『世の中の生きるものには全て始まりと終りがあるんだ。もちろん、私とお前にもだ。 この子は、生をまっとうしたんだ。 もう泣くのはおよし』 長い事、一緒に過ごしてきた猫が死んだ。物心付いた頃からその猫は年老いていた。 自分で穴を掘りそこへ小さな亡骸を横たえ、それに土をかぶせて行く。 その間も涙は尽きず流れ続ける。クローディアにとって初めて身近に感じた死だった。 クローディアはその時、オウルに言われた言葉をふと思いだす。 オウルが死んだ。 オウルは今際にクローディアがバファルの皇女なのだと言い残した。 息を引き取り、段々と冷たくなるオウルを見て、これが人間の死なのだと悟った。 この世に生きる全てに終りがある。 オウルもその自然の流れに逆らう事なく逝ったのだ。 涙は出なかったが、心に穴が開いたようだった。 … ぎらぎらと真夏の太陽が照りつける。 クローディアはその日差しから逃れるかのように店先の日陰に入り込む。 迷いの森は雨も降り、雪も降り、太陽の陽射しも入り込むが、木々が遮っていたからここまで強いものではなかった。彼女にとっては初めての真夏の太陽。 その彼女に近づく人影があった。顔を見ずともそれが誰なのかは判る。 その男、グレイは何も言わずに強い陽射しの元、彼女の傍らに立っている。 彼を見て何故か胸の鼓動が跳ね上がる。 ガイドというのが建前だというのは、オウルが死んだ今なら判る。 はぁ、とため息をつく。 このため息を「あまり良い感じではないよ」とバーバラは言ってくれた。でも、今はため息をついて、胸の動悸をごまかすしかない。 「もう良いわ。私1人で大丈夫だもの」 と突き放す物言いにも彼は怖気付くことなく 「そうは行かないだろう」 と言い、頑なにその場を離れようとしない。 「ジャンに言われているから?」 「それもある」 「もう近づかないで。お願い」 彼女にとっては決定的な一言だった。スっと胸が軽くなったが、反面、どこか後悔している。 それに気付くと途端に不安になる。 胸が苦しくなる。腹の内の物を全て吐き出したくなる。 その場に居たくない一心で、彼女はその場から足早に離れる。 彼女は、その感情が何なのか、未だ知らない。 その夜、気分が悪いと言って自室へ引っ込んだ彼女を案じ、バーバラは部屋を訪れた。 ノックをしても返事がない部屋の扉を開けると、そこは闇だった。 バーバラはランプに火を灯す。 ほのかな明かりの中、クローディアが呆然とした表情でベッドに横たわっているのが見える。 「あぁ、クローディア、果物でも食べない?」 「何も食べたくないの」 「そう」 そう言ってバーバラはクローディアの傍らに座った。 1人で居たかったが、今は人の温もりが恋しい。 長い沈黙の間、バーバラは何も言わなかった。 「グレイは戻った?」 「戻ったよ」 「私、グレイを見ると辛くなるの」 ずき、と胸が痛くなる。 この胸の痛みは何なのだろう。 「彼の、声も顔も、今は全部が嫌で嫌でたまらないの」 バーバラは何も言わずに頷く。 「オウルが死んだ時はこんな風に思わなかった」 「クローディア」 「こんなことなら外に出なければ良かった」 こんな感情など知りたくなかった。 胸の苦しみに耐え切れず涙がこぼれる。悲しさと辛さがない交ぜになったこの気持ち。今まで感じた事のない、例えようのない感情にクローディアは混乱する。 バーバラは何をいう訳でもなく、クローディアとそっと抱き寄せ、優しくクローディアの背中を撫でる。 その優しさが引き金になり、クローディアはバーバラの胸に顔を埋め、声をたてずに泣き出した。 |