「よろしくね」
幼い笑顔で握手を求められ、オビ=ワン・ケノービはぎこちなく微笑んだ。
ほとんど包み込んでしまうほど、握ったその手は小さい。
母と別れ、故郷を離れる不安。
ジェダイ騎士になれるのではないかという期待。
そして、自分の運命に対する揺るぎない自信。
隠すことを知らない、子供らしい感情が伝わってくる。オビ=ワンは思わず
宙を仰ぎ嘆息した。
(この子がテンプルへ行って味わうのは、失望だというのに)
マスターがリビング・フォースに従うことに、これほど鬱屈とした思いを抱
いたことはなかった。
オビ=ワンのマスター、クワイ=ガン・ジンが、任務地で――任務地ではな
くとも――拾い物をし
てくるのは珍しいことではない。それはリビング・フォ
ースに導かれた行動であり、報われることも
あった。だが、今回の拾い物に対
する彼の確信は成就されないだろう。
もちろん、マスターには協力したいし、少年――アナキン・スカイウォーカ
ーが持つミディ=クロリ
アン値にも驚愕した。しかし九歳の少年を、伝統を守
るジェダイ騎士団が受け入れるわけがない。
同情を覚えて視線を落とすと、少年もこちらを見ていた。いたたまれなくなり、オビ=ワンはコク
ピットへと踵を返した。
―――――
少年に対するオビ=ワンの同情は、マスターの一言で消失した。
オビ=ワンの予測通り少年を拒否した評議会に対して、クワイ=ガンはなん
と「私が修行します」
などと主張したのだ。
自分がパダワンとして受け入れられるまでの苦難の日々、師弟関係を築いて
からの長い年月を
思い、オビ=ワンは信じられないといった目でマスターを見
つめた。またオビ=ワンは、少年が期
待を膨らませたのも感じた。
憤り。悲しみ。嫉妬。
ジェダイに禁じられた感情が湧き上がるのを必死で抑える。クワイ=ガンの
心はリビング・フォー
スに向けられており、そこにオビ=ワンはいないかのよ
うだった。
見捨てられた、という子供じみたショックを隠すために、身勝手なマスター
への怒りを増長させた。
一度激しく口論した後は、2人ともまともに口をきい
ていない。
「オビ=ワン、あの、僕…」
アナキンがおずおずと話しかけてきたが、最後まで聞かずに立ち去った。我
ながら、大人気ない
とは思う。この子に罪はない。クワイ=ガンに振り回され
ているだけなのだ。それをいったら、クワ
イ=ガンにも罪はないのかもしれな
い。彼はリビング・フォースに振り回されているのだ。そして、そ
んなクワイ=
ガンに自分は振り回されている…。
オビ=ワンは深い溜息をついた。
クワイ=ガンの持つ情熱はオビ=ワンには理解できないものだったが、彼を
信じていないわけで
はなかった。父であり、師であり、友であるクワイ=ガン
を味方することは、パダワンであるオビ=
ワンにとって当然のことだった。特
に、彼が孤立無援の時は。
(それに…今の状態はとても居心地が悪い)
というわけで、オビ=ワンが謝罪を述べると、クワイ=ガンは優しい目でオ
ビ=ワンを迎えた。
2人の間にあった溝はあっという間に消えた。
しかし、アナキンに対するわだかまりまで消えたわけではなかった。少年は、
オビ=ワンからマス
ターを奪うかもしれない存在なのだ。
(こんな感情を抱いていて、私はジェダイ騎士になれるのだろうか)
また、少年の持つ恐れや愛に関してもオビ=ワンは懸念していた。彼は、ジェ
ダイになるには育
ちすぎている…。しかし、今はそのことについてじっくり考える時間はない。オビ=ワンは、気持ち
を切り替えようと頭を振った。全てフォースが導いてくれるだろう。
―――――
「マスタ――――!!」
床に崩れ落ちたクワ=ガン見た瞬間、オビ=ワンは自分の中に暗黒が生じる
のを感じた。
それは、ジェダイに禁止された感情でありながら、とても強くオビ=ワンを
突き動かすパワーを持っ
ていた。不気味な刺青をした男の顔を睨みつけると、
男はまるで、その憎しみが心地良いとばかり
に嘲笑った。
怒りに任せて無謀な攻撃をし、危機に陥ってしまう。かろうじて溶解炉の縁
にしがみついたオビ=
ワンを見て、シスが邪悪な顔に愉悦を浮かべた。
しかし、オビ=ワンの心は危機に瀕して落ち着きを取り戻していた。それは
彼の天性や、クワイ=
ガンの教えに支えられた結果であった。彼はライトサイ
ドに留まり、フォースの流れに耳を傾けた。
刹那、高く跳躍し、虚を突かれたシスの胸を深く突き刺す。
シスは溶解炉の暗闇へと落ちていった。
勝利を味わおうともせず、オビ=ワンはマスターに駆け寄った。
「マスター!」
「オビ=ワン…」
感じられるフォースは微かで、オビ=ワンは唇を噛み締めた。
「私はもうだめだ…」
「そんなことおっしゃらないで下さい!」
頭を強く振る。
クワイ=ガンが死ぬという恐怖に心が凍りつく。
「オビ=ワン、お前はマスターにならなければならない。アニーを、あの選ば
れしフォースの申し子
をしっかりと導いてくれ」
「イエス、マスター」
それ以外に何が言えただろう?
最期の時までアナキンを気にかけるクワイ=ガンに、それでもオビ=ワンは
彼の苦痛を少しでも
和らがせようと即答した。
クワイ=ガンは微笑むと、魂をフォースに委ねた。
「マスター――…」
力の抜けたクワイ=ガンの身体を強く抱きしめ、オビ=ワンは囁いた。
視界が曇り、自分は泣いているのだと気付いた。
―――――
クワイ=ガンの遺体が炎に包まれるのを、オビ=ワンは静かな心で見つめて
いた。傍らではア
ナキンが、肩を震わせて泣いている。
「アナキン、私が君のマスターになる。君はジェダイになるんだ」
少年はしばらく俯いていたが、ぐっとオビ=ワンを見上げると強く頷いた。
オビ=ワンも頷き返し、
これでいいのでしょう、と亡きマスターに語りかけた。
アナキンは、確かに「選ばれし者」だ。
今回の少年の活躍で、オビ=ワンはそう確信した。マスターは間違っていな
かったのだ。全てフォ
ースによって定められていたことなのだ、と。そして、クワイ=ガンが亡くなり、一度は少年を拒絶し
た評議会が訓練を認め、オビ=ワンがその師になることも運命なのだろう。
しかし…とオビ=ワンは自分の心に問う。
(私は、この子を正しく導くことができるのだろうか? 少年の持つ豊かな感
情を恐れてはいないか?
また、私自身も…)
オビ=ワンは今回の戦いで、自分の中にある怒りや恐怖といった強い感情に
直面した。ダークサイ
ドに転向することはなかったが、その可能性はオビ=ワ
ンを震え上がらせた。
(私の中にも暗黒面がある…)
その時、ふと自分がライトフォースに包まれるのを感じた。
(…マスター?)
それは一瞬だったので判別できなかったが、暖かく、励ますようなフォース
だった。オビ=ワンはア
ナキンの肩に置いていた手に力を込めると、改めて決
意をした。
(この子を、必ず立派なジェダイにします、マスター)
鳩が放たれ、死者との別れが近づく。
新しい時代が、もうすぐ始まろうとしていた。