俺の初恋は中学生の時。
苦いような甘いような不思議な感覚と共に思い出すのは、好きだった人の背中。
顔を思い出せないというわけじゃない。
俺はその人に嫌われていたので、いつも背中を向けられていた印象が強いのだ。
 その人と俺はどういうわけだか中学から大学まで同じ学校で、同じクラスになってしまったことも少なくはなく。
顔を合わせるたびにイヤーな顔をされると、さすがの俺も凹むというか、なんというか。
だけど、その人がそんな顔をするのは俺くらいで、ならきっと俺のことはあの人の心の中に深く深く刻み込まれているのだろうと考えると、その他大勢と思われるよりはいいかなと思ってみたり。
例えそれが、俺が意図する意味とは逆の意味を持っていたとしても。

 嫌われても、忘れられるよりはいいと。

 その頃の俺は自虐的にもそんなことを考えていた。



 第一章 先触れ



「啓介」
 退屈な講義が終わり伸びをしていたら、後ろから背中を軽く叩かれた。
振り向かなくてもわかる。この声は友達。
吉峰祐二といって、大学に入ってから知り合った。
 人の良さそうな笑顔のこの友人は大学内に留まらぬ広い人脈を持っていたが、何故だか俺を妙に気に入ってくれたらしく、入学以来なにかと気をつけてくれる。
俺もそんな彼が好きで、一ヶ月たたないうちにまるで数年来の親友のような付き合いをしていた。
「今日はもう終わりか?」
「ああ。午後からバイト入れてるから、学食で昼飯食べて行こうかと思って」
「んなら俺も付き合うわ。夕方まで時間空いててさ」
「へー、珍しい。由衣さんは?」
「午後に講義入ってんだと。どうしても外せない講義だからイイ子で待ってろってさー」
 ちぇーっと膨れてみせる吉峰に、俺は思わず吹き出した。

 由衣さん。武村由衣さん。吉峰の彼女。
高校の時の一年先輩で、正式に付き合い始めたのは吉峰が三年の頃だと言っていた。
大学受験を控えて随分余裕あったんだなと言ったら、事によっては一年棒に振る覚悟だったらしい。
大学に入って周りに誘惑の多くなる由衣さんをこのまま一年も放っておいたら絶対後悔すると思ったらしい。
しかし当の由衣さんにはそんなことをさせるつもりは毛頭なくて、付き合いをOKしたうえに家庭教師まで引き受け、当初からの目標校でもあった由衣さんと同じ大学にストレートで合格。
あとからこっそり聞いたところによると、由衣さんは由衣さんで吉峰が合格するのを待って告白するつもりだったらしい。
つまりは、最初から両思いだったと。
聞いてる俺には実に馬鹿馬鹿しいオチだった。
 その由衣さんは実に迫力のある美人で、紹介された時には吉峰とのギャップにちょっととまどった。
吉峰はお世辞にも色男とは言えず、人の良さが全身ににじみ出るいわゆる『いい人』で。
今風美人の彼女と釣り合うのは……背の高さくらいか?
失礼なのは十分承知している。でも、正直なところこれが俺の第一印象だった。
 でも、仲むつまじくしている二人を見ていると、これが段々とお似合いに見えてくるから不思議だ。
並みの男には負けない気の強さとそれに見合う美貌とスタイルを持つ由衣さんは、姉御肌で女性陣に絶大なる人気を誇っている。
その彼女が、吉峰といるときはリラックスして可愛らしい感じになるのだ。
吉峰もそれを無理なく支えてる感じで、二人を見ていると俺はなんだか嬉しくなる。
理想のカップルなんだ。このまま幸せでいてほしいと、いつも心から願っている。
俺には望むべくもないその幸せを、どうか二人には逃さないで欲しいと。

「啓介?」
 どうやら暫く自分の思考に沈みきっていたらしい。
はっと気がつくと目の前に吉峰の不思議そうな顔があった。
「ごめん。ちょっと考え事してた」
 すると吉峰は笑って、
「どうせ寝てたんだろ? 講義中も堂々と欠伸なんかしやがって。教授が睨んでたの気づいてたか?」
「え? うそ。ホントに?」
 慌ててきょろきょろ見回してみても、教授はすでにいるはずもなく。
「単位、覚悟しといたほうがいいんじゃねぇの?」
 ニヤニヤと笑う吉峰の顔面を手のひらで軽くべちっと叩く。
ノートやらペンやらをリュックにしまい込み右肩に担いで席を立つと、顔を押さえていた吉峰が慌てて後を追ってきた。



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