気を失うようにして眠りに落ちたジャックは、夜が明けても目覚めなかった。
ブラインドから漏れた日の光が部屋を射し、クルーズの罪を浮かび上がらせ
る。
涙の跡、無数のキスマーク。押さえ込まれて痣がついた腕や腰、熱塊に耐
え切れずに裂けて流れ
た血。それらは情事の跡というには荒々しく、激しい暴
行を物語っている。クルーズはついに耐え切
れなくなり、逃げるように部屋を
出た。適当に服を身につけ、車に飛び乗る。
ジャックが目覚めて、自分を見るのが怖かった。
彼の口から決定的な拒絶を言い渡されることが恐ろしかった。
後悔は役に立たず、それを承知で行為に及んだのではないかと問うが、それ
でも彼と2度と会えな
くなるとは考えたくもなかった。自分の想いの強さを知
ってしまったからには。
気が付くと、フェニックス空港に着いていた。
ジャックが愛する仕事をしていれば多少なりとも罪が許される気がして、
管制塔へと向かう。
職員用の小さな駐車場にはジャックの車が昨夜から置き去
りにされていて、そこにTCが寄りかかっ
ていた。クルーズを待っていたのは
明らかで、よう、と手を上げてくる。気が進まないながらも、車を
降りて渋々
と彼へ歩み寄る。
「おはよう。君の車が管制塔から見えたものでな。今日は夜勤だろ、どうした
んだ?」
「ああ、いや……」
「ひどい顔色だぞ、大丈夫か?」
「大丈夫だ。それより、何か用があるんじゃないのか」
気遣わしげに顔を覗き込むTCを手で遮り、用件を促す。
だが用件なんてわかっていた。TCはジャックの親友で、昨夜は確か一緒に
お茶を飲もうとか言って
いた。それが冗談だったにしろ、ジャックは車を置き
去りにして消えたのだ。
「ああ、そうなんだ。ジャックは今どこに? 早いとこ復職の予定を決めさせ
たいんだ。なんせあいつは
頑固な小心者だからな。管制している様子からは想
像できないが」
「なぜ俺に聞く?」
「一緒だったんじゃないのか? 昨日、お前といるのを見たという
奴が」
「ジュリーか?」
「いいや、別の職員だが。ジュリーは休みだ。それにしても、車を置きっ放し
にするなんてあいつらしく
ない。昨夜はよほど盛り上がったんだろうな。――
クルーズ?」
強張った表情のクルーズに、TCの眉が顰められる。
これ以上の追及を避けようと身を翻すが、素早く腕を掴まれてクルーズは
諦めたように項垂れた。
「クルーズ。一体何があったんだ? ジャックはどうした?」
「ジャックは……俺の部屋で、寝ている」
「お前の部屋で? 酒を飲むわけはないよな、あいつが。ずいぶんと意気投合
したものだ。で、客人を
放って、こんなに早く出勤した理由は? 喧嘩で
もしたのか」
「喧嘩の方がマシだ――」
クルーズは力なく首を振った。
部屋を出る前に見たジャックの姿が脳裏をよぎる。
「クルーズ。何があったか知らんが、あいつを傷つけたのなら許さないぞ」
「違う、傷つける気なんてなかった! 俺は――」
これまでとは一転した厳しい表情で詰め寄ってくるTCに、クルーズも声を
張り上げた。
「俺は、ジャックの傍にいたくて! 仕事やそれ以外でも、これからも、一緒
にいたいと思って……」
段々と声が弱々しくなっていく。
想いは純粋なはずなのに、自分がジャックにしたことはといえば何だろう。
レイプだ。
ジャックは決して許してくれないだろう。
「ブライアント……俺は、どうしたらいい?」
クルーズの頬に涙が伝う。
いつもは傲慢なクルーズの悄然とした様子に、TCは驚いた。ジャックから影響を受けたのだろうか。
何があったのかはわからないが、関係を深めようと彼が急ぎすぎたのだということはわかった。
TCは鋭い視線を和らげ、肩を震わせて泣く若者の胸を小突いた。
「今すぐ部屋に戻るんだ。こんな時、時間は何も解決してくれないぞ。最も、
お前がもうジャックとは縁を
切るというのなら別だが」
「そんなことはない!」
「じゃあ、帰れ。今日はもう出てこなくていい」
元日だというのに、管制塔は珍しく人が多い。
事故が発生したと思われた時点で、調査のために全ての職員に翌日の召集が
かかったのだ。
結局事故は起こらず、航空機は無事着陸した。ただ、召集取り
消しの連絡が上手く繋がらずに出勤
してきた管制官がけっこういるのだ。
「誰かにお前の代わりを頼むよ。さあ行け」
「ブライアント……」
「うちの職員とジャックが気まずくなったら、俺だって気が重い。あいつ
にはフェニックス空港に来てもら
いたいからな」
期待に応えられそうにないと、クルーズは苦笑した。
そんなクルーズの背を回転させ、車へと向かわせる。
「お前とジャック、たったの2機だ。それくらい管制できなくてどうする」
「だけどジャックは、2度と俺の声なんて聞きたくないと思ってる」
「クルーズ、いいかよく聞け。あいつが事故を起こして以来、俺が何度復職
を勧めたと思う? 昨日やっ
と来てくれたんだぞ。この大馬鹿野郎! なんと
してでも仲直りしてくるんだ!」
「でもブライア――ッツ!?」
振り向きざまに突然視界がブレて、クルーズはよろめいた。
殴られた頬がじんじんと痛みを伝えてくる。
「あいつは殴らないだろうからな」
悪びれずに言い、TCが握った拳を開いてみせた。