「ビリー!?」
遠くで自分を呼ぶ声がした。
干草に埋もれ瞳は閉じたまま、ビリーはきゅうっと口角を吊り上げた。
「ビリー!」
返事はしない。身体も起こさない。
子供の頃はかくれんぼは嫌いだったが、今は違う。鬼はビリーで、「彼」が
自分を探すゲームなのだ。
段々と近づいてきた声から忍び笑いを消そうと、ビ
リーはぐいぐいと干草に身体を沈めた。すると、食
事が潰されることを心配し
たのか馬たちが不満げな呻き声を鳴らしはじめる。
「お前ら、シッ―」
「ビリー?」
キイ、と半開きになっていた扉が開け放された。
「ドク、オレは返事してないぞ」
「代わりにそいつらがしてくれたんだろ」
馬小屋に入ってきたドクはビリーを見下ろしながらそう笑った。
背後から射した陽光がドクの金髪をきらめかせている。ビリーは眩しそうに
目を眇めてドクを見上げた。
「もう少しこのままでいたかったのに」
「昼寝なら夜しろ」
「無茶言うなよ。じゃなくて…」
もう少し、このままで。
ドクが自分の名前を呼ぶのを聞いていたかった。
「なんだ、ビリー?」
甘くて低くて、少し掠れた声で呼ばれると、くすぐったい気持ちになる。
「ビリー?」
青い瞳に覗き込まれて近くで囁かれると、抱きしめたくなる。
と思った時には、ビリーはドクの腕を掴んで引き倒していた。
「っおい!」
さすがに怒ったドクがガバリと身を起こす。ビリーはどう言い訳しようかと
曖昧な笑みを浮かべた。
その時、戸口に人影が現れた。その姿を見てビリーは顔をしかめた。あまり
会いたくない相手だ。
「ドク、何してるんだ?」
「こいつが寝ぼけたんだよ、ディック」
じろりと茶色の瞳がビリーを見下ろした。内心の棘を隠そうともせずに、
リチャードはふんと鼻を
鳴らした。つかつかと歩み寄り、ドクの腕を掴んで
起こしてやる。ドクが微かに「Thanks」と言うのに
目線で応えてから、再び
ビリーを見やった。
「タンストールさんが呼んでる。早く来い」
「Ya,Dick。俺は起こしてくれないのか?」
そう言ったのは、彼は絶対に起こしてくれないのを知っているから。
そしてその場合、「彼」がこう言うのがわかっているから。
「しょうがない奴だな。ほら、立てよビリー」
「Thanks,Doc」
ドクの腕を借りて軽やかに跳ね起きると、ビリーは上機嫌で小屋を出た。
むっとしているリチャー
ドの脇を、「Excuse me?」と言って通り抜けようと
すると、ふいに背中をはたかれた。
「What!?」
「草がついてた」
しらっとそう答えると、リチャードはすたすたと歩き始める。
ドクが自然とその隣に並ぶのを見て、ビリーは足を止めた。
そして、待ってみる。
彼が振り向いてくれるのを。
ビリーはニヤリと笑った。
だって彼は、必ずまたビリーの名を呼んでくれるのだから。