安全間隔 〔1〕




「…俺は何やってんだ?」

 真冬の冷たい空気に冷やされながら、クルーズは自分に毒づいた。
 恐らく機長に会いに行ったのだろうジャックと、彼を追って行った ジュリー。それに続いて管制塔
から出たクルーズは、そこでハタと 我に返った。

 感動のご対面を見たかったのか?
 それとも、ジュリーを引き止めたかったのか?

「いいや、違うな…どちらかというと…」

 彼女に触発されたのだ。

 赤毛で美人の彼女のことが気にならないわけじゃない。
 しかしクルーズは、ジャックを追うジュリーに対抗心を覚えたのだ。
 つい、足が「彼」を追っていた。

「でも、なんでだ…?」

 やがて、ジュリーを伴ってジャックが戻ってきた。
 彼は後ろに手を組み、2人は微妙な距離を保っている。ジュリーの好 意は明らかなのに、ジャッ
クにその気はないようだ。少なくとも、まだ。 自分をすげなく振った彼女に対して、クルーズに意地
悪な笑いが浮かぶ。

(それ見ろ、上手くいかないもんだ。しかし彼女はなんだって、あんな 冴えない奴が好きなんだ?
腕も度胸も確かにいいが――)

 そんな思いはすぐに打ち消された。

 管制塔の入り口に佇むクルーズを見つけたジャックが、笑顔で右手を 上げたのだ。思わず自分
も手を上げてそれに応えながら、その穏やかな 微笑を見て「あぁそうか」とクルーズは納得した。

 ジャックは、航空管制官には稀な「控えめ」な人間なのだ。

 クルーズを含め航空管制官には、その逆のタイプが多かった。
 多くの人命を預かっているという自負、多くの航空機を動かしていると いう自尊心が、私生活でも
出てくるのだ。プライドは高くなり、人の介入 を拒んで一人で物事を進めるようになる。

 ジャックも実は、別れた妻に「先を読みたがる」と煙たがられていた。
 しかしクルーズはそのことを知らなかったし、たとえ知っていたとしても、ジャックへの印象はたい
して変わらなかっただろう。内面そのままを映し出したかのように穏やかな彼を見れば、彼が「こう
るさい仕切りたがりや」だなどど、誰も思わないはずだ。

 そして、我が強い人間というものは、物静かで穏やかに人の話を聞いて くれる人間には弱いものだ。
 まるで、パズルのピースがぴったりと嵌るように。

「ふうん、290のジャック・ハリスか…」

 俄然、クルーズは彼に興味が湧きだした。
 同じ航空管制官でありながら、タイプの異なる彼に。しかも自分が目標 とするシカゴ航空交通管制
センターで、かつてジャックは働いていたのだ。

 だから、管制塔に佇むクルーズに近付いたジャックがにこりと笑いかけ てきた時、クルーズはもっと
彼のことを知ることを決意したのだった。

「クルーズ。こんな寒いところで何をしているんだい?」
「ああ…良かったら、アンタと話したいと思って」

 率直に告げると、ジャックはわずかに目を瞠った。
 その瞳が綺麗な青で、思わず見惚れて言葉を続ける。

「できれば、今夜にでも」
「ずいぶんと急なお誘いだな」
「私も一緒にいたいわ」

 ジャックの隣に並んでいたジュリーがぐいと前に出てきて、クルーズ を睨んだ。
 なにせジャックは正規の職員ではないし、復帰するとしてもそれがいつになるかはわからないのだ。
 しかしジャックは柔らかく嗜めた。

「もう遅いんだから、君は早く帰った方がいい。今日は疲れただろう?  ゆっくり休んむんだ」

 思いやりのこもった口調に、ジュリーは渋々と頷く。

「送っていこうか?」
「いいえ、大丈夫。今日は本当にありがとう」
「いいや。じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい、ジャック」

 ジュリーは名刺を出すと、ジャックに渡した。
 悩み事があったら相談してもいい?と訊ねる彼女に、クルーズは自分に 似た抜け目のなさを感じた。
 しかし、今夜はクルーズの勝利なのだ。

「それで、ミスターハリス?」
「ジャックでいい」

 ジュリーを見送り、管制塔へと荷物を取りに戻る。
 カツカツと味気ない廊下を歩きながら、クルーズの気分は上昇してきた。

「じゃあ、ジャック。俺のお誘いは受けてくれるのかな」
「君は明日も仕事なんだろ?」
「明日は夜勤だ。アンタが迷惑じゃなければ、その…色々と話を聞きたい」
「今から?」
「今から」

 くすくす、とジャックは笑った。
 彼自身も、難解な航空誘導の成功にテンションが上がっているようだ。
 途中、TCを見かけたが、ジャックの肩を抱いて視界から隠した。友人なら、いつでも会える。今夜は
俺に譲ってくれればいい。ここぞとばかりにクルーズは言い募った。

「最初、態度悪かったのは謝るよ。間違いだった。アンタはすごい管制官だ」
「やめてくれ…そうだなぁ。君の仕事に支障が出ない程度なら…」
「Hey、俺はアンタと違って若いんだ。徹夜だって平気さ」

 くだけた口調が、ジャックの遠慮を払拭してくれた。
 わかったわかった、と頷く彼を、自分の自動車に導く。

「腹は減ってる?」
「いや。…悪いが、僕は酒は飲まないぞ」
「オーケイ。じゃあ…俺の部屋ってのはどう? 最近、コーヒーに凝ってる んだ」
「いいのかい? その方が落ち着くよ。外はいまいち苦手なんだ」

 初対面なのにフランクすぎたかと心配したが、ジャックは素直に喜んだ。

 そのはにかむ笑顔を見て、クルーズの胸がドクン…と動悸を起こした。
 先ほどから抱いていたジャックへの関心、尊敬、好意…そういったものが、 急に濃縮されたものと
なりクルーズの心を覆った。

(ええと、もしかして、これは――)

 ゴクリ、と唾を飲み込む。
 助手席に座っているジャックへと目をやり、まさか、と頭を振る。

「クルーズ?」
「なんでもない」

 今夜は色々と事件が起こり過ぎて、混乱しているんだ。
 そう自分に言い聞かせ、強くアクセルを踏み込んだ。




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2006.1.2
うわぁん完結できなかった! 1だけでもアップしよう(姑息)
次こそ、がっつりクルーズ×ジャックで…!










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