「以上、報告終わります」
「うむ…」
しかしすぐに”解散”の言葉が続かなかったので、シャープは翻しかけ
ていた身体をまた正面に
向きなおした。
「シャープ」
「イエス、サー」
「夕食を一緒にどうだね」
「イエス、サー」
シャープは即答した。
もとより将軍の「どうだね」に対して、一介の大尉に否やは許されない。
というのは必ずしも真実ではなく、ウェルズリー将軍の口調に強要の
意はなかった。シャープも
こうして誘われるのは初めてでもなく、とな
ればたとえ相手が雲の上の人でも緊張感は薄れると
いうものだ。
とはいえ、こと食事の誘いに関してはやはりシャープに否やはなかった。
テーブルマナーに疎い
シャープだったが、ウェルズリーはシャープを誘う
時は他の将校を誘わないことも、即答の要因である。
シャープゲットと、上等の夕食に、両者の頬が緩んだ時、オホン、とも
ったいぶった横槍が入った。
「あー、将軍」
シャープの後ろに控えていたローフォドが優雅に歩み出てくる。
「今夜は私がシャープを誘おうと考えていたのですが、譲っていただけ
ませんか」
「横暴じゃないかね、ローフォド」
「規制条件はなかったはずですよ、将軍」
まるでローフォドが優位に立っているかのような会話に、シャープは首
を傾げた。ローフォドは将
軍の弱みでも握っているのかと、泰然とした友
人の顔を見る。
シャープの読みは当たっていた。
過去、インドにおいてシャープはローフォドから文字を学んだ。
その時の書き付け帳を、ローフォドは大事に保管しているのだ。
そして紙の一片をローフォドはウェルズリーに流した。もちろん、相手が
将軍だからといって臆する
ローフォドではない。何かの際の貸しということ
にしたのだ。目には目を、シャープにはシャープを。
その金言を、いま彼は
実行しようとしていた。
「別に、今日じゃなければいけないというわけでもないでしょう」
「それは君にも言えることじゃないかね」
「いいえ、私は、今夜がいいのです」
「うぬ…」
2人が見えない火花を飛ばし、シャープがどっちでもいいからもう帰り
たいな〜と思い始めた時。
パッとテントのカーテンが舞い上がった。
「あれ、まだ終わってなかったんすか? そりゃ失礼しました」
後ろで騒ぐ衛兵をものともせず、悪びれない顔でハーパーは謝った。
将軍への報告の後、ローフォドやらホーガンやらでシャープの奪い合いが始まるのはいつものこと
だった。普段は黙ってそれを見ているしかないハーパー
だが、今日は違う。ふふん、とドニゴール
の男はほくそ笑んだ。
「なんだね、ハーパー軍曹。無礼じゃないか」
「サー、テレサさんがいらっしゃいました」
この場合の「サー」とは、もちろんシャープを指している。
ローフォドの言葉は完全に無視された。
「なに、本当か!?」
パアッ――っと、途端にシャープの顔に満面の笑みが広がる。
それを見て、ウェルズリーとローフォドは今夜の予定を諦めた。
「あー、その、将軍、とローフォド。申し訳ないですけど、その、妻が…」
そわそわと嬉しそうに話し出すシャープに、2人は力なく頷く。
「行ってよし」の言葉とともにテントから駆け出すシャープを、2人は
溜息とともに見送った。
「…ローフォド、夕食を一緒にどうだね」
「喜んでご一緒させていただきます」
生ぬるい連帯感が生まれた2人の耳に、シャープとハーパーの陽気な
大声が聞こえてきた。
「サー、夜は一緒にメシ食いませんか。イザベラも喜びます」
「おう、もちろんいいぞ、パット!」
『おのれハーパーめ…』
2人が歯軋りしたことは、言うまでもない。