マリーについていったトニーはそれほど進まないうちに後ろから殴られ、昏倒した所を運ばれていたのだ。逃げられないように
裸に剥かれ(パンツはお情けだった)声をあげないように猿轡をされる。気が付いた時には知らない教室の天井を見上げていた。
痛む後頭部を抑えようとして腕が拘束されている事に気が付く。
「〜〜〜!」
呻くトニーの目の前に女の靴が見える。
「はぁい。目が覚めたかしら?」
其処にはにんまりと笑ったマンディとマリーがいた。
「トニー先輩、ボクサーパンツなんだ〜なんか意外〜」
マリーが無邪気に感想を述べる。
「そうよね、マリー。CTUのフェロモン男はTバックだとばっかり思ってたんだけど」
勝手にパンツ話で盛り上がっている二人に腹を立てつつ、トニーはこの状況からいかにして逃げ出すか必死で算段していた。
小刻みに動かしていた腕の拘束が少し緩んでくる。だが、それは見下ろすマンディの目にしっかり映っていたのだ。
「やあねえ、ちゃんと結んでおかなくちゃ。か弱い乙女が見張りなんだから。でも代わりにお口のほうは自由にしてあげる」
と言いつつ、腕を縛りなおして、猿轡をはずした。
「どういうつもりだ!」
「じゃあ、後は任せたわ、マリー」
「はあい!」
マンディはそのまま部屋を出て行ってしまった。トニーは体を起こそうと腹筋に力を入れる。其処をマリーが踏みつけ、身を
かがめて顔を近づけてこう言った。
「トニー先輩、マリーちゃんは般若信教がいえま〜す!」
「はん・・にゃ・・・?」
唐突な話題変換についていけないトニーは一瞬気が抜けてしまう。
「かんじーざいぼーさつはんにゃーはらみたじー〜チーン!」
マリーの念仏が始まった。
一方ジャックは必死にトニーの行方を追っていた。目撃証人には金髪の小柄な女の子に呼び出されたようだと聞いてなん
となく胸の中がもやもやとしている。
「色仕掛けにかかったんじゃないだろうな…」
思わずぼそりと独り言が口についてくる。
「ジャック? 何か言いました?」
カーティスがそれを耳にして聞いてくる。
「いや、なんでもない。ただ、トニーが誰かに呼び出された後の行動がどうだったか…」
「トニーさんは金髪が好きですからねえ…」
意味深な言葉をカーティスがつぶやくとますますジャックは面白くなかった。
「行くぞ!」
「…金髪は自分もだって気がつかないすか…ジャック…」
ケリーはロバートが潜入者だとばれてしまった事を別の情報から聞いていた。はあ、と職員室でため息をついていた時に
後ろからぽんぽん、と肩を慰めるように叩かれる。
「どうした、ケリー。元気が無いようだ」
「あ、ああ、ジョージか。いや、ちょっとな…」
授業に使うテキストを小脇に抱えたジョージ・メイソンが心配そうに尋ねてきたのだ。
「お前が担当していた奴、捕まったって?」
「なんだ。知ってたのか」
「とりあえず、情報は校長まで上がっているからな」
「これでロバートは任務失敗…残念だ」
はふう、と大きくため息をつくとケリーはメイソンの顔を見上げた。
「まあ、学園内の演習だ。これが実践でなくて良かったと思え、ケリー」
「そうだな…。そう言えば俺もテロ部からの攻撃ターゲット入れられたと思うなあ。先手必勝でお前に悪いがニーナを脅して
こようと思うんだが。いいか」
「なんだ…? 確かにニーナはテロ部だが…」
にやり、とケリーが笑う。
「ジョージ・メイソンはニーナ・マイヤーズと密に婚約してるだろう?」
その言葉にズザザザっとあとずさったメイソンは思わずつぶいやいた。
「ど・・どうしてそれを…!」
「ケリー様はみんなお見通しだ。まあ、これは今の所トップシークレットだから俺しか知らないがね」
そうしてケリーはニーナと司法取引…ではないが密約を交わして彼らの関係が公にならないように手を打ったのだった。
マリーの念仏は4週目に入っていた。マリーの少し高めの声が抑揚のない調子で延々と続くとさすがのトニーも朦朧とし
てくる。空調が効いているため、パンツ一丁でも寒くないので余計にぼうっとしてくるのだ。
「みたじー…トニーせんぱいのすきーなひーとはだれーですかー」
「じゃっく…」
「じゃっくのーせきゅーりてぃーこーどーをおしえーてくーだーさい」
「ぜろわい…っ!」
巧みに情報を聞き出されそうになったことに気がついたトニーは一瞬で覚醒した。
「その手には乗らない!」
「ええ〜、だめですか〜!」
漸く念仏が止った。マリーは残念そうにしている。
「マリーちゃんの念仏自白はけっこう効くんですけど〜。じゃあ、今度は違う拷問しますね! くすぐり地獄で〜す」
わきわきと細い指を動かしてトニーのわき腹をくすぐり始めてきた。
「うっ・・やあ、やめろ! って・・はははは」
トニーが無理やり笑わせられていた時。突然ドアが蹴破られた。
「トニー! 大丈夫か!!」
ジャックが飛び込んできたのだった。
「トニー…おまえ…なんて格好だ」
そう、今ジャックの目の前にはパンツ一丁で腕を縛られ床に転がされた男がまたがっている金髪の女の子にくすぐられ、
身を捩っていたのだ。
ふ、とジャックが目線をそらす。カーティスは二人を(視界には3人だったが)痛ましそうに見ていた。
「ジャック、違うんです!」
「何がどう違うんだ…お楽しみの最中のようだぞ…」
「トニー先輩は私の人質なんですぅ!」
プンスカと怒るマリーの言葉にその場の呪縛が溶けた。
カーティスがマリーの腕を取って立たせ、手錠をはめる。
「じゃあ、君は一応テロリストとして逮捕するね」
「え〜ん!」
泣きまねをするマリーを部屋から連れ出しながらカーティスはジャックに後は頼む、と出て行く。それに顔を縦に動かす事で
同意を示したジャックは無言でトニーの腕の拘束を解き、床から起こした。
「…ジャック…すいません…迷惑をおかけしました」
深々とトニーが頭を下げて謝罪する。
「お前が無事ならそれでいい」
「ジャック!」
がばぁっとトニーが抱きつき、思わず腕を回してしまったジャックはその耳元へそっと囁いた。
「トニー、早く服着ろ」
部屋の隅に適当に置かれていた服を着たトニーはどうして二人が此処を突き止めたか聞くと、ジャックから意外な話しをされた。
「いや…メールが入って…此処だと」
「メール?」
「ああ。CTUからの潜入している奴だ。コードEの署名が入っていた」
「…そいつは完璧に潜入を果してますね…ジャックの再来になるかもしれません」
「まあ、なんにしてもお前をみつけられたからな」
トニーの大好きなはにかみの笑みが浮かぶ。
「ありがとうございます・・・ジャック」
「さて、CTUに戻ろう。爆発物騒ぎは抑えたし、ウイルスの方も大丈夫だと思うが…ニーナ達の事だ、後もう一つ何かありそうで怖いな」
「そうですね」
二人は走って戻る事にした。
一方のマンディは少しいらいらとしていた。今回のテロはどうも上手く行かないのだ。結局トニーもあのジャック・バウアーに
取り戻されてしまった…どうやら自分の情報すら漏れているのだ。
「ったく!同時多発テロは殆ど不発だったし。サンダースも使えないわね」
「ん〜、そうね」
ニーナはポチポチとPCのモニターを見ながら何かを打ち込んでいる。
「ま、あなたのウイルスは目くらましに役に立ったから…トニーの奴は私が直接やればよかったわ。マリーは頑張ったけど
やっぱり役不足だったし」
「しょうがないわ。こればっかりは計算どおりにはいかないもの。でも、最終段階は上手くいったみたいよ、マンディ」
ぽん、とエンターキーを押してPCから向き直ったニーナは満足した猫のようににんまりと笑った。
CTUに戻ったジャックとトニーを待っている人がいた。
「やあ、お帰り。大丈夫だったか? トニー」
ウォルシュ先生が声をかける。その後ろに見覚えのない男が立っていた。
「ええ、大丈夫です、先生。ジャックが来てくれましたし」
トニーが答えながらジャックに目配せをする。
「ウォルシュ先生、もしかして後ろにいるのは…」
ジャックが気になる事を尋ねようとした時。
「初めまして。俺、チェイス・エドモンズです」
後ろにいた坊主頭のハンサムが自己紹介を始めた。ウォルシュ先生が満足そうな顔をして改めて彼を紹介する。
「ああ、彼が今回の立役者と言うべき…CTUからの潜入の一人だ。今回のテロの爆発物の仕掛けた場所やトニーの居場
所などは彼が教えてくれたんだよ」
「…そうでしたか…」
トニーが一言口に出した時。チェイスが動いた。ジャックの右手を両手でつかみ、ぶんぶんと上下に振り回す。その様子
はご褒美をねだる大型犬のようだ。
「俺、貴方に憧れてました! ジャック・バウアー先輩と一緒のミッションを働くことできて感激です!」
「あ、ああ。俺も優秀な奴は大歓迎だ」
ジャックはチェイスの反応に引いてしまっていたが、苦笑しつつ正直な感想を述べる。その姿を見てトニーの額には密に
青筋が浮いていた。
「ああ、ジャック。とりあえずテロ部との演習はこれで終わりのようだ。これからはこのチェイスも執行部に入るようになると思うが
宜しく頼むぞ」
「わかりました。今回の演習も大体CTUの勝利でしょうか?」
「うむ、8割方そうだと思うが。後は校長からの寸評があるからその時にわかるだろう」
ジャックとウォルシュが話している間もチェイスは握った手を離さないでいる。
トニーはつかまれている腕を引っ張り、自分の所にジャックを抱きこむようにしてチェイスを見返した。
「ジャック、一応後処理がありますから。執行部に戻りましょう」
「そうだな。じゃあ、チェイスまた後でな!」
ずんずん、とジャックを引きずりながらトニーは廊下を進むのだった。
そして。
CTU、テロ部の両職員室に悲鳴があがる。
「ぎゃあ〜! テスト問題が消えたぁ〜〜〜!」
ニーナとマンディのドミノ作戦はどちらのPCもダウンさせ、機能不全によるテストの中止で終わったのだった。
END