俺しか知らない桔梗の素顔
中世の貴族が暮らしていそうなきらびやかな装飾の部屋で、ザクロは裸でベッドに寝転んだまま、そわそわと落ち着かずにいた。
ついにやっちまったぜ、バーロー……。
憧れの桔梗と念願叶って身も心も一つになれたのだ。これが落ち着いていられようか。つい先ほどまでのことを思い出すだけでもそこらじゅうを転げ回りたいくらいだ。
ザクロは勢いよく寝返りを打つと、ベッドのシーツに突っ伏した。
深呼吸するとふわりといい香りが鼻腔をくすぐる。桔梗の香りだ。
こうしていると桔梗と抱き合ってるみたいだな、とザクロは思った。
ちょうど、さっきまでのように。
ふと、シャワーの音が止み、バスルームの扉が開く音がした。どうやら桔梗が風呂から出てきたらしい。
ザクロはベッドから跳ね起きると、ベッドの下に脱ぎ散らかされたままだった隊服を羽織り、洗面所へと向かった。
「桔梗、いいか? 入るぞ」
「どうぞ」
ノックに応える声に洗面所のドアを開けると、白いバスローブに身を包んだ桔梗がこちらを振り返った。
桔梗の顔を見たザクロの顔に驚きの表情が浮かぶ。
「? どうかしたのですか?」
「いや……何か、感じ変わるな……ってよ」
照れたように口ごもって、ザクロは桔梗から目を逸らした。心なしかその頬は赤い。
いつもと違うということが、こんなにもドキドキさせるものなのか。
今の桔梗がいつもと違うのはくくっている髪を下ろしていることもだが、何より違うのは化粧をしていない素顔だ。
「ハハン……そう言えば、化粧をしていない顔を見せたのは初めてでしたね」
長い髪をブラシでとかしながら口元に笑みを浮かべ、桔梗が言った。
「そ、そーだな……」
桔梗の視線が鏡の方を向いているのをいいことに、ザクロは桔梗の後ろで鏡の中の桔梗を見つめている。
化粧を落とした素顔の桔梗は、ザクロが知っている普段の桔梗とは違った感じに見えた。
見慣れないからだろうか。何だか不思議な感じだ。
それでも充分すぎるほどきれいなことに変わりはないのだが。
「な、なあ、桔梗」
「? 何ですか?」
「その……他のやつには、素顔って見せたことあるのか?」
「いいえ」
鏡越しに話しかけるザクロに桔梗は即答した。
「部屋の外に出る時は化粧をしていますし、化粧を落とすのは寝る前ですから。少なくとも、ここに来てからはないです」
「そ、そーか……」
落ち着いた調子で答える桔梗とは対照的に、相槌を打つザクロの声は上ずっている。
そんなザクロの様子に気付いてか、桔梗はくすっと笑うとザクロに振り返り、
「あなたが初めてですよ。化粧をしていない素顔を見せたのは」
穏やかな笑みを浮かべたまま、真っ直ぐにザクロを見つめた。
それって、ようするに……、
言いかけようとしたザクロの問いよりも、桔梗の答えの方がわずかに早かった。
「つまり、私にとってあなたは特別ということです。ザクロ」
深みを帯びたアイビーグリーンの瞳が近づいてきて、柔らかく温かい感触がザクロの唇に触れる。
間近で見た桔梗の顔は、美しく整った男の顔だった。
「……特別、か。いい響きだよな、“特別”って」
唇が離れた後、ザクロは嬉しそうに呟くと、無邪気な少年のような笑みを見せた。
その様子に桔梗の表情も自然とほころぶ。
「ザクロ。今夜はここに泊まっていきますか?」
「えっ? マジで? いいのかよ?」
「ええ」
穏やかな笑顔で頷いて、桔梗は「あなたがよければですが」とご丁寧に付け加えた。
それは……いいも何も、始めからとっくに答えは決まっている。
嬉しさを隠せないといった様子で、ザクロは答えた。
「バーロー、いいに決まってるぜ!」
二人の初めての夜は静かに更けていく。
【END】2010/01/18UP