秋の雨の中、遠ざかる大きな背中。
――おい、何処行くんだよ。
――馬鹿だなあ、里はそっちじゃねえよ。
――帰らなきゃならねえだろ、俺達は。
背中が咥える煙草の煙が、強い雨脚にも拘らず長く棚引き空に遠く昇ってゆくのが妙に不吉に感じる。
――待てよ、そんなに急いで見当違いの場所へ一人で行くんじゃねえよ。
――方角も判んねえのか、この間抜け。
悪口に気がついたか、ちょっとだけ、立ち止まって、ほんの少し振り向いたその顔に、見慣れた紙巻を斜に咥えた苦笑が浮かんでいる。
いつもの仕草で気軽にひょいと片手だけで挨拶して、何か言ってるが、声はここまで届きゃしない。
そしてまた性懲りもなく、明後日の方へ歩み始める。
もう振り返ることもない。
――馬鹿野郎、なに格好つけて諦めてんだよ。
――もっと意地汚く足掻けよ。
――誰にとって必要だとか、誰にとって不要だとか、確かに俺達はそんな世界でしのぎ削って生きちゃいるが。 ――いらなくなったら、はいさようなら、なんて使い捨てにされちまう、そんな世知辛い世界の住人じゃあるが。
――とっとと一人っきりでいっちまうなんて、さみしいじゃねえか。
――やりきれねえじゃねえかよ。
立ち昇る雨霧に掻き消され、豆粒ほども小さくなったその背中は、もう判然としない。
――おぉぉーーーい、戻って来いよぉーーー。
――判ってんのかーー? お前の帰る処はそっちじゃねえんだぞぉぉーーー。
――ばっかやろーーーーっ!!!
寂寞とした荒野の中、叫ぶ言葉は既に、誰にも、何処にも届くことはなく。
ただ、雨が降り続ける。
End
2006.10.23 アスマ追悼