「もう彼女はいない…」
絶望的に呟く友人に、ジャックは唇を噛み締める。
彼の生きる気力を取り戻してやることができない自分が歯痒い。
力の抜けた身体を抱き締めながら、ジャックはただ涙に暮れるしかなかった。
大切な人を、また1人、失った…
「カーーーット!!」
野太い声に一拍置いて、周囲からクラッカーが鳴り響いた。
「お疲れさまトニー!」
「ついに君も死んだな!」
拍手や歓声に応えるように、それまでジャックの腕の中でグッタリとしていたトニーが満面の
笑みで身を起こす。ちゅ、とジャックの頬にキスをすると、自分の死を見届けてくれた野次馬
連中に手を振る。
「おいおい、そんなに僕が死んだのが嬉しいのか?」
「そりゃ、トニー・アルメイダとあっちゃあね。24の一大事だ」
「ほらトニー、奥さんも来てるぞ」
「ハーイ、マイダーリン」
「Oh、ミシェル、そんなところにいたのかい!」
駆け寄ろうと立ち上がりかけて、動きが止まる。
キーファーの腕は、まだしっかりとカルロスを捕まえていたのだ。
「ジャック? 愛する妻のもとへ行ってもいいかい?」
冗談交じりに言って覗き込んで初めて、キーファーの様子がおかしいことに気付く。呆然とし
ていたキーファーは、やっと事態が飲み込めたとでも言うようにぱちりと瞬きをした。新しい涙
が頬を伝うのを見たのは、恐らくカルロスだけだろう。キーファーは慌てて手を離すと、ぎこち
ない笑顔を浮かべた。
「すまない、トニー。その、お疲れ様…」
そそくさと立ち上がると、「ちょっと失礼」と言ってキーファーはトレーラーへと駆けて行った。
周囲の連中が静かに溜息を零す。演技へ入るキーファーの切り替えの早さは皆が知っている。
同時に、ジャック・バウアーへの感情移入の深さも。
カルロスは立ち上がると、花束を持っているレイコをちらりと見遣った。
彼女はにっこりと笑って手を振る。
「早く行ってあげて、トニー」
「ありがとう、ミシェル」
感謝を込めて投げキスを送り、キーファーが篭ったトレーラーへと向かった。
鍵の掛けられて
いない扉を開けて中に入ると、イスに腰掛けているキーファーの背中が見えた。静かに肩を揺
らす彼に、そっと歩み寄る。
「キーファー」
「…カルロスか。すまないな、皆が盛り上がっているところを」
「皆わかってくれてるさ」
「…さすがに、堪えた」
「キーファー、僕は…」
ぐいと肩を引っ張って振り向かせると、涙に濡れた瞳がカルロスを見上げてきて、思わず抱き
締める。大人しく上体を預けてくる彼の髪の毛を撫でてやる。
「まだ変な感じだ。動いてる君を見てると…」
「数時間後には、この火傷痕も綺麗に消えてるよ」
「そうだな」
顔を上げてくすりと笑う彼に、ウィンクを返す。徐々に落ち着きを取り戻してきたのか、キーファー
は取り乱した自分を恥じてまた謝った。
「謝る必要はないよ。それだけ、トニーはジャックにとって大事な人物だったってことだろ。光栄だな」
「光栄なもんか。僕はいいけど…ジャックが気の毒だ」
スンと、鼻を啜る音が聞こえた。ジャックそっくりだ。
「ジョエル達は意地悪だよな。ジャックから、何もかも取り上げようとしている」
「展開の読めないのが24だよ、キーファー。トニーとジャックは、またどこかで再会するかもしれない」
「まさか。ジャックの腕の中で死んだのに?」
「なんだってアリだよ。ジャックは無敵だから、そのうち対テロだけじゃ話を続けられなくなると思うんだ」
何の話かと眉を上げるキーファーに、大真面目な顔で続ける。
「そうだな、次はゴジラかエイリアン相手じゃないかな。だったら、トニーが最新の科学技術で生きてい
てもおかしくはないだろ」
「ロボコップかターミネーターにでもなるってのか?」
「違いない」
「勘弁してくれ」
声を上げて笑うキーファーの腕を取ると、素直に立ち上がった。皆が待っている外へと彼の手を引き
ながら、カルロスは、ジャックを残して死んだトニーを恨めしく思った。心の中でそっと、呟く。
(ジャック、僕はもう傍にいてあげられない。すみません)
―――数年後。
「まさか、本当に生きていたとはな…」
「だから言ったろ。もっと喜んでくれよ」
「で、ロボコップとターミネーター、どっちなんだ?」
「君こそ。つぎに戦うのはゴジラ? それともエイリアン?」