アナキンを抱き上げて下へ降ろし、しっかりとその手を握る。
(お父さんってこんな感じかなぁ)
アナキンの思念が聞こえて、オビ=ワンは自分の慣れない行動に顔を赤くし
た。オビ=ワンにとって
の父はクワイ=ガンだったが、彼はスキンシップが多
い人間ではなかったのだ。しかも、アナキンは母
親の愛情を知っている。急に
引き離されて、その寂しさをどう埋めてやればいいかオビ=ワンは悩ん
でいた。
(しかし、どうやら杞憂だったようだ。この子はそんなに弱い子ではない)
傍らに立つ少年は、オビ=ワンと打ち解けたことを喜び、新しい生活を受け
入れようとしている。
「まっくらだね。どこがドアだっけ」
「こっちだよ」
夕暮れ過ぎの空は、星が輝くにはまだ早すぎ、2人は互いの存在を掌で確認
しあった。
(私が、これから君の行く道を照らしてあげよう)
小さい手から伝わる期待と不安を感じ、オビ=ワンは決意を新たにした。そ
れは、クワイ=ガンと約
束したものとは違う、自分への約束。
アナキンも何かを感じ取ったのか、オビ=ワンの手を強く握り締めた。
「僕、立派なジェダイになるよ。約束する!」
――しかし。
順応力が高く奔放な少年は、オビ=ワンの常識を次々に覆していく存在とな
る。常に新しい試練を与
えてくれる弟子に、
「この子の方こそ、私の進む道を照らす光なのかもしれない」
とオビ=ワンが溜息まじりに呟くのは、そう遠くない未来のことであった。