「なんとも美しい人だな、少佐」
「はあ」
妻を見送って生返事を寄越すシャープに、デュブルドンは気分を害する
わけでもなく葉巻を深く吸った。
ふうっと大きく煙を吐いてシャープの注意
を引くと、外套に隠しておいたものを取り出す。
「メリークリスマス、少佐」
「え?」
「クリスマスの贈り物だよ」
にこやかにそう言って差し出す。
シャープは初め戸惑っていた。しかし包みから伝わる熱とほのかに立ち
上ってくる香りとに、次第に
喜色が浮かぶ。照れくさそうにデュブルドン
に笑いかける。
「わざわざ持ってきてくださったんですか!」
「食べ逃したようだったからね」
それは、2個の焼きジャガイモだった。
夜気に白い湯気を立て、パリパリに焼けた皮から覗く中味は白く輝いている。
いかにも聖なる夜に
ふさわしい贈り物だ。少なくとも、シャープにとっては。
「冷めるといけない。すぐに食べたまえ」
「ありがとうございます」
シャープはほくほくとそれを頬張った。
その様子は子供のように嬉しそうで、彼こそがフランス兵を脅かしている、か
のリチャード・シャープ
だとは信じがたい風景だ。
「うまかったです」
「当然だ。今夜の食事で、気に入ってもらえなかったものがあったかね?」
「ないです。どれも最高でした」
満足そうにデュブルドンは頷くと、ぐっとシャープに詰め寄った。
無邪気な笑顔を振りまく彼に、悪戯心が湧いたのだ。
「少佐。私もプレゼントをいただいていいかな」
「え、しかし自分は…」
口ごもるシャープの首根っこを掴み、すばやく口付けをした。
シャープは驚きのあまり、薄く口を開いて固まっている。
(なんて素直で面白い奴なんだ、この男は)
デュブルドンは愉快になり、再び唇を重ねた。
さきほどの触れるだけのものとは違う、舌を絡めて唇を吸う、濃厚なキスだ。
シャープとのキスは、ジャガイモの味がした。
デュブルドンの脳裏に、青々とした葉が茂りどこまでも続くジャガイモ畑が
広がった。大地の恵みを
もっと享受しようと、更に口付けを深くする。
「…はっ、大佐…」
苦しげな息が漏れたところで、やっと解放してやる。
「プレゼントをどうも、シャープ少佐」
「なっ……た、大佐!」
「さて、戻ろうか。お宅の大佐が、君を連れて来いと言っておられる」
快活に笑いながら踵を返す。
シャープはしばらく動かなかったが、やがて小走りに追いついてデュブルドン
に囁いた。
「…メリークリスマス、大佐」
2人が部屋に戻ると、一同は静まり返ってシャープを見つめた。
少し潤んだ瞳、上気した頬。
それが冬の外気のせいではない証拠に、シャープの唇は赤く色づいている。
ごくり、と誰かの唾を飲む音が聞こえて、一同はハッと我に返った。
思わず見入ってしまったサー・オーガスタスは慌ててスパスパと葉巻をく
ゆらせ、必死で顰め面を
作る。デュコウまでもがその神経質そうな目を光
らせてシャープを見つめていた。口元には、謎め
いた笑みが浮かんでいる。
シャープは、まさか自分が悩殺オーラを発しているとは思ってもいない。
緊迫感漂う雰囲気に、バツの悪そうな顔で肩を竦めた。
「あ、えと…遅くなってすみません」
「なぁに少佐、気にすることはない。皆、ブランデーと葉巻を楽しんでいる
最中さ。君もどうだね?」
一人、デュブルドンだけがご機嫌だった。
(おめでたく酔っ払っているハリー・プライスは除く)
メリー・クリスマス―――