大吹雪の雪原を越え、バルハル族の村へ着いた頃にはすっかり嵐も止み、太陽が雪原を照らしていた。

「あんなに凄い嵐だったのに」
「皮肉ね」

濡れた外套からぽたぽたと垂れる雫を眺めながらバーバラとクローディアは苦笑する。 晴れたので今すぐにでも氷の城へと出発しようとした面々だが、今の季節、バルハラントの昼は短く、城へ辿り着くまでに夜になってしまうだろう、と言う地元住民の助言に従い、1日この村に留まる事にした。
それから太陽が傾き夕日が村を照らし、辺りが暗くなるのにはさして時間が掛からなかった。



「さっきお店の人に聞いたんだけど、ここ、温泉があるんですって」

買出しから戻ったバーバラが暖炉の前で手をさすりながら言う。村が管理している天然の温泉で、外部の者でも無料で使用出来るという。

「うむ、温泉は良いぞ。身体の芯まで温まる」
「お肌にも良いんですってね、後で一緒に入りましょう、クローディア」

グレイは暖炉の前で談笑している3人から少し離れた所で、強化を終えたばかりの刀の手入れをしている。グレイに声をかけようと思ったガラハドはその様子を見て、暫しの思案した後、女達との会話に戻った。



矢が足りないのに気付き、武器屋を訪れたその帰り道、昼間は嵐で気付かなかったが、この白銀の世界はマルディアス以外の別世界のようだ、とグレイは思った。 昼が短いこの時期は観光客や旅人も少ないのか、殆どの店は夜になる同時に看板を下ろしてしまう。外には民家からほのかに洩れる明かりと、ちらちらと燃える松明しかない。辺りは耳が痛くなるほど静かだ。
グレイの足は次第に、宿ではなく村の外へと向かって行った。

夜の雪原は思ったよりも寒くなく、夜はモンスターの活動も大人しくなるのか、鳴き声も聞こえない。白い息を吐きながら雪をかき分け雪原を進む。
目的もなく雪原を進むとやがて崖に差しかかった。難破した船の残骸が月明かりに照らされている。崖から先は闇で真っ暗だった。闇に吸い込まれそうになる。
ここから落ちたら助からないか、などと思う。
白銀の世界に魅了された人間は、この闇に吸い込まれて海の藻屑と消えるのだろうか。
暫くそうしていると、背後に人の気配を感じる。この気配が誰の物かは振り返らずとも判る。こんな時にも自分を追いかけてくる人間はあまり居ない。

「そのまま海に飛び込むつもりか」
「ここに居るのがよく判ったな」
「新しい足跡をつけてきた。人の物だったからすぐ判った」

ガラハドは手に持っていた毛皮をグレイにかける。

「バルハルの族長が言っていた。夜はモンスターが少ないが、アンデットに捕らわれる事があるそうだ」

肩にかけられた手からじんわりと熱が伝わってくる。
闇に吸い込まれそうになった自分は、アンデットに捕らわれていたのだろうか。
ぼんやりとガラハドを見上げても、影になっていて顔の表情はよく伺えない。きっと、眉を寄せ、少し困ったような表情をしているのだろう、と想像する。
グレイは倒れ込むようにしてその逞しい胸に顔を寄せる。かすかに石鹸の香りがした。

「お前は温かいな」
「温泉につかってきたばかりだからな」

そういう意味で言った訳ではないんだが。
それでも不器用に背中に回された両手が嬉しくておかしくて、思わず笑いがこぼれる。
ガラハドもつられて静かに笑う。

「そろそろ戻ろう。皆が心配する」
「そうする」
「温泉で温まった方が良い」

ガラハドはグレイからパッと手を離し、雪をかきわけ、道を作りながら村へと戻る。 この男の気遣いは当初、煩わしい物だったが次第にそれに甘えている自分がいた。少しは人に寄りかかるのも悪くないとも思い、そしてそれが当たり前だと思い始めていた。
この男がいなくなったら自分はどうなるのか。単純に以前に戻るだけなのか。
少しは自分にも人間の情が残されていたのかと、グレイは苦笑し、同時に、この男が居なくなるという事に対して恐怖している自分に気付き、毛皮をぎゅっと握る。

やがて、雪が降り始め風が出てきた。 吹雪を予感した2人は村へと足を早めた。



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