いい天気だったので、シーツの洗濯をした。
バタバタと翻るシーツに苦戦していると、おなじみの排気音が聞こえた。バタンと車のドアを
閉める音、やがて覗いた黒いカウボーイハットに、シーツ越しに声をかける。
「助かった。そっち留めてくれ、ペッパー」
「朝から洗濯なんて、てめえは主婦の鑑かよソニー」
「朝からぐうたら寝ている馬鹿亭主よかマシだろ」
「あん? 馬鹿亭主って俺のことか!?」
「それを言うなら、俺だって主婦じゃない」
軽口を叩きあいながらシーツを干し終わると、2人はやっと顔を合わせた。
「モーニン、ペッパー。お前に朝の挨拶をするなんて久しぶりだ」
「だから俺はぐうたらしてねぇって」
「茶でも飲んで行くか?」
「つーか、俺は別にシーツを干しに来たわけじゃねぇんだけどな」
片眉を上げてとぼけるソニーの肩を押して、ペッパーは勝手知ったる他人の家とばかりに
室内へ入った。幼馴染の性格をそのまま表したかのような、質素で清潔な部屋だ。同じ環境
で育った同士なのにこうも違うものかと、ペッパーは自分の部屋を思い出して呻く。横を通って
キッチンへ向かうソニーからは洗剤の香りが漂い、ペッパーは眩暈を起こしそうになった。
「家庭的なのは好みじゃなかったはずなんだけどな、俺」
「は? ところで何の用…おい!」
ヤカンに火をかけたところへ背後から抱きつかれ、ソニーが声を上げた。それを無視して
金髪に鼻を埋め、うなじにキスをする。これだけ接近すると嗅ぎ慣れたタバコの匂いがして、
それもソニーの一部かと思うと自分でも吸わない銘柄でも愛しく思えてしまう。
「う〜んン…ソニー…」
「おい、ふざけるな! 今すぐ放せ!」
「いや、俺の用件ってのがさぁ」
「放してから話せ!」
「もう盛り上がってるから無理だ」
「勝手なことを言うなー!」
必死にもがいても、がっちりホールドされたままズルズルとソファへ引きずられる。興奮した
馬でも優雅に乗りこなすソニーだが、ペッパーだけはうまく扱えないらしい。それはソニーも
ペッパーとすることが嫌いじゃないからだが、いつも唐突に求めてくるペッパーに些かうんざり
しているのも事実だった。
「ペッパー、俺は朝っぱらからしたくない」
「大丈夫、そのうちやる気になるって」
「お前は情緒がない」
「おいおい、セックスは情動だぜ。夜にローソクを灯した寝室で”始めようかハニー””そうね
ダーリン”つってからヤるもんじゃねぇだろ」
「俺たちはハニーでもダーリンでもない」
「はいはいはい、わかってるって。でもソニーのせいだぜ。酒とゲロまみれの家から逃げ出して
きたら、石鹸の香りで出迎えてくれるんだもんな。ツボを抑えてるよな〜」
「何のツボだ!」
眉間に皺を寄せてぶつくさ言うソニーだが、何度もキスされるうちにその気になったのか、
やがてペッパーのシャツを脱がしにかかった。細身だが鍛えられたペッパーの身体が、ソニー
は好きだった。活きのいい馬のように張りのある肌を撫でながら、気にかかったことを聞く。
「ペッパー。酒とゲロまみれってどういうことだ」
「ん? ああ…それが俺の用件。実は昨日、はしゃぎすぎちゃってよ。部屋がひどい有様なんだ。
今日、泊めてくれないか?」
シーツも干したとこだしよ、とご機嫌な様子に、ソニーは再び眉を顰めた。
首筋に舌を這わせるペッパーを、ちょっと待てと押しのけた。
「お前の部屋は?」
「だからもうグッチャグチャ。片付けに2日はかかるね」
「ならさっさと帰れよ。匂いやシミが残るぞ」
「大丈夫大丈夫。それは今やってもらってるから」
「なんだと? 誰にだ」
「昨日一緒だった女」
「なっ――!」
ピ――――――ッ
2人して、びくりと身を起こす。
ソニーの気持ちを表したかのように、ヤカンが湯を吹き零した。ペッパーを突き飛ばして火を
止めに行くと、ソニーはじろりと無神経男を睨んだ。
「どうせお前が騒いで汚したんだろう? 彼女に掃除をさせて、当の本人がよそへ避難するなん
てどういう了見だ」
「なんだよソニー、急に。人には得手不得手があるんだ」
「そういう問題じゃない」
「そういう問題じゃないってんなら、ソニーの問題でもない。これは俺の問題だ。彼女だって喜んで
片付けてくれてる…はずだ。邪魔だから出て行けって言われたんだ、俺は」
確かに、ペッパーのプライベートに関わることで、ソニーがどうこう言う問題ではないのかもしれない。
しかしソニーの性格では、目の前の男を許せなかった。叱る奴がいなければ、この男はますます付け
上がるだろう。
「…わかった。今夜は泊めてやろう。だがその前に、一発殴らせろ」
「なんだよそれ!」
「泊めてもらう礼だと思えばいい」
「思えるか…わ、わかった! わかったから、ソニー! 目が怖えよ! 大人しく殴られるから、
一つ聞いていいか?」
「なんだ」
「ローソクの灯った部屋でもいいから、俺も一発いいか?」
ソニーはつかつかと歩み寄ると、無言でペッパーを殴りつけた。
「いってぇ〜!!」
「当然だ。お前、話を聞いて俺がハイハイと受け入れると思ってたのか?」
「それは…思わなかったけどよ。ソニーなら怒るだろうなぁって」
「ならなんで俺のところに来るんだ」
「なんでって…何が?」
自分の家の次は、ソニーの家ということらしい。
怒鳴られるとわかっていて、何の躊躇もなく来るペッパーに、ソニーは溜息を落とした。
氷をビニールに入れてタオルで包み、頬を腫らした男に投げてやる。
「なあソニー、それで今夜」
「うるさい! コーヒーを淹れてやるから、大人しく待ってろ!」
「イエス、サー」
苛々と2人分のコーヒーを準備しながら、ソニーは舌打ちした。
結局は彼を拒みきれないことはわかっていた。