二人きりの休日

 ある晴れた休日の朝。いつもの隊服ではなく、ラフな私服に着替えた桔梗とザクロの二人は、ミルフィオーレのアジトを抜け出し、街へと降り立った。
「ふぅ……脱出成功。あの電波に見つかると、連れてけってうるせーからな」
「ハハン、それで妙にコソコソしてたんですね。いいじゃありませんか。一緒に連れていってあげても」
 そう言えば、出かける前にブルーベルがザクロを探していましたね、などと思いつつ、桔梗はやんわりと言葉を返した。
「バーロー! 休みの日ぐらい静かに過ごしてぇっつーの! 何が楽しくて休みの日にまでガキのお守りしなきゃなんねーんだよ!」
「そうですか。私は休日も相変わらず“大きな子供”のお守りをする羽目になっているのですが」
「桔梗!」
 しれっと返す桔梗にザクロの大声が飛ぶ。
「ハハン、冗談ですよ」
 言って、桔梗は口元に微笑を浮かべた。そして、隣にいるザクロを見、
「私もあなたと二人で出かけたいと思っていましたよ。せっかくの休日ですし」
「お、おう……」
 ザクロはぼそりと答えると、バツの悪そうな顔で目を反らせた。
 その頬は心なしか赤い。

 石畳の道を並んで歩きながら通りを抜け、二人は賑やかなメインストリートへとやってきた。
 まずは買い物に行きたいと桔梗が言うので、二人は通りの一角にある店へと向かった。
 だが、その店の前に着いたザクロは思わず絶句する。
「お、おい、ここって……」
「どうかしたのですか? ザクロ」
 店のドアを開けて入ろうとしながら、桔梗が振り返る。
 ガラス張りのドアの向こうに見える店内にはカラフルな商品が並んだ棚が所狭しと並べられ、そこに見えるのは女性客の姿ばかりだ。
 通りすがりの通行人は、固まったまま店の入口に突っ立っている場違いな赤毛の男に奇異の視線を浴びせてくる。
 そう、ここは化粧品を売っている店だったのだ。

「気になるならば、外で待っていてくれて構わないですよ」
「い、いや……いい」
 気遣う桔梗にザクロは首を横に振ると、ドアを開けて店に入っていく桔梗の後に続いた。

 正直、浮きまくってるじゃねーか……バーロー……。
 覚悟を決めて飛び込んだものの、店内は女性客ばかりで、男は自分達だけという状況にザクロは早くも気持ちが萎えそうだった。
 棚に所狭しと並ぶのは、およそ自分とは一生縁がないであろうカラフルでキラキラしたアイテムの数々。
 この空間に無精髭のオッサンがいるということ自体が、あまりにもミスマッチだ。
 だが、同じ男でも桔梗は全く気にする風もなく、自然と場に馴染んでいる。

 店内を見渡してみると、店の片隅には一応男性用化粧品のコーナーもあるようだ。当然ながら規模は比べ物にならないが。
 だが、桔梗はそちらへは向かわず、店のメインである普通の女性用化粧品の棚へと向かう。
「おい、男用のを買うんじゃねえのか?」
「こちらの方が色も種類も豊富なんですよ。おや、このシリーズは新色が出たみたいですね。どれどれ……」
 ザクロの疑問にさも当然のように答え、桔梗は目に付いた新色のアイシャドーを試し始めた。
 ま、そりゃ、そーだろうよ……普通の男はあんなカラフルな化粧しねえだろうしな。
 他の女性客と同じようにサンプルを入念に試している桔梗を見ながら、ザクロは心の中でひとりごちたのだった。

 しばらく後、桔梗が手にした買い物カゴの中には化粧品が山と積まれていた。
「ずいぶんいっぱい買うんだな」
「ええ。手持ちのものがそろそろ底をついてきましたから」
 聞くところによると、桔梗は毎朝の化粧に一時間以上かけているらしい。
 その分早く起きるなんて考えられねーぜ、バーロー。まあ、俺には一生関係ねぇ話だがな。
 所詮は他人事、と高をくくるザクロだったが、次の瞬間、桔梗が投げかけた思いがけない一言が見事にクリーンヒットした。
「ザクロも一度化粧してみてはいかがです? 面白いことになるかも知れませんよ」
「?!」
 自分の放った言葉で盛大に噴き出すザクロに、桔梗は楽しそうな顔で微笑を浮かべると、
「ハハン、冗談ですよ。それがきっかけで変な道に目覚められても困りますし。白蘭様に申し訳が立ちません」
「バーロー! 目覚めねぇよ! つか、桔梗の冗談は冗談に聞こえねぇっつーの!」
 いつもの調子で軽口を交わしながら二人は買い物を済ませ、店を出た。

 買い物の後の休憩というわけで、二人はメインストリートの傍らにある公園に来ていた。
 芝生の上のベンチに並んで座れば、穏やかな風が頬を撫でていく。空は晴れて実に気持ちのいい天気だ。
「先ほどはお疲れ様です、ザクロ。居辛かったのではないですか?」
「ん、ああ、まあな……」
 気遣う桔梗の言葉に答えながら、ザクロはベンチの背にもたれ、空を見上げている。
「無理して入ってこなくてもよかったのですよ? まあ、あなたの勇気には呆れ……いえ、感服しましたが」
「いや、まあ……恥ずかしかったってのは事実なんだけどよ。普段、桔梗が行く店がどんなとこなのかって興味あったしな」
 桔梗の言葉にザクロは口ごもりながらも、ベンチにもたれたまま桔梗の方を向くと、照れたような表情を見せた。
「ハハン……あなたらしいですね」
 桔梗の口元に微笑が浮かぶ。

「そういや、桔梗は何で化粧してるんだ?」
「なぜと言われましても……まあ、オシャレですね」
「オシャレねぇ……俺の髭みたいなもんか?」
 尋ねるザクロに桔梗はすかさず突っ込みを入れる。
「ザクロの髭は単に剃るのが面倒くさいからでしょう。“無精”髭って言いますし」
「バーロー! ちげーよ! ……まあそりゃ、面倒くせぇってのもあるけど!」
「ハハン、だと思いましたよ。相変わらずですね、ザクロは」
 思いがけず墓穴を掘ったザクロを、桔梗は楽しそうな表情で見ている。
「そーだ、桔梗も一回髭伸ばしてみりゃいいんじゃねぇ? 面白れーことになるかもよ」
「お断りします」
「だろーな」
 あっけなく即答され、ザクロは両手の平を両肩の横に広げて苦笑した。
「桔梗の髭面なんて似合わなさすぎだしな。想像もできねえわ」
「それを言うなら化粧したザクロもですよ」
「そりゃそーだろ。逆に似合ってたら気持ち悪りぃわ」
 言って、二人は声に出して大笑いした。

 ひとしきり笑い終わった後、ふいに改まった表情でザクロが口を開く。
「桔梗はすっぴんでも充分きれいだぜ」
 その表情には照れと緊張が入り混じっていた。
 欧米の男らしく歯の浮くような台詞を並べ立てられればよかったのだが、今のザクロにはこれが精一杯だった。
 ちなみにザクロの言うことは想像ではない。なぜって彼は桔梗の素顔を実際に見たことがあるのだから。
 化粧を落とした桔梗の素顔は、普段化粧をしている時と風貌が異なるとはいえ、きれいな顔立ちの美青年だ。
 ザクロ自身、桔梗は化粧などしなくても充分美しいのでは思うのだが、そんな美しい素顔を知っているのは自分だけだという優越感はザクロの心を浮き立たせるのに充分だった。
「そうですか。それはどうも。……では、そろそろお昼にしましょうか」
「ちょ、桔梗! 待てよ、バーロー!」
 ベンチから立ち上がると桔梗は店の紙袋を手に歩き出した。慌ててザクロが後を追いかける。
 何だよ、バーロー……これってマジ、ひどくねぇか……?
 背伸びして目一杯がんばったのにもかかわらず、軽く返されてザクロは内心凹んだ。
 だが、ザクロは知らない。立ち上がりくるりと踵を返した桔梗の頬がほんのり朱に染まっていたことを。

 桔梗の案内で、二人は通りの一角にあるオープンテラスが出ているカフェに入った。
 川沿いの開放的なオープンテラスの席に通された二人は、早速メニューとにらめっこを始める。
「ここのパスタランチが美味しいんですよ。ピザもおすすめです」
 メニューを指で指し示す桔梗にザクロが尋ねる。
「よく知ってんだな。ここにはよく来るのか?」
「ええ。休日には。景色もいいですし」
 言って、桔梗はテラスの向こうの川に目をやった。
 川の水面が陽の光に反射してキラキラ輝いている。その様子を眩しそうに見つめる桔梗の端整な横顔を見ながら、ザクロはきれいだなと思った。
 男相手にきれいだなんておかしいかも知れないが、それ以外に言葉が見つからなかったのだから仕方ない。

 やがて注文した料理が運ばれてきて、二人はフォークで皿をつつきながら、いつものように他愛のない軽口や冗談に花を咲かせ始めた。明るい日差しの中、平和で穏やかな時間が流れていく。
 こうしていると、自分たちが本当は何者であるかなど忘れてしまいそうだ。

 食べ終わり、フォークを置いたザクロに桔梗が話しかける。
「ザクロ。口元にトマトソースがついていますよ」
「え? あ、ああ……」
 桔梗は、指でソースを拭おうとするザクロの手をつかみ、ソースのついた指を口に含んだ。
「! ちょ、桔梗?」
「……ごちそうさまです。美味しかったですよ」
 驚いて真っ赤になっているザクロに、桔梗は何食わぬ顔で微笑んだ。

 ランチの後、二人は通りに立つ店を眺めたり、買い物を楽しんだりと、自由な休日の時間を楽しんだ。
「そろそろ戻りますか。明日も任務ですし」
「……そーだな」
 気のない返事をして、ザクロは小さくため息をついた。
 楽しい時間はすぐに過ぎてしまう。それはいつものことだ。
 こんな時間がもっとずっと続けばいいのに。そんなこと無理だとは分かっているけれど。

「近道していきますか」
「……」
 桔梗の言葉にザクロは無言で頷く。二人は人気のない石畳の小道に入った。
 おしゃべりなザクロが黙ったことで、二人の間には沈黙が流れる。メインストリートの喧騒から遠く離れたこの場所で聞こえるのは、石畳に響く二人の靴音だけだ。
 石畳に並んだ二人の影が長く伸びて、夕陽は静かに落ちていく。

 本当は近道なんてしたくない。遠回りしてでも、ずっと二人でいたい。でも、そんな子供みたいなことは言えない。
 ふと、ザクロの足が止まった。
「? ザクロ?」
 隣を歩くザクロの姿が見えなくなったことに気付き、桔梗は数歩行過ぎたところで立ち止まり、振り返る。

 急速に落ちていく夕暮れの中、二人は数メートルの距離で見詰め合った。
 ふいに、照れたような戸惑いの表情でザクロが口を開く。
「な、なぁ、桔梗」
「何ですか?」
「手……つなごうぜ」
 それは、アジトでは他の人前では決して見せない……桔梗だけが知っているザクロの表情だった。
「いいですよ」
 桔梗はザクロの元へと歩み寄り、手を差し出す。

 ザクロは差し出された桔梗の手を握った。
 桔梗の手はしなやかに見えて、握ると骨太でしっかりした厚みがある。
 自分と同じ、男の手だ。

 二人は手を繋いだまま、再び歩き出した。
 ザクロの手を握り返しながら桔梗が言う。
「ザクロの手は温かいですね」
「そ、そーかぁ……?」
 舞い上がるあまり、間の抜けた返事をしてしまうザクロに桔梗はクスッと微笑むと、
「子供は体温が高いって言いますからね」
「! だっ、誰が子供だ、バーロー!」
「おっと、失礼。こんな無精髭のオッサンをつかまえて子供とは、私としたことが……つい本音が出てしまったようです。ハハン」
「桔梗〜、てめぇ……」
 真っ赤になって桔梗を睨み付けるザクロだが、その表情は嬉しさが隠せないようだ。
「……元気になったようですね」
 桔梗の声にザクロが隣を振り向くと、そこには穏やかで優しい笑みを浮かべる桔梗がいた。
「黙りこくった大人しいザクロなんて、らしくないですよ」
「と、当然だぜ、バーロー」
 照れ隠しに言うその言葉からもやはり嬉しさは隠せなくて、桔梗はそんなザクロを可愛いと思うのだった。

 もうすぐミルフィオーレのアジトだ。
 二人は繋いでいた手をほどき、ミルフィオーレに所属する真6弔花の一員としてのいつもの表情に戻る。

 すっかり暮れた夕闇の中、アジトの手前で立ち止まった桔梗がザクロに言う。
「ザクロ。目を閉じてください」
「こ、こうか?」
 桔梗の言葉通り、ザクロは目を閉じた。
 ふわりといい香りが近づいてきて、唇に柔らかく温かいものが触れる。
 目を開けると、至近距離に桔梗の顔があった。
「……続きは部屋に帰ってからですよ。ザクロ」
 言って、桔梗はもう一度ザクロに口付けた。

【END】2010/01/07UP

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