「よろしくね」
天使のようよ、と母さんに言われる笑顔を全開にして手を差し出すと、
オビ=ワン・ケノービという
若いジェダイは戸惑ったように微笑んだ。
さらに、目を逸らして溜息まで落とした。
(ああん? 僕のエンジェルスマイルが効かないだと?)
未知の世界に不安や恐れはあるけれど、今まで自分の直感を信じて生
きてきた少年の精神は逞
しかった。言い換えれば、図太かった。更に言
えば、狡猾でさえあった。
クワイ=ガンと親しいようだし、ここは仲良くしてポイント(もちろ
んクワイ=ガンに対して)を上げと
こうと、愛想を大放出してやったの
に、溜息。
その瞬間、アナキン・スカイウォーカーの、商売人としてのプライド
に火がついた。愛らしい容貌と
よく回る舌に、たいていの客(特に女性)
は陥落する。その手腕は、ワトーにも認められるほどだ。
(相手が手強いと…腕が鳴るよね)
目的から外れた暴走少年は、フフフと目の前の獲物を見つめた。
(あれ、この人…目の色が変わるんだ)
先ほどアナキンと目を合わした時は明るい緑だったのに、憂い気に伏
せられた睫毛の下には青色
の輝きが見える。クワイ=ガンも綺麗なブル
ーだが、彼の瞳はその人柄を凝縮したように揺るぎない。
母親やパド
メはブラウンだし、自分の瞳はといえばじっくり見たことがなかった。
(まるで、光に照らされて表情を変える宝石みたいだ…)
もっと良く見たかったが、オビ=ワンはアナキンの視線に気付くと、
さっさと立ち去ってしまった。こりゃ
手強いな、と肩を竦め、アナキン
も後に続いた。
ちなみに、テンプルで「清廉潔白、これぞ天使」な子供達を見てきた
オビ=ワンの瞳は、先入観とい
うフィルターで曇っていた。見掛けとは
正反対の、打算的なフォースを感じ取られなかったことは、アナ
キンに
とって幸運であったと言えよう。
―――――
(なーんか、ヤナ感じ)
アナキンは、クワイ=ガンの傍らで落ち着かなげに身じろいだ。
今アナキンは、クワイ=ガンとオビ=ワンとともに十二対の眼に囲ま
れている。全ての決断はこの
評議会で為されるらしい。
クワイ=ガンに連れ出された時は、自分はもうジェダイになることが
約束されたのだと思ったけれど、
どうも違うらしい。それどころか、明
らかに歓迎されていない。
(僕、タトゥイーンに帰らされるのかなぁ)
あんなに感動的な別れをしたのに、「駄目だった、エヘッ☆」なんて
母親に言えるわけがない。
(クワイ=ガン、頑張って!)
評議会メンバーに向かって異議を申し立てているクワイ=ガンにエー
ルを送る。それが届いたのか、
彼はついに「この子は私が修行します」と言ってくれた。
(よっしゃー! やったよ、母さん!)
そこにいる全てのメンバーがそれを察知したとは気付かずに、アナキ
ンは心の中でガッツポーズをした。
―――――
結局、クワイ=ガンの申し出は却下されてしまったが、アナキンは希
望を捨てなかった。クワイ=
ガンは評議会の人達に逆らってでも自分を
育ててくれるだろう。少年の勘はそう告げていた。
問題は…。
アナキンの勝利の叫びは、もちろんオビ=ワンにも届いていた。フィ
ルターによって、それは
(え…! ほんと、クワイ=ガン…?)
という可憐なものに翻訳されていたが、彼の機嫌を損ねるには十分だっ
たようだ。ナブーへ向か
う途中、アナキンは「そんなつもりはなかった
んだ」と気遣いにいったが、あっさり無視されてしまった。
いい大人が(想像していたよりも5歳も年上だった)、マスターが他
の子供に目移りしたからといっ
て、ああもあからさまな態度を取っ
てもいいものだろうか?
(それにしても…ますます落としにくくなっちゃったな)
もはや、何の為にオビ=ワンに気に入られようとしているのかを忘れて
いるアナキンであった。
―――――
小さい寺院の中で、クワイ=ガンの身体がゆっくりと炎に包まれていく。
でけー棺桶だな、と思い
ながらも、愛情豊かな少年は涙を止めることが
できなかった。
クワイ=ガンは、アナキンに初めて宇宙を見せてくれた人。
奴隷だった自分を解放し、ジェダイという道を拓いてくれた人だ。
その包容力のある大きな手や、溢れんばかりのエネルギーは、母親と
別れた寂しさを埋めてくれた。
(…半分だけどね。残り半分はパドメ)
けれど、パドメとももうすぐ別れるし、クワイ=ガンにはもう二度と
会えない。寂しさに胸が詰まる。
す、とオビ=ワンの手が肩に置かれるのを感じた。
「…アナキン、私が君のマスターになる。君はジェダイになるんだ」
凛としたその言葉に、安堵よりも先に疑問が浮かんだ。
(どうして? あなたも、僕がジェダイになるのには反対だったでしょう?
僕を疎ましく思っていたはずだ)
そのことで、クワイ=ガンと喧嘩までしたのに。その後謝罪していた
のは、アナキンを認めたからで
はなく、マスターを尊敬していたからだ。
オビ=ワンの行動指針は、いつもクワイ=ガンに沿って…
(もしかして、クワイ=ガンに頼まれた…から? 彼の遺言だから、
僕を受け入れるの?)
その憶測はアナキンにとってショックだった。
(オビ=ワンは、僕という人間を見ていないんじゃないの?)
しかしそれは、クワイ=ガンにも言えることであった。
彼は、「フォース」というものに動かされてアナキンの運命を信じた。
幼い少年の、ジェダイになって母親を奴隷から解放したいという思い
や、宇宙への冒険心には目も
向けなかったに違いない。
クワイ=ガンに対しては父親に対するような愛情持っていたが、同時
にどこかで物足りなさを感じ
ていた。オビ=ワンもそうなのだろうか。
アナキン自身を理解してくれることはないのだろうか。
(いや…オビ=ワンは、他のジェダイの人達とは違う)
クワイ=ガンがアナキンをパダワンにすると言った時、彼はアナキン
に嫉妬した。マスターである
クワイ=ガンと大声で喧嘩し、でもすぐに
仲直りした。そして彼は、マスターの遺言だからという理
由で自分の信念
を曲げ、評議会の意向をも気にせず少年を迎え入れたのだ。
オビ=ワンは、アナキンが想像していたジェダイ像とは異なり、とても
人間味溢れる人だった。クワ
イ=ガンも型破りなジェダイのようだが、
オビ=ワンの方が感情で接してくれた。
彼なら、僕を理解してくれるかもしれない。
母親でさえ持て余し気味だった僕を、正しい方向へと導いてくれるかも
しれない。
(それにはまず、クワイ=ガンじゃなく、僕自身を見てくれなきゃね)
オビ=ワンを見上げて挑戦するように頷くと、彼も微笑んで頷き返した。
炎に照らされているというのに、その瞳は、透き通った青。
水の、色だ。
(…あなたが、僕の心を潤してくれるのかもしれない…って、何考えて
んだ、僕は!? この台詞は、
そうだ、いつかパドメに言おう!)
慌ててオビ=ワンから目を逸らす。
この人はこれから、アナキンの父であり師なのだ。なぜかドキドキし
ながら、彼との理想ライフを想
像してみる。
(オビ=ワン、一緒にポッドレースに出てくれるかなぁ? あと、もう
ちょっとお父さんっぽく老けてくれ
るといいんだけど…。それで、母さ
んのように、おやすみのキスとー、)
ぐっと、肩に置かれていたオビ=ワンの手に力が込められた。
「お風呂で背中の洗いっこ」まで進展していたそれは、その手に励ま
されたと感じ、ますますその妄
想を広げていく。
(クワイ=ガン、安心して昇天してね! 僕、きっとオビ=ワンを落とすよ!)
晴れやかな気分で、アナキンは飛び立った鳩を眺めた。