〜その後〜
「それで、ロシュフォールの誘いを断ったらキスをされたってワケか」
「き、キスだって!? アアアトス、ロシュフォールにキスをされたのか!?」
「うるさいぞアラミス。ポルトスも余計なことを言うな」
不機嫌なアトスの様子にも頓着せず、ポルトスはその小柄な身体を抱き寄せ
た。
大きく見開かれたブルーの瞳に一瞬見惚れる。ぶるぶると頭を振ると、
見た目どおり柔らか
い髭に覆われた顎に手を添えた。
「ポルトス、何を…」
「なあアトス、気持ち悪いだろう? 俺が口直ししてやろうか…」
「ポルトス!!!」
夜の街路に、アラミスの怒声が響く。
予想以上の反応にポルトスは束の間キョトンとしたが、すぐににやにやと
笑い始めた。
アラミスは引っ掛けられたことに気付き赤面し、アトスは2人
の様子に怪訝な顔をした。
「じゃあ、俺は帰ろうとするかな。トレヴィル殿の報告は明日でも良かろう。
アラミス、アトスは
怪我をしているのだからちゃんと送り届けろよ」
「ポルトス…お前という奴は…」
「お、ここからならお前の住まいが近いじゃないか。泊めてやったらどうだ、
ん?」
新しいからかいのネタを見つけた嬉しさが滲む声に、アラミスは頭を抱え
たくなった。1人、
状況のわかっていないアトスだけが遠慮がちに言葉を
挟む。
「私なら大丈夫だ。もう血も止まっているし…」
「アトス、三銃士同士、遠慮はナシだ。アラミスだって歓迎するさ。なあ?」
否とは言えないアラミスは、内心の葛藤とポルトスへの罵詈雑言を抑えて
アトスに微笑み
かけた。今更ながら、アトスの青白い頬に心配も募る。
「怪我の手当てもしよう…もしアトスが良ければだが」
「じゃあ、アラミス、アトス、またな! なんならトレヴィル殿への報告
は俺がやっとくぞ」
「ぽ、ポルトス! 明日7時に邸宅の前に集合だ!」
「どちらでも!」
そうしてポルトスが去ってしまうと、アラミスは大きく溜息を吐いた。
「いい男だな、彼は」
「ああ…多少、いや、かなり図々しいが気持ちの良い奴だよ…時には」
「君たちは兄弟みたいに仲が良いんだな」
くすくすと、楽しそうにアトスが笑う。
それを見たアラミスは何を考える間もなく、アトスを抱き寄せ口付けていた。
触れるだけの
短い口付けだったが、顔を離した時にはもうアトスの額にはぷっ
くりと血管が浮かび上がっ
ていた。一体どこからと思う重低音が目の前の人物
から発せられる。
「アラミス…何の真似だ」
「ええと、く、口直し…」
ポルトスの言を借りると、アトスは呆れたという態でアラミスを押しやる。
怒っても、戸惑ってもいないようだ。
「アトス? ごめん、俺…」
「兄弟みたいだとは言ったが…こんな妙なことまで張り合うなよ」
「え…」
違う、と。アラミスはその誤解を訂正することができなかった。勢いでつ
いキスをしてしまった
が、アトスはこのような行為を許してくれるような男
ではないはずだ。女性相手ならば百戦錬磨
なアラミスも、アトスに対しては
有効な手段が考え付かなかった。今後はその感情を持て余す
こととなるだろ
う。明朝に見るであろうポルトスの胸糞悪い笑顔が、アラミスの瞼の裏
に浮かぶ。
「アラミス?」
「なんだアトス…」
一気に不幸を背負ったように肩を落とすアラミスに、アトスは何を思った
か身を寄せると額に
キスをした。ポカンと口を開けるアラミスに、アトスが
してやったりという感じでにやりと笑う。
「ポルトスには言い遅れたが…今夜はありがとう。助かった」
ポルトスにはその笑顔も言葉も、ましてやキスなんて勿体無い、とぼんや
りと思う。
歩き始めたアトスが、アラミスの名前を呼んだ。アラミスは駆け
寄って隣に並び、再び抱き寄せ
てキスを求め――今度こそは遠慮なしに股間
を蹴り上げられた。
END