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 バリケード

 意識が再び戻り、集中治療室から個室に移った。
 無人倉庫炎上も、その直後に国内はもとより、世界各地で同時発生した大量死もキラが関わっている疑いがあるということで、月は連日、病室で報告を受けていた。キラ専任の捜査官は月一人となったために警察庁としても病室を臨時の本部とせざるを得ないのだろう。見舞客も入れ替わり立ち替わりといった具合で休むどころではなく、隙を見て病室を抜け出した。
 上半身の自由がきかないが歩くことには何ら支障はなく、人と出会わないように非常階段から屋上に上った。洗濯されたシーツがたなびく向こうに貯水タンクがある。
 タンクの後ろに回ると周辺の景色が一望でき、月は一息つくと手すりにつかまった。もたれることができないのが辛い。携帯電話の電源を入れ、メールをチェックする。高田清美経由で魅上からのものがあった。
「……十九?!」
 思わずつぶやいてしまう。番号を呼びだすと、すぐに応答があった。
『夜神さん、ご無事でしたか』
「なんとかな。まあ気付いたとたんに仕事に追い回されているさ、自分で仕掛けたことだから何も言えないが」
『安心しました。しかし仕事というのは…ニュースには学生とありましたが』
「ああ、表向きの肩書きが東応大学の院生なんだ。僕は警察庁の警官だよ。キラ専任の捜査班にいる」
『は?!』
「…意外に思っているのかもしれないが、お前だって検事だろう、お互いさまじゃないか」
『す、すみません。ですが納得しました』
 警官、しかもキラ事件を専門に扱う部門に所属、これ以上の隠れ蓑もないことを即座に理解したようだ。
「あのときは面倒ごとを押し付けて済まなかったな。ニアはどうしてる?」
『ときどきてこずらせますが、大人しいものです。ずっと座り込んでいるだけで…。逃げ出すかもしれないと思っていたのですが』
「逃げ出せないさ、お前に本名を知られているからな。ところでニアのやつ、本当に十九歳なのか??」
 通信機を通してだけの会話では気にもならなかったことだが、YB倉庫にただ一人現れたニアの姿が年端も行かない子どもだったことに驚いたのだ。ただ、十九歳と聞けば納得もいく。自分と四つしか違わない。
『ええ、驚きました。外見も玩具を好む嗜好も十歳あたりだとしか思えませんでしたので』
「僕もだ。ニアに代ってくれ」

 YB倉庫が炎上してから一ヵ月が過ぎた。
 騒ぎに乗じて連れ去られたニアは魅上の自宅で監禁されていた。監禁といっても、もともと引きこもるニアの質と、車のなかでこそ手首を縛ったが、室内においてはその気はまるでないらしい魅上の質のために、一人暮らしの男の住まいに親戚(見るからに外国人だが)の子どもが一人いる、といった具合である。
 何度か買い物に連れ出され、近所の人間にも見られたが怪しむ者などいなかった。魅上の検事という職業柄のために信頼関係は良いようだった。
 
 夜神月が連絡をしてきた。魅上がリビングを出ていく。ソファの上で丸くなっていたニアは起き上がった。ニアは一日の大半を、この日当たりが良いところに置かれたソファの上で過ごしている。
 魅上が仕事で家にいないとき、ニアはテレビ、新聞を隈無くチェックしていた。パソコンは夜神月が何かトラップを仕掛けている可能性があり、手を出さなかった。
 ニアは、ここに至って夜神月の人となりを計りかねていた。知能指数は高いが子どものような自尊心を持つ。他者を自分にとっての損得で区別し、邪魔者は躊躇無く排除する人間であると考えていたのだが、なぜか生かされている。
 名前を書くことで殺人を犯せる人外の道具を持つ夜神は、これまでに何百人という人間を殺してきた。そして倉庫炎上の直後に発生した、世界各地での犯罪者の大量死では数千人にのぼる。罰せられるべき者だとしても、面識すらない人間をいとも簡単に手にかけていく男なのだ。
 …殺すまでもないということか。
 自然、唇を噛みしめていた。結局は、夜神月の思惑のなかで動いていたに過ぎなかった事実に、ニアは自分の未熟さを思い知った。
 もう一つ考えられるのは、メロへの牽制である。ただメロはニアが負けたからといって、その跡を継ぐかたちでキラとたたかうかは分からない。SPKの面々にはメロと合流するように言ったが、彼らとて、これ以上危険を冒してたたかう意味などないはずだ。天涯孤独のニアとは違い、彼らには家族がいる。
 考えがまとまらなくなって、ニアは窓の外を見上げた。良く晴れた空が目に飛び込んだ。炎と煙でどす黒く染まったあの日の空とは大違いだった。
 吹き飛んだ屋根からのぞいた空に火の粉が舞う。熱で曲がった梁や鉄くずと化した天井部が真上から落下してきたとき、月はニアを一旦は引き離し、着ていた上着を脱いでニアにかぶせた。それからはあとに続いた衝撃でニアは何も覚えていない。次に気付いたときは−−。
 未だにはっきりと蘇る感覚に眩暈に似たものを感じて身体が震えた。
 あれは、自分を再び意識を失わせるための薬物を飲ませただけだ。それは分かっている。あの場に水などあるはずもなく、無理やりにでも飲ませるにはあの行為しかなかった。呪文のように思考を何度もくり返し、心を鎮めた。これでは本当に負けてしまう。
 
 戻ってきた魅上が電話に出るよう促した。動揺を隠したニアは緩慢に腕を上げて受け取った。震えが収まっていることに安堵しつつ、同時に、もう駆け引きをする事柄もなくなった今、話をすることなどないはずだと内心で毒付く。
「死ななかったんですね」
「露骨に嫌そうに言うな」
 開口一番、ニアの言葉はそれが率直なものであるから辛辣極まりなかった。しかし、月は気にした風もなく言葉を返してくる。快活とまではいえないが、それでも怪我人とは思えない口調だ。
「ええ、本当に残念です」
「そうか。もっと残念なこと教えてやろう。退院はすぐだそうだ」
 念を押すように言ってはみたが、これはなかば自分に揺らぎを与えないためだ。ニアの言いように夜神はおかしそうに笑う。この反応もニアにとっては不可解だった。
「………丈夫な人だ」
「助かったのはお前のおかげなんだよ」
「……何を言って…」
 意味不明な言葉に困惑した。電話の向こうにいる男の考えることがますます分らない。機械音声ではない声が、抱いていた印象と異なるせいもあるかもしれない。ニアは不意に、この月のやさしげな通りの良い声に苦手意識をもった。
「お前の体重が軽かったんでね、怪力でもない僕でも担ぎ上げることができた。あと五kgほどでも重ければ死んでたな」
「………くっ」
 意味不明な言葉は聞いてみれば単純なことだった。
 十九歳という年齢にはあまりにもそぐわない身体の小さなニアは、知らなければ小学生ほどにしか見えない。あまり気にしたこともなかったが、よもやこんなところで自分の小ささを呪うことになるとは思わなかった。
 月は黙りこんだニアの様子を楽しんでいるのか応答を要求してこない。それさえも腹立たしい気持ちに駆られた。最初から話を勝手に進めるつもりだからか。
「−−近いうちにそっちへいくんだがな」
「−−−−っ」
 先刻までの声色とはうって変わり、囁くような僅かにかすれた声がニアを捉えた。収まっていた震えの気配が身体を包んだ。
「……そ…うですか。傷口が開くといいですね」
 明らかに必要以上に口をマイクに近づけている。息遣いが聞こえてくるほど近づかれている感覚に襲われた。穿つような鼓動を感じる。心を落着かせようときつく目を閉じた。月のかすれてもなお通る囁きを消したかったが、ニアの返答を無視した言葉が流れてきた。
「……あの時の続きをしたい」
「…な、なに…」
 元来、他人と接することが苦手で極力避けてきたニアにとって、あの時、夜神月がしたことは自分のなかでまったく整理のつかないことだった。いくら合理的だと思う判断をしてみても思い出すたびに頭が混乱するのだ。
 身動きもとれず、好き勝手に口内を蠢いた物体の感覚が蘇り始める。早くこの通信を切るべきだとニアの心が急(せ)き出した。
 それを悟ったのか含み笑いが聞こえる。
 顎から頬にかけて掴まれた熱い手の感触が−−
「キスの続きさ」
「−−−−−−−−−−−−」
 低く密やかな声が、ニアを凍らせた。
 血が音をたてて下ってゆく。携帯電話が手から滑り落ちようとしていたのを、魅上が寸でのところで拾い上げた。

「どうした?」
 ニアの手から電話が離れたことは月にも分かった。月の予想では電話を叩きつけるか怒濤の罵詈雑言攻撃だったが、怒りを溜めているのか。
『………顔面蒼白で硬直してます。何を…』
「ははっ、いや、たあいないこと言っただけだよ」
 そうか馴れていないのか、かわいいな。
 これまで自分の邪魔をし、追い詰めてくれた相手に対して意外な感情を持ってしまった。
 あのとき、月がしたことはニアの考え通り、ただニアを大人しくさせるためのものだった。とくに何か考えがあったわけではないし、計画通りに事を進めることだけしか頭になかった。そんな余裕など月にはなかったのだ。
 ただからかってみただけだった。まるで小学生のようなニアが十九歳と、自分とさほど違わないことが面白いと思ったのだ。
『あ、部屋に走って…立てこもりましたよ…ああ、またバリケード張る気だ…』
「バリケード? 錯乱してるな」
『それも、無駄に派手にものを積み上げて…大学の前を通るんじゃなかったか』
「なに?」
『いや、その…近所の大学の周辺が学生たちが作った大小様々の看板で埋め尽くされていまして、先日も何を思ったのか、それをまねて』
 呆れてはいるが怒ってもいないようだ。今までの話ぶりからみても魅上は子ども好きなのかもしれない。
「へえ、それは見たいな。あれ、近所の大学というのは…」
『……ええ、私の母校です…』
「東応もおかしなノリはあったがなー。そうか、ニア特製のバリケード、画像送ってくれ」
『…完成するまでに撤去したいんですが』
「そっちへ行く用事があるのは本当なんだ、片づけぐらい僕も手伝うさ。片手しか使えないが」
 魅上が話す向こう側からなにかごとごとという音がしている。人一人監禁しているというのに、暢気なものだと自分でも思う。
『具合の方は?』
「無理やりに退院を許可させたんだが、動き回らなければ大丈夫さ。ああ、ほんとに手伝うぞ」
『い、いえ……ああっ、ニアっ、いい加減にしろっっ!』
「どうした?!」
『信じられないスピードで完成させました……画像、送りましょうか?』
「頼む」
 ため息まじりの言葉と同時に画像が送られてきた。椅子やサイドテーブルを積み木のように積み上げて、ところどころに本も挟まれそれが彩り様々で、バリケードどいうよりは木組みのアーティスティックなタワーだった。
「…いや、けっこうセンスあるじゃないか。それにしてもあれくらいでそこまで動揺するか」
『何を言ったんですか』
「ああ、キスの続きをしたいと言っただけさ」
『……そ、それは…』
 今度こそ盛大にため息をつかれてしまった。無理もないだろうなと月は思う。
「悪い、ニアが聞こえるところまで寄ってくれ…聞こえるかニア。退院は本当だが、まだ体は動かない」
 声を少し大きめに言ったが、たぶん聞こえるだろう。ごとりとまた音がした。
『そのまま一生寝たきりになればいいっ』
 たぶん半泣きだ。バリケードのすき間から精いっぱい強がっているのかと思うと笑ってしまう。
「いや、生かしておいてほんとに良かったよ、ニア」
『うるさいっ』
 
「ニア……塩を出せ、胡椒も七味もだ」
「………嫌です」
 夜神月の思いもかけない精神攻撃をくらったニアは、早々に撤去されてしまったバリケードがあったところにうずくまっていた。おなかに抱えているものを魅上に渡すまいとしているのだ。
「何をやりたいのか分かってはいるが…冗談を真に受けるな」
 魅上がかがんで諭すように言うのを、ニアは頑なに首をふった。
「…冗談であろうとなかろうと、今度会ったとき、今度こそ、夜神の息の根をとめてやる」
「……その前に私が君の名を書く」
「………」
「無駄なことはやめて出しなさい。料理に必要なんだから」
 仏頂面のまま、ニアは調味料各種を魅上に差し出し
た。

08.05.19
純粋に楽しんでいます、セクハラ。
背中痛いのになにしてんだろうか、こいつ。
と自分で書いておきながら(^^;)

08.05.20
まんなか会話部、少々書き直しました。

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