バスターが喫煙室で休憩をとっていると、同僚のジムが煙を手ではたきな
がら扉を開けた。
「バスター、来客だ」
「客?」
咥えタバコのまま眉を上げると、同僚の後ろから懐かしい人物が出てきた。
ただし、非常に不機嫌な顔で。
「あ〜…よう、ハンク」
「………」
「えっと、じゃあバスター、俺はこれで…」
招かれざる客だったかと、気まずそうにジムがそそくさと退散する。
ハンクはむっつりと押し黙ったまま入室して扉を閉め、未だ座ったままの
バスターを見下ろした。突き刺す視線に
居心地の悪さを感じながら、バスタ
ーはタバコの火を消すとホールドアップの姿勢をとった。
「ああそうだ、俺が悪かった」
「どう、悪かったんだ?」
じっと見据えてくる黒い瞳は動かさずに、ハンクが腕を組む。
これはかなり機嫌が悪いぞと、バスターは内心冷や汗をかいた。
「年末、お前んトコで一緒に過ごす約束だったのに、急な事件でキャンセル
したことだろ? でも仕方ないじゃないか、
仕事なんだから」
「今日は何日だ」
「あん?」
「ここの警察は、お前が大晦日から20日間も働きづめじゃないと機能しない
ほど無能なのか」
「ハンク…勘弁してくれよ。休日返上で働いたからって代わりの休みがもら
えるほど世間は平和じゃないんだ」
「本当に?」
「あのなぁ…って、オイ!」
急に腕を取られてソファから起こされ、バスターはずるずると部屋を引き
ずり出された。有無を言わせぬ力に足が
もつれても、ハンクは歩みを止めな
い。行く方向は建物の外だ。
「待てよ、おい! どこへ行く気だ、俺は仕事が…」
「お前の仕事熱心には呆れる。今日は非番だと聞いたぞ」
「誰がそんなこと…あ、ジムか! あの野郎!」
2人のやり取りに、周囲の視線が集まる。
その中には上司の顔もあり、バスターは引きつった笑顔を浮かべた。
「あ、あの、友人のインディアンのチーフがはるばるやってきたんで、今日
はこれで上がります」
「チーフじゃない。それと、彼は明日も来ないんで」
「なに勝手なことを…! おい、ちょっと誰かこいつを止めろよ!」
だが誰も動けなかった。それどころか、ジムがそそくさとバスターの出勤
表に×印を付けた。今日と明日だ。
喚くバスターも呆気にとられる周囲もお構いなしで、ハンクは駐車場まで出るとバスターの車の前で止まった。
「鍵を寄越せ」
「俺が運転するよ」
「………」
「今更逃げねぇって。どこに行くんだ? ホテル取ったのか?」
「取ってない。お前の部屋に行け」
「了解」
はぁと溜息をこぼすと、バスターは車に乗り込んだ。
部屋に入るなり、ハンクがキスを仕掛けてきた。
壁に押さえつけられ深く舌を絡め取られ、苦しさに呻いても拘束は緩めら
れない。
「っは、ぁ…急に、盛るな、よ…!」
「お前だってその気になってる」
両足の間に入れられたハンクの太腿が、バスターの股間を刺激する。
湧いてくるむず痒い感覚に喉を仰け反らせると、そこに噛み付かれた。
「イッ、ちょ…ヤメ」
「バスター。嫌か?」
行為の荒々しさとは反対に、窺ってくる黒い瞳には不安が含まれていて、
バスターは今度こそ本当に申し訳ない
と思った。自ら唇を合わせると、ハン
クがホッとしたように優しく応えてくる。
「夜中になってもお前は来ないし…心配したんだ」
「すまない」
「3日頃にやっと連絡がきても、仕事があるから、それだけだった」
「そうだっけ…?」
「ハッピーニューイヤーも言ってないぞ」
「…悪かった」
「その後は電話もなかったな」
返す言葉もなく、バスターはうなだれた。
事件が起こると周囲を省みず突っ走るのはいつものことだったが、ハンク
に連絡を取らなかった理由はそれだけ
ではなかった。
「つまりな、ハンク。その…」
「お前に、俺はもう必要ないのかと思った」
「なっ、そんなこと!!」
「他にも、もしかして重傷を負ったのか、とか。恋人ができたのか、とか」
「なに言ってるんだ…?」
「離れていると、そんなことばかり考えて…居ても立ってもいられなかった」
「ハンク…」
「なのにお前ときたら、非番の日に職場で暢気にタバコなんか吸ってるんだな」
「ち、違うハンク! 俺はっ!」
バスターは真っ赤な顔で声を張り上げた。何しろ聞いているのは目の前の
人物だけだし、恋人から素直な気持ち
を告げられては、バスターとて自分の
いじましいプライドなんかに拘っていられなかった。
「俺は! その、俺も、不安だったんだ」
「人をこんなにも放っといてか?」
「う…それは、だって…怖かったんだ」
仕事に我を忘れて日が経つごとに。
ハンクは怒っているだろうなとふと思うと、自分の不誠実な態度に、俺達
はもしかしたら上手くいかないのかもしれ
ない、と不安が募った。
「俺はガサツだし、仕事馬鹿だし。それにお前、うるさい奴は嫌いだろ? 俺
達、住んでる距離も離れているし…続け
ていくことに自信がなくなったんだ」
「なに、勝手に結論付けてるんだ。2人の問題だろ」
「だってハンクに呆れられてると思ったし…言ったろ、怖かったって。連絡
を取って、関係が終わるのが嫌だったんだ」
「なんでそうなるんだ。お前、自分が俺にとった態度を考えたら、電話口で
嫌味を言われるくらい当然だろ」
「だから…」
「だからじゃない。そこで、どうして終わるとかいう話になるんだ」
「だって俺達…俺のせいで、俺達は上手くいかないじゃないか!」
気持ちが高ぶりすぎて、涙が頬を伝う。
情けなさに俯くと、ハンクがそっとバスターの髪の毛に口付けた。
「バスター、本気でそう思ってるのか? 別れたいと?」
「別れたくなんか…」
「俺もだ。なら、上手くいかないなんてことはないじゃないか」
「でも…俺のことだ、きっとまたハンクを苛々させる…」
「バスター」
強く抱き締められ、思わずバスターも抱き返す。
久しぶりに吸い込む乾いた土と太陽の匂いに、バスターは自分が安堵に
包まれるのを感じた。
耳に囁かれる言葉はいつものそっけない口調でも、今は特別甘く聞こえた。
「そりゃ苛々するさ、会えなけりゃな。だから今、こうして会いに来てる
だろ。その俺に、お前はまだ別れようって言うのか?」
「…言わない…」
「そりゃ良かった。俺はうるさい奴もお調子者も、直線しか走れない不器用
な馬鹿も嫌いだけど、バスターだけは特別なんだから」
「酷いな」
苦笑して顔を上げると、滅多に見ない優しい顔のハンクがいた。
鼓動が速くなり、慌てて視線を外す。ハンクの笑う気配がした。
「酷いって何が」
「酷い、…殺し文句だ」
満足したように、ハンクが再び唇を重ねてくる。
それぞれが互いの衣服を脱がしあい、直接に肌を触れ合う。急速に高まっ
ていく熱に、バスターの膝から力が抜ける。ずる
ずると床に座り込むと、
ハンクが身を被せてきた。
「ハンク、遅くなったけど。明けましておめでとう」
「ああ」
「今年もよろしくな」
「今年だけじゃ足りないな」
「馬鹿…」
このまま床でやっては、明日は身体のあちこちが痛むことになる。
少し、身体を離して立ち上がればすぐそこに寝室があるというのに。
だがバスターは、ハンクの背中に腕を回した自分を後悔することはないだ
ろうと微笑んだ。