旅芸人の一座がまだまだ小さくて人も少なかった頃、バーバラさんは武器を振るってモンスター達と戦った事があった、と、エルマンおじさんがそろばんを弾きながら話してくれた。
自分はついて行かなかったんだ、弱かったからね、とお札を束ねながら言う。


私が住んで居たウェストエンドの町はモンスターの強襲に遭って壊滅した。親を亡くした私は町の隅っこで物乞いをしながら生活していた所をバーバラさん達に拾われた。 ここには私と同じ境遇の子が沢山居る。
その頃のバーバラさんはまだ若かったけれど、今はお婆ちゃんと言ってもいい位の年だ。それでも私はお母さんの様に思っていた。
旅の事を聞くと、バーバラさんは色々話してくれた。その中でも印象に残っているのは、バーバラさんが旅の道中で出会ったという、男の人達の話。
無口な剣士、伝説の宝石を探している若い盗賊、礼儀正しい貴族の青年、豪快だけれど優しい海賊…他にも色々聞いた覚えはあるけど、印象があるとしたらこんな所。
バーバラさんの恋人だった人はいないの?と聞いたら、バーバラさんは笑顔で何も言わなかった。


一座は、公演をしている間は生活出来そうな所にいくつものテントを立て、そこで生活をする。朝方、洗濯物を干していると見覚えのある人がやってきた。

「バーバラさんなら、奥の青いテントにいるよ」

と声をかけると、その人、詩人さんは私に笑顔を向けて奥へ進んで行った。
この詩人さんはひと月に一度、必ずこの一座にやってくる。
決まった順路で巡業している訳ではないし、張り紙だって出していないので、決まって訪れる詩人さんは凄いと思う。
詩人さんはバーバラさんの所へ行き、1日中何かを話し込んで、日没と共に去って行く。私は詩人さんと呼んでいるけれど、そういえば、背中に背負ったギターを奏でる所を見た事はない。
2人が何を話しているのかは知らない。でも昔、一度だけ、2人がテントで話し込んでいる所を隙間から覗き見した事がある。 バーバラさんは何か長い棒切れのような物(後に、東方の武器だと判った)を抱きしめながら肩を震わせて泣いていて、詩人さんはバーバラさんの背中を撫でて、慰めていた。
それ以来、私は覗き見をするのを止めた。

詩人さんと初めて出会った時、私の背は詩人さんの腰程しか無かった。顔もよく見えなかったけれど、長くて綺麗な金髪はずっと印象に残っていた。それから、初潮をむかえ、身長も伸びて、詩人さんの肩くらいまでに背が伸びても、詩人さんの容姿は全然変わらなかった。詩人さんの姿を見るたび私は嬉しくなる。きっと恋をしていたのだと思う。

詩人さんとバーバラさんはどういう関係なんだろう。バーバラさんに一度聞いた事がある。バーバラさんは、昔の馴染みだよ、と言う。その後の事は笑顔でごまかされた。バーバラさんには適わないな、と思った。



バーバラさんが亡くなったのは、最後に詩人さんが訪れてから丁度、ひと月経った頃。いつまでたっても起きてこないので、ナタリーさんが起こしに行ったら、もう事切れていたという。

近隣の村の牧師さんを呼んでささやかな葬儀を行ない、バーバラさんには肉親が居なかったので、遺体はその村の共同墓地に埋葬する事になった。


「バーバラ姉さん、あっちでも元気でね」


ナタリーさんが涙声でつぶやく。 棺桶の中のバーバラさんは安らかな顔をしていた。周囲には色とりどりの花が飾られている。私は赤い花を一つ、バーバラさんの顔の横に手向ける。バーバラさんには赤い花がよく似合う。
牧師さんが祈りの言葉を言い終えた後、墓地へと運び出そうと男の人達が棺桶に手をかけた時に詩人さんが現れた。詩人さんを見た男の人達は棺桶を地面に置く。
詩人さんは献花し終えた後、ギターを持ち、綺麗な声で歌いだした。物悲しくも、どこか温かいレクイエム。異国の言葉なのか、何を歌っているかまでは判らない。その歌をきっかけにして、辺りからすすり泣く声が聞こえ始めた。私も鼻と目の奥がつん、としてきて、目の風景が歪んで見えてきた。

バーバラさんは、顔も手も皺だらけだったけれど、真っ白でとても綺麗だった。背中も曲がっていなくて、声も凛としていて、胸にもまだ張りがあった。
バーバラさんは恋をしていた。1人の男の人の事をずっと一途に想っていた。その男の人が、今はバーバラさんの為にレクイエムを歌っている。バーバラさんが羨ましい、本当に適わない、と思った私は浅ましい人間なのだろうか。
今はただ、レクイエムに酔い知れて涙を流すしか無かった。

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