暫定政権「フリーダム」。
それが、リブリア崩壊後の世界を支えていた。各地域のレジスタンス・
リーダー達から成るそれは、
ユルゲンを筆頭に世界の修復を試みていた。
法律の制定、教育の見直し、そして――芸術の復興。
ミドル・アースとは、地下都市の名称だ。
幾度となく調査が行われ、クラリックの派遣もあったが、誰一人として
戻ってくる者はいなかった。
リブリア時代から、伝説のように囁かれてき
た芸術の街だ。そこでは「指輪旅団」と呼ばれる者達が
街を守り、また芸
術をも司っているらしい。彼らをフリーダムに迎え入れること、あるいは
フリーダム
の復興に助力してもらうこと、それがユルゲン達の狙いだった。
そしてやっと、彼らとコンタクトを取る
ことができたのだ。
「自分達だって見に行きたいだろうに…」
プレストンは微かに苦笑すると、ミドル・アースに関する資料を閉じた。
もとより、その量は微々たる
ものだ。彼らはまだ何の情報も寄越してこな
かったようで、リブリア時代に作成されたものしかなかっ
た。推測の域を
越えない大体の位置、旅団の存在。そして、派遣されて行方不明になった
クラリック
のリスト。それはゆうに20人を越えていた。身体能力的にも
一般人がクラリックを殺害することは容
易ではないので、彼らはおそらく
自分の意思でミドル・アースに留まったのだろう。感情を取り戻し、
人間
として。写真の無表情な彼らが、どのように笑い泣くのか、プレストンは
想像もできなかった。
「パートリッジ…私はまだ、上手く笑えないよ」
深い溜息を吐くと、ベッドへと身体を沈める。
サイドテーブルに置いた書物へと視線を滑らせ、しかし毎夜のごとくその
詩集に手を伸ばすまでに
は至らない。
「君の…夢を、私はちゃんと踏みしめているのだろうか」
プレストンは現在、ユルゲンのもとで働いている。
上級クラリックだった彼は、過去の世界や政治などに詳しかった。その
知識を生かして法律作りに
携わる傍ら、もっぱらの仕事はクラリック時代
と変わらない。「反逆者殺し」だ。自由社会反対派や、
頑なな残党クラリ
ックなどの取り締まりをしている。もちろん、今は手加減することを学ん
だので相手
を殺害することは稀だ。それでも、プレストンは自分の手に罪
を覚えてしまう。
プレストンは確かに救世主だが、それ以前は誰よりも優秀なクラリック
だったのだ。暫定政権のメ
ンバーの中にも、直接の親戚友人を殺された者
もいるだろう。彼らの自分を見る目に、たまに怒り
が含まれていることを
プレストンは知っている。
(なのにまだ、この手は人を殺すのか。パートリッジの夢に、この世界は
少しでも近付いているのだ
ろうか)
プロジウムの製造は全て中止されたわけではない。
突然許された感情の発露に翻弄され、自分をコントロールできない者が
多いのだ。ストレスに耐え
切れず発狂する者までいる。些細な傷害事件も
増えた。自由とは、必ずしも良い面ばかりではない。
街角で歌い、踊る者
達が現れた裏では、今までなかった犯罪が芽吹いている。
(それは仕方のないことなんだ。大切なのは、前進しているかってことだよ、ジ
ョン)
ユルゲンの言葉が頭に浮かび、プレストンは目を閉じた。
そう、自分は世界を前進させるために、ミドル・アースへと行くのだ。
パートリッジの夢を追うことだけが、プレストンの苦悩を癒してくれた。