その朝、同じ部屋で寝て居た相棒の寝言に起こされ、ジャミルは慣れない早起きをした。朝日の眩しさに目を細めながら階段を降り、中庭にある水場へと向かう。
宿で寝起きする者はそこで顔を洗い、洗濯をする。下水や水道が未だ普及しきれていない地域ともなると、一部屋に水道が通っている事は稀だった。
水場には先客がいた。珍しい髪の色をしているその先客は、メルビルで出会ってそのまま仲間入りした男だった。

「グレイ、おはようさん」

声をかけられたグレイは口に含んで居た水を流しに吐き出す。
ジャミルの方を少し見やり、再度コップの水を含む。
返事が無いのは気にしない。この男がいつだってこうなのはもう慣れた。
袖が無く、襟ぐりが広い寝巻きを着ているグレイをジャミルは盗み見る。
いつも襟を立てて手袋も外さないグレイの素肌を見るのは少し新鮮だった。
そこでジャミルはある物を見つける。
その首や胸元にいくつもの赤い点が散らばっていた。
ジャミルの顔がたちまちニヤつく。これを突っ込まない手はない。

「なんだ、あんたも結構やるじゃん」
「なにが」
「俺もそんくらいの跡付けられた時は痛かったもんだけど」

特に赤くなっている鎖骨辺りを指しながら言う。

「あ、俺って年上のお姉さまに可愛がられる質でさー、何年前だったかなー」

続けて武勇伝を語ろうとするジャミルを無視するかのようにグレイはまた水を含んで、口をすすぐ。
この男はさっきから口をすすいでばかりしている。風邪か?

「あんたの好みの女ってどういう感じなのかなぁ。想像出来ねぇなぁ」
「そうか」

いまいち要領を得ない返事に、寝起き頭のせいなのか、とジャミルは思った。
とりあえず自分の持っている大きめのタオルをグレイにかぶせる。今のグレイを純情なダウドが見たら、顔を真っ赤にして喚くかもしれない。

「昨日の夜はどこの店で楽しんでたんだ?」
「ずっと部屋に居たが」
「あれ、そーなの?じゃあ、部屋に姉ちゃん入れたのか。気付かなかった」
「部屋にはガラハドが居た」
「へぇ、おっさんが…」

ジャミルが、おっさん、と言う人物は、クリスタルシティに立ち寄った際、ミルザ神殿で粗相をやらかしたダウド(像の装飾品を拝借しようとしたらしい)の首根っこを捕まえて説教したガラハドという男で、偶然にもグレイの知人だった。
武器の扱いが得意だというガラハドは、戦闘の事になると熱くなりジャミルと度々衝突もしたが、懐の広さと知識の豊富さは頼りになり、ジャミルもダウドも直ぐに打ち解ける事が出来た。

その男の事はともかく。
会話が微妙に噛み合わない。もしかすると、自分は何か思い違いをしているのかもしれない。 しかしグレイは、余程の事が無い限り確信を突く発言はしない。
話を整理する。

グレイは部屋に女を呼んでいないという。
つまり、グレイは女と寝ていないという事になる。
そして、グレイは部屋にずっと居たという。
その部屋でグレイと一緒にいたのはガラハド。
それじゃあ、この跡は…。

あ、と、大声を出しそうになったので、思わず両手で口を塞ぐ。
グレイの要領を得ない返事も、微妙に噛み合わない会話も、原因が全て判った。そして、知らなくても良い事を知ってしまったと思い知る。
横目でグレイを見ると、いつもの様に無表情ではあったが、唇が僅かに釣りあがっていた。時折見せる、人を小馬鹿にしている表情。ジャミルはそれを見て自分の思った通りだと確信する。

(あのおっさんに限って…)

大人の男として、ちょっと尊敬の眼差しを送っていたあの親父(と言っても良い年齢と推測)と、剣の腕は立つという事以外は何も掴めない目の前の男が。熱もないのに頭がフラフラする。 世の中には様々な嗜好の人間が居るというのは重々承知の上で生きてきた。それでも2人を見る目が変わってしまった事は確かで。
口を塞ぎながら早速グレイの方をじろじろ見てしまう。タオルの隙間から覗く赤い点を改めて見ると、何と無しに見ていたグレイが急に艶かしく思えて自己嫌悪する。
何だってこんな日に自分は早起きしてしまったのか。
間の悪さと、相棒の寝言をジャミルは心底呪う。
顔を洗い終えたグレイは、呆然と突っ立っているジャミルにタオルをかぶせ、水場を後にした。目の前をタオルで覆われたジャミルは、階段を上がって行く足音を聞きながら、これからどうするか真剣に考える。そして

(こんなんダウドに話せねぇよ)

こんな話をするには未だ子供な相棒を、また呪った。



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