優しい守り方なんて知らない。

 大切な人を失ってから。
 守りたいもの以外は全て拒絶してきた。
 脅かすものは全て排除してきた。
 もう、失いたくない。

 そこで思った。
 僕が守らなくても壊れないものが欲しい、と。



『そしてまた恋をする』



「それでも、貴方は人を好きになるんですね、ジャック」

 囁かれた声は甘く、場違いな温度に苦笑が漏れる。
 そう、場違い、だ。少なくともジャックにとっては。
 たとえここがモーテルの一室で、互いに裸でベットに寝ていようと。
 しかし若い相棒はあからさまにむっとした顔で上体を起こした。

「何がおかしいんですか?」
「何がおかしいか? お前がそういうことを言うことがだ」
「別に俺は、貴方が俺を…なんて思ってませんよ」
「当たり前だ」

 そっけなく答えると、ジャックは寝返りを打ってチェイスの視線から逃れた。 最初に関係を持つ前に、
条件は提示してある。恋愛感情と勘違いしないこと。 愛していると言わないこと。十も年下の同性に言
うにはかなり躊躇したが、彼 は優しいから。要らないと釘を刺さないと、惜しみなく与えてきそうで怖かっ
たのだ。

―――――

 はじめはそんなつもりはなかった。
 ただ、時折訪れる自責と虚無の波に耐え切れずに、ある晩チェイスを呼んだ。 他人と過ごす気には
なれず、かといってキムといては悲しみは増長するだけだ。 ジャックの過去も知り、また部下ということ
もあって適当な距離のあるチェイ スはうってつけの人物だった。その彼に、「傍にいてくれ」というと抱
きしめ られた。久しぶりの人のぬくもりに、押しのけることができなかった。息を詰 めて固まっていると
キスをされた。ろくな抵抗もできないまま同性に抱かれる など、まさに青天の霹靂であった。

 しかしその翌朝チェイスに、

「貴方に本気で抵抗されたら、俺なんてひとたまりもないですよ。だから、 俺は許されてたんだ、そうで
しょう?」

 と言われた時、ジャックは何も言えなかった。
 受け入れたわけではない。拒絶できなかっただけだ。人の体温が懐かしく、 チェイスの手が優しかっ
たから。しかし行為の最中、チェイスは一言も口を きかなかった。きっと同情で自分を抱いてくれたの
だろう。自分はどれほど 物欲しそうな目をしていたのか。よりにもよって部下に縋りついてしまった 自
分に、ジャックは自嘲の笑いを漏らした。
 それをどう受け取ったのか、チェイスは「これで終わらせる気はありませ ん」と言ってきた。ジャックは
少し考えて、条件を言い渡した。

 以来、チェイスとは幾度となく体を重ねている。
 いつ飽きられるかと思っていたが、彼は見た目の潔癖さとは異なり愛情過 多な人間のようだ。ジャッ
クにとってそれは居心地の良いものではなかった。 欲しかったのはただ、傍らにある体温だけだ。

――――――

 チェイスが溜息をついて視線を外したのがわかった。
 上体をベッドに投げ出したのだろう、振動が伝わる。

「…チェイス」
「はい?」
「さっきの…どういう意味だ」

『それでも、貴方は人を好きになるんですね、ジャック』

「意味も何も、そのままですが」
「僕は…」

 ――人を好きにならないようにしているんだ。

 言葉にするには正直すぎて情けなく、ジャックは口をつぐんだ。

「ジャック」

 チェイスが身体をひねり、腕を回してきた。
 伝わる熱に、ジャックはいつも泣きだしてしまいそうになる。ぐっと奥歯を 噛み締めて身体を縮めるが、
うなじに落とされるキスに力が抜けていく。

「ジャック、俺だって現場捜査官です。貴方が何に悩んでいるのか察しはつき ます。でも…それでも、
貴方は人を求めてしまうんだ」
「チェイス。黙、れ」
「いいえ。貴方は悩みを抱え込みすぎる。誰かを求めるのは人として当然です。 だから、もう少し幸せ
になってください」
「余計なことを…っぁ」

 話しながらもチェイスの手はジャックの肌を辿り、まだしっとりと濡れた 箇所に指をうずめた。先刻まで
チェイスを受け入れていたそこはいまだ過敏 で、ジャックは身体を震わせる。

「んっ…もうヤメ―」
「ジャック、俺は大丈夫ですよ? 自分の身は自分で守れます」
「当たり前だ…僕はお前なんか守らない」

 乱れる息から吐き出した台詞に、チェイスが苦笑した。
 くるりと身体を返され、顔を覗きこまれる。

「だからいいでしょう、ジャック。条件を変えてください」
「条件?」
「貴方を愛していると、言わせてください」

 耳元で囁かれると同時に脚を開かれ、チェイスが腰を進めてきた。

「アッ――!」
「愛しているんだ、ジャック」
「それ、とっ、僕の幸せと…ぁっ! 何の関係がっ」
「貴方は人恋しいくせに臆病だ。だからせめて、俺は拒絶しないでください」
「拒絶なんて」
「していますよ。愛されていることを認めてください」

 動きが止まり、真摯に紡がれる言葉にジャックは戸惑った。

「認め、ない…。僕はお前を愛していない」
「…わかっています」
「わかってない!!」

 ジャックは思わず怒鳴りつけた。
 チェイスは何もわかっていない。

「いいか、僕を愛しているなんて絶対に言うな。僕も絶対に言わない」
「…なぜ、そう自分から何もかも放棄するんです」
「自惚れるな。お前は僕の部下、それだけだ」
「…そうですね。俺では役不足だったようです」

 チェイスが身体を離そうとした。
 中途半端に高められた熱が彼を逃すまいとし、ジャックは腕を上げてチェイス の背中へと回した。

「離れるな」
「ジャック…」

 チェイスがくしゃりと顔を歪めた。
 緩やかに動きが再開され、甘く重い刺激にジャックは目を閉じる。

「んっ…チェイス…」

 愛してると言わないでほしい。
 それは、喪失の恐怖を拭えない自分のための防衛手段だ。

 でも、絶対に、自分の傍から離れないでほしい。
 それは、ジャックの本心だった。

 自分の節操のなさにジャックは滑稽ささえ覚えてしまう。

 もう、散々だというのに。

 僕はまた、恋に落ちていく。




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2005.10.1

シリアスのはずだったんですが…
なんだかハッピーエンドな感じになってしまいました。





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