パキィィン…!

 隣の教室から、今日もチョークが折れる音が鳴り響いた。
 トニーはひっそりと微笑み、頬を薄い桃色に染めた。

(今日もジャック先輩と一緒にいられる…)



『乙女イダのドキドキ★スクールデイズ』



 ここは平穏ではない教育現場、CTU学園である。
 CIAの監査のもと、将来有力となる人員を密かに育成している。

 ゆえに、先ほどの音も単にチョークが折れた音ではない。居眠りをしてい たジャックにシャペル
先生がチョークを投げ、それをジャックが発砲して 粉砕した音なのだ。もちろん、サイレンサー付
きのモデルガンである。経営 学のシャペル先生は声を荒げるようなタイプではないがやや陰湿な
ので、き っと今頃はネチネチと嫌味を言っているのだろう。トニーはジャックに同情 した。しかしそ
のおかげでジャックは反省レポートを課され、トニーは彼か ら代筆を頼まれる。レポートを書き終
わるまでの時間、2人っきりでいら れるのだ。

(放課後が楽しみだ)

 トニーはあまりに嬉しくて、ふと目が合ったメイソン先生に思わずウィン クしてしまう。犯罪科学の
メイソン先生はドライな性格と思われがちだが、 実は生徒思いの優しい人物だったので、教え子の
突然の奇行にも動じなかっ た。親指を立ててウィンクを返してやると、速やかに授業へと戻った。



   誰もいなくなった教室で、2人は向かい合わせで座っていた。
 トニーがキーボードに指を滑らせる単調な音を聞きながら、ジャックは ここ数ヶ月間の学部対抗
の演習データへと目を走らせている。

「悪いな、いつも」
「構いません。僕にとっては至福の時間です」
「? 反省文を書くのが好きなのか」
「………」
「できればあと10分で仕上げてほしいんだが。会議があるんだ」
「知ってますよ、僕だって出席するんだから」
「ニーナは今度、どんなテロを起こすだろうな…」

 既に独り言だったので、トニーは返事を返さなかった。だが敬愛する ジャックからニーナの名前
が出て、自然とテンションは下がる。

 この学園はCTU学部とテロリスト学部とに別れている。
 テロリスト学部は学園が保有する莫大な土地の中であらゆる模擬テロ行 為を起こし、CTU学部
はそれを阻止する。怪我人が出ないよう、パーマ ー学園長からはきつく言い含められているが、
油断は禁物の過酷な演習だ。

 そして、ジャックとニーナはそれぞれの学部代表なのだ。
 入学当初はCTU学部に所属していたニーナだったが、2学期に入る 頃には「ここでは学ぶべき
ことがなくなったわ」と言い出してテロリスト 学部に転向したのだ。同じ執行部役員として2人の抜
群の相性の良さを見 てきたトニーは裏切りだと憤慨したが、ジャックは落ち着いたものだった。

『ニーナらしいよ。彼女が敵に回るとは手強いな』

 その言葉からはニーナに対する深い理解が窺えた。その後の演習では互 いを知り尽くした緻密
で大胆な攻防が繰り広げられ、学園のテロ対策能力 は急上昇した。だがトニーは面白くない。

(昔は良き同士で今は最高のライバルなんて、少し美味しすぎじゃないか?  いまだに彼の心を捉
えているなんて、ニーナ先輩はズルイ!)

 だからトニーは決心したのだ。自分はずっとジャックの傍にいて、ニーナ よりも信頼してもらえるよ
うな相棒になろうと。そのためにも、こうして 日々彼のために励むのだ。いつか彼は言うだろう。

『トニー…お前がいないと俺はやっていけない』

(なんてね! なんてね!)

 バンバンとデスクを叩きたい衝動を堪えて、トニーは完成した文書を ディスクにコピーした。シャペ
ル先生は普段はメールで送信させるくせに、 反省文や始末書といった類の文書は本人に持ってこ
させるのだ。

「できましたよ、ジャック先輩」
「ありがとう、助かった。すぐに提出してくる」
「ではまた後で、会議室で」
「ああ」

 ほっとして緩んだ彼の目元にキスをしたくなるが、ここでは駄目だ。学 園内のあらゆる場所には監
視カメラが設置されている。今度、後輩のクロエ に死角になる場所がないか聞いておこう。あれば
あったで問題だが。

 ジャックが教室を出て行った後、トニーはパソコンの電源を落として席 を立った。そして、おもむろ
に前の席に座る。先ほどまでジャックが座っ ていたそこは、ほのかに温かかった。

(ああ…ジャック先輩のぬくもり…)

 じーんと浸るトニーの携帯に着信が入った。曲は『千の夜をこえて』、 ジャックからだ。トニーは嫌な
予感がして、恐る恐る携帯に出た。

「アルメイダ」
『トニーか。職員室に寄ったら、ちょっとウォルシュ先生に捕まってな。 会議には遅れるから、適当に
始めておいてくれ』

 嘘だ。
 捕まったなんて嘘だ。学部長のウォルシュ先生にジャックが心酔してい いることは公然の事実だ。
きっとジャックがしつこく懐いているのに違い ない。そして、彼を気に入っているウォルシュ先生も、
まんざらでもない 顔で彼を学部長室に招いてコーヒーを入れてやっているのだ。

(キィ――ッ職権乱用!)

 トニーは勢いよく立ち上がり、椅子を後方に吹っ飛ばした。

『と、トニー?』
「…なんでもありません。了解しました」
『そうか、じゃあな』

 あっさりと通話が終わる。
 トニーは、大人しい良い子ちゃんでキャラ作りした自分を恨んだ。 ツンデレでいくべきだったか。
そんなことを悩みながら空しく椅子を 直していると、急に教室の扉が開いた。

「トニー、無事か!?」
「ジャック先輩?」

 振り向くと、銃を構えたジャックが息を切らして立っていた。

「ジャック先輩、どうしたんですか」
「どうしたって…いや、別に…」

 口ごもるジャックに、トニーは胸の奥がほんわかしてきた。
 きっと、椅子が倒れる派手な音を聞いて、トニーがテロリスト学部 の襲撃を受けたと思ったのだ
ろう。先ほどの会話の後、急いで駆けつ けてくれたのだ。

「先輩、ありがとうございます」
「い、いや、俺は…」
「ウォルシュ先生を待たしてるんじゃないんですか?」
「今日はナシにしてもらったから大丈夫だ」
「じゃあ、一緒に会議室に行きましょう」

 そうだな、とジャックは苦笑を漏らした。
 CTU学部棟のセキュリティに対する安堵とトニーが無事だったこと への安堵、そして勘違いして
慌てた自分への羞恥が混ざった笑いだった。 キュンとしたトニーはジャックの手をとった。

「トニー?」
「僕は、自分の身くらい自分で守れますよ。それどころか、貴方を守ろう とさえ思ってるんです」
「それはそれは。ところで、なんで手を繋いでるんだ?」
「こうしてたら安心でしょう」
「そうか…? それよりも恥ずかしくないか?」
「いえ全然」

 あまりにもきっぱりと否定され、つい信じてしまう。
 会議室に入った途端にクロエにぎょっとされ、やっぱり変なんじゃない かと慌てて手を振りほど
くジャックであった。




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2007.2.3
次回、『乙女イダ危機一髪!』
ニーナの魔の手がトニーに迫る!
恋のライバル・チェイスも登場するヨ!
ウ ソ で す 。








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