一時間と経たない間に戻ってきたクルーズに駐車場に呼び出された。
TCは大げさにため息をついたが、クルーズの車から支えられて降りてきたジャックの酷い顔色に、
その表情が険しいものになる。
「クルーズ、お前一体何を――」
「TC、仕事中すまないが家まで送ってくれないか」
クルーズの胸倉を掴んで気色ばむTCを、淡々とした声が止めた。TCはしばらくクルーズを睨み
つけていたが、荒っぽく突き飛ばすと親友の腕をとった。
「まっすぐ家でいいのか? 寄る所は?」
「いい。仕事は大丈夫か?」
「ああ、今日は人も多いし便数も少ない。余裕だ」
所在なさげに佇むクルーズを完全に無視して、ジャックは自分の車の後部座席へ乗り込んだ。
運転席に向かったTCはふいと顔を上げると、忌々しさと気遣いが入り混じったような表情で「今日
のところはもう帰れ」とクルーズに叫んだ。そうして2人が出て行った後も、クルーズは途方に暮れ
て長い間動けなかった。
2人は長い付き合いの友人だ。
だが年長ということもあり、また面倒見の良い性格も手伝って、TCはジャックの兄ともいえる存在
だった。仕事はともかくそれ以外では不器用だから心配だ、と言って何かと構ってくるTCに、ジャック
もまた大いに依存していた。数年前の航空事故の時も、TCの支えがなければ自分は自殺していた
かもしれない。
それほどまでに信頼している友人であっても、まさかお前の職場の後輩に犯されたなどとは言え
ない。ジャックは眠り込んだふりをして追求を避けていた。実際問題、脂汗で気持ち悪いし身体は
痛いしで話す気にもなれなかったのだ。だがそれでそっとしておいてくれるTCではなかった。
「ジャック、大丈夫か」
「……」
「外傷はないな。何があった?」
「……」
「やっぱり病院に行ってみるか」
「だ、駄目だ! 大丈夫だから!」
「どう見ても大丈夫じゃない。何があったんだ」
「う……」
溜め込む前に吐き出させる主義のTCに、ジャックはいつも過保護で強引だと笑っていたのだが
今回限りは勘弁してほしかった。なぜなら結局、彼に隠し立てなどできないからだ。
「わざわざ俺に送らせるってことは、何か話がしたかったんじゃないのか?」
「…そうかもしれない」
「なら話せばいい」
「できない」
2人同時にため息を吐く。
車内に満ちる沈黙に引かれるようにジャックが口を開いた。
「TC…」
「うん?」
ちろり、とバックミラーでTCが視線を投げかけてくる。
「クルーズの顔。あんなに殴らなくても。ひどく腫れてたじゃないか」
「お人好しだな、まったく」
「そういうわけじゃないけど、不要だよ。あいつは馬鹿だけど愚か者じゃない。もうすでに十分反省
してるのに」
「それはあいつを許すって意味か? 奴の反省が、そんな状態のお前に何の意味があるんだ」
静かな口調とは裏腹に、彼はかなり怒っているようだ。友人として、また家族ほども近しい者とし
て有難く思う。しかしジャックはクルーズに対して、TCほど怒りが湧いてこなかった。昨夜の行為は
許しがたいが、彼自身に関して言えば――
「だって…クルーズは、本当に馬鹿なんだ」
上手く説明できず、ジャックは苦笑した。
彼は何と言っただろう。守りたい、愛してる。挙句の果てに気持ちが抑えきれず…だ。そんなのは、
例えばジュリーのように若く魅力的な女性に対して抱く感情であって、自分のようなムサ苦しい男で
はないはずだ。
「変な奴だよ。そのうち目も覚めるだろうから、あまりいじめないでやってくれ」
「どうかな。お前はどうなんだ」
「復帰の話しなら、真剣に考えてみる」
「本当か!? いやそうじゃなく…」
「TC、疲れているんだ。寝るから着いたら起こしてくれ」
言い足りないTCの口を塞ぐと、ジャックは目を閉じた。
頬を腫らせて、捨てられた犬のように悲しげなクルーズの顔が浮かんだ。