(一人はビヤ樽のような軍曹で、この町にゲリラがいると聞かされるとにんまりした。ロソウが、
部下の軍曹を見て、その目をハーパーに移すと、
「好敵手じゃないか!」と言った。
『SHARPE'S GOLD』秘められた黄金)
「私はアイルランド男に賭ける」
俺とそのアイルランド男は立場も体格も似ていた。
だが、いい相手になりそうじゃないかと問いかけられた金髪の男は、チラと
視線を寄越しただけ
で即答したのだ。
何て奴だ! 世辞も言えないとは。それでよく世の中渡っていけるな?
快活に笑う寛大な上官を見習って黙っていたが、俺は見てしまった――アイル
ランド男が、照
れながらも誇らしげに微笑むのを。
――負けるものか。
悔しいかだって? そんなことあるものか。わざわざ言葉になぞ出してもら
わなくとも、俺は十分
…いや、そんなおこがましいことは言えるわけがない。
俺は彼に仕えるだけで満足しているのだ。
俺の上官――ロソウ大尉は、全くもって素晴らしい人物だ。
ユーモアが高尚すぎて凡人には理解されないのが玉に瑕だが、それ以外は完
璧といって良いだ
ろう。いかにも闊達な動作振る舞い、自信に満ち溢れた口調、
見事な闘いっぷり、飲みっぷり。彼
は最高のドイツ人だ。
一方、なぜか俺の上官に気に入られたらしい金髪男は。
無謀で奇抜な戦略で、かのイーグルを奪取した英雄として有名だった。名は
確か、リチャード・
シャープだったか。その豪胆さと強運は尊敬に値する。一
兵卒から大尉の位にまで昇進している
ことが彼の有能さを証明している。ふん、
しばらくの間、お手並み拝見といこうか。ま、我がロソウ
大尉に敵うわけがな
いがな。
―――――
鬱屈とした石造りの町、アルメイダ。
この町はもうすぐ、廃墟となる。まったく、シャープ大尉はとんでもない男
だ。誰も考え付かないよ
うなことを思いつく。ウェリントン将軍ご所望の金貨
のためとはいえ、町を爆薬で破壊するとは。
その犠牲は計り知れない…。
ん? ハーパー軍曹、貴様、今、水で濡らした手でシャープ大尉の寝癖を撫
でつけたのか?
…まったく、今朝だって。どこの軍隊に、身支度はおろか髭剃りまで軍曹にやらせる将校がいる?
シャープ大尉にはテレサとかいう美人の女がいるってのに、お前らの方が仲睦まじいんじゃないか?
大体、あの2人は始終くっつきすぎだ。しかし、彼らの関係が、俺とロソウ
大尉との関係、つま
り一般の将校と軍曹のそれでないことにはすぐに気がつい
た。ハーパー軍曹の役目は、平時にお
いては多分に彼の上官を諌めるためにあ
るようだ。彼の大尉はとにかく気が短い。言葉遣いも下
品だ。気に食わない奴
には遠慮なく噛みつく彼の、ハーパー軍曹は手綱役、というわけだ。
ふん。多少いくさが上手かろうが、あれは所詮、騒がしくてだらしがない野
猿だ。その戦い方が我々
の予想外にあるのも頷ける。しかし…時には肩を叩き
合って笑う2人を見て羨ましいと感じるのもま
た事実だ。ロソウ大尉は仕える
のに光栄な上官だが、あの2人にあるような友情は存在しない。当然
だ、将校
と軍曹なのだから。彼らはその壁を、どのようにして乗り越えたのだろう?
ああ…それか。
最初に俺が「負けてたまるか」と思った理由は。彼らの対等な信頼関係が気
に食わなかったのか。
俺はもしかして、ロソウ大尉と友情関係にありたいのだ
ろうか? いやいや、それは分不相応という
ものだ。あまりにあいつらが「普
通」に接しているもんだから馬鹿なことを考えちまった。
それにしても、これからの地獄を提案したシャープ大尉自身が青褪めた顔を
しているというのに、
ハーパー軍曹、お前は泰然としているな。一瞬後に生き
残っている保証はないというのに。いや、
お前の気持ちはわかるぞ。お前は、
シャープ大尉の勝利をいつだって確信している。そして、いつ
だってその傍ら
には自分がいると信じているのだろう。俺だってそうだ。今後の戦いのいつい
かなる
時でも、身を持ってロソウ大尉を補佐し続ける。彼の武勇を最初に謳う
のは俺だ。
だから、今回ここで死ぬわけにはいかない。
もちろんお前らだって死んではいけない。お前らほど興味深い奴らはいない
からな。これからも見
ていきたいもんだ。まあ、とりあえずは。
あと5分、生き延びようか、友よ。