我儘な大人 <下>




「ヘイデン、起っきろー!」
「う…ん?」

 結局眠りについたのは午前四時頃で、朦朧とした僕の頭に大音量の声が 響いた。

「十時から撮影なんだろ。何か食べて行こう」
「え、ユアン…?」

 時計を見ると、九時だった。
 八時にセットしたアラームを聞いた記憶がない。
 慌ててベットから下り、顔を洗いに行く。
 なんとか寝癖を押さえつけて戻ると、ユアンは既に身支度を整えていた。 昨日は相当飲んだんだ
から、身体は辛いはずだ。僕より大きな瞳も、今日は 半分閉じている。

「…昼まで、寝てるんじゃなかったんですか?」
「うわっ、可愛くない新人! 誰のおかげで起きれたと思ってんだ?」

 気遣ったつもりが、ユアンは怒って枕を投げてきた。でも瞳はまだ半分 閉じたままだ。僕はクスク
スと笑いながら枕を受け取った。

「スミマセン、アリガトウゴザイマス」
「棒読みかよ」

 遠慮のない物言いも、慣れてくるとかえって親しみを感じて嬉しい。
 なんて、幸せな朝。
 僕がしつこく笑っていると、ユアンも口元を綻ばした。

「んじゃ、師弟仲良くご出勤といくかー」
「イエス、マスター」

 撮影が始まったら、僕たちは複雑な関係になるから。
 貴方は眉間に皺を寄せ、僕は不満の篭った目で貴方を見なければならない。
 だから今は、2人で単純に笑い合っていよう。
 笑いあう僕らが、本当の「僕ら」の関係だと信じられるように。

(なんだ、僕ってけっこう図太いんだな…)

 僕は軽く伸びをすると、ユアンの隣に立って歩いた。
 ここが、僕の場所だ。


 *****


 バタバタと自分を追ってくる足音を聞いて、ユアンはにんまりと笑みを 浮かべた。立ち止まって、
ゆっくりと振り返る。

「そんなに慌てなくても、僕は消えないよ?」
「だって、今日は何も約束してなかったからっ」

 すぐに帰っちゃうかと思ったんです、と息を弾ませて素直に告げる後輩に、 思わず頭を撫でてやる。

「なんか食べに行く?」
「あ、ハイ!」

 子供扱いされたことに憮然としたものの、ヘイデンはすぐに相好を崩した。

(犬みてぇ〜)

 最近になって、この後輩はやたらと懐いてくる。

(少し前までは緊張した感じで、一歩退いたところがあったから、僕みたいな タイプは苦手なのか
なって思ってたけど)

 ヘイデンと2人で飲みに行って以来だろうか。
 あの夜はかなり酔っ払って、ユアンはほとんど何も覚えていない。

「結局、相談を受けた覚えもないしな〜」
「何のことですか?」
「ヘイデンのことだよ」

 夕方の街中を、人混みをかき分けて歩きながら、ヘイデンはえ?と首を 傾げた。

「前に、なんか悩んでただろ。解決したのか?」
「ああ…。そうですね」

 照れたように曖昧に笑うヘイデンを見て、ユアンは肩眉を上げた。

(なんだ、もしかして恋の悩みだったのか? どっちにしろ、もう大丈夫 そうだな)

「時々、辛そうな表情してたからな。心配したよ」

 すみません、ありがとうございます、と律儀に頭を下げてから、でも、と ヘイデンは続けた。

「そんなことに気付いたの、ユアンだけですよ」
「そうか?」

 今度はユアンが首を傾げた。
 いつも礼儀正しくて、適度に周囲に合わせられる器用な青年。ユアンは自分 の二十歳の頃を思
い出しては、「最近の子って大人だなぁ」と感心していた。
 だから余計、深刻そうな彼の横顔が気になったのだ。
 けれど言われてみれば、他の人間は誰もヘイデンを心配している素振りは なかったような気もする。

「師弟の絆ってやつかなぁ」
「厄介ですね」

 ユアンの呟きにヘイデンが苦笑する。

(厄介ってどういう意味?)

 問い詰めようとしたら、「ここにしましょう」と言ってヘイデンは店の中へ 入っていってしまった。

(ま、いいか…)

 言葉のわりには嬉しそうだったヘイデンの顔に免じて許してやろう。
 ふと看板を見ると、この店は「ピザハウス」だった。
 特にしっかりと食べたいわけでもなかったので異存はないが、ユアンは(ガキ…) と心の中で呟いた。


 ******


「ねえ、ユアン」
「んあ?」

 ピザを齧りながら視線を向けると、ヘイデンは真剣な目でこちらを見ていた。

「ぼ…」
「ボヘミアン?」
「……アナキンのこと、どう思います?」

 決意が挫けて肩を落としたヘイデンに気付かず、ユアンは即答した。

「アナキン? どーしよーもないガキ」
「ガっ…」
「だって、年はともかくさ。あんな我儘で依存心高い奴、ガキとしか言えない だろ」

 ヘイデンはますます肩を落としたが、キッと顔を上げた。

「じゃ、じゃあ、僕は?」
「は?」

 質問の意味がわかりかねて、眉を顰める。

「選挙権持ってるし自分で稼いでるし、僕はガキはないですよね?」

 ムキになって言い募る姿が子供っぽくて、ユアンは笑いながら答えた。

「僕より十も年下なんだから、坊やだよ」
「………!!」

 かなりのショックを受けたらしく、ヘイデンは口を開けたまま固まった。

「まあ、僕が君の年くらいだった頃を思えば、ずいぶん大人びてるけどね〜」

 のほほんとフォローを入れると、気を取り直したように顔を引き締める。

「ユアン、僕は、立派な大人になりますよ!」

(なんで僕に言うの?)

 力いっぱい宣言したヘイデンを不思議に思ったが、乗りのいいユアンは 笑顔で頷いた。

「期待しているよ、マイパダワン」
「い、イエスマスター!」

 ぼっと頬が紅潮したヘイデンは、炭酸の抜けたコーラを一気にあおった。
 自分の無責任な言動が、青年にどれほどの希望を与えたのか、思いもしない ユアンであった。




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2005.12.21
ヘイデン・ゲイ疑惑に誘発されて。
なのに、なぜEP2の頃の話になってしまったのか…。








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