「ドォ――ク!」
眉間に皺が寄る。
「ド―クー?」
溜息を一つ。
「お―い、ドク―!」
それでも無視できないのは、自分を呼ぶその声があまりに楽しそうだからだ。
高く朗らかな声は
牧場に良く響き、まるで宝物を見せようとする子供のように
ドクを呼ぶ。
「ドーォ」
「うるさい、ここだ!」
ドクが馬小屋から出ると、彼は遠くから駆けて来た。満面の笑顔で。しかし
彼―ビリー―は子供
ではないし、宝物を見せにきたわけでもない。大人達から
見ればドクもビリーも子供の部類に入
れられるようだが、こいつと一緒にされ
たくないとドクは思った。
「何度も呼ぶな」
「ならすぐに返事をしろよ」
「用件があって呼んでるんならな」
そっけなくそう言うと、ビリーは口を尖らせた。静かな時はどこか影を匂わ
せる顔立ちなのに、そ
こに感情が浮かぶと印象は一転する。今はまさにキッド
の顔だ。
「人を呼ぶ時には用件があるものなんだよ、ウィリアム・H・ボニー君。君は今日、
何回俺を探し
て呼んだ?」
「さあ?」
「6回だ。その中で、俺が納得する用件は何回だったと思う?」
「Hey、オレが呼びたくて呼んでるんだ。あんたは関係ないだろう」
「関係ない? 呼ばれてるのは俺なのに?」
呼ばれて返事をして、後は他愛無い会話。そんなことが今日で6回あった。
もちろんそれは今日
だけのことではなく。仲間内で一番の理屈屋であるドク
からすれば、ビリーの行動は不可解で怪訝
なものだった。そして、ドクは穏
やかな気性ではあったが、活火山でもある。口ひげに覆われた口
角が引き攣
るのを見て、ビリーは慌てて弁解を始めた。
「もちろん用件はあるさ、ドク。今までのだって、オレの側にはちゃんとね」
「ほう?」
「あんたに会いたかったんだ」
「は……?」
小屋の壁にもたれて腕を組んだまま、ドクはビリーを凝視した。その視線に
ビリーは、パチリと
ウィンクを返した。
「わかってもらえた?」
「…さっぱりだな」
深い溜息を落とし頭を振りながら、ドクはビリーを押しのけて歩き始めた。
前から思っていたが、
彼の考えていることは理解できない。からかわれている
のだとは思うが、いつも怒るタイミングを
外されてしまう。
「あ、おいドクー」
「ついてくるな」
「ジョンが呼んでるぜ」
「なっ…そういうことは早く言え!」
父親代わりで雇用主でもあるジョン・タンストールは、彼らにとって絶対の
存在だった。立場上の
従順ではなく、敬愛の対象として。駆け出したドクの横
に、当然のようにビリーが並ぶ。
「まだ何かあるのか?」
「オレの用件がね」
「もう俺には会ったろ」
「お構いなく」
何がお構いなくだ、とドクは勢いよくビリーの足を払った。
「どわっ!」
「See-ya、Billy」
「ドォーク! 覚えてろよ!」
「知るか!」
走り去るドクの背後から、「ヒャハハ」と特徴的な笑い声が聞こえた。思い
きり顔面から地面に
突っ込んだというのに、何がそんなにおかしいのか。しか
し、そういうドクの顔も綻んでいた。
彼は理由もなくドクを呼ぶ。それでも無視できないのは、自分を呼ぶその声
があまりに楽しそ
うで――自分までワクワクした気分になるからだ。
そんなことは絶対、ビリーには教えてやらないけれど。