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 白 夜…数年後のある春の夜

 四月に入ったばかりの京都は、観光シーズンのただ中であり、街には人が溢れ、道路はそこかしこで渋滞を起こしていた。月は、目的地が市内有数の観光スポットにほど近いことを思い出し、大通りで動きそうにないタクシーを諦めた。申し訳なさそうに恐縮する運転手に料金を渡して車を降りると、まだ肌寒い中を歩き始めた。後ろには死神が地に降りて月と同様に歩く。
 
 また灯りもつけずに。ここを訪れるときは決まって日が落ちる頃で、思い起こせばドアを開けるたびに薄闇で、未だ明るかった試しがない。
 何度目かの長期出張で、月は日本列島を縦断しているような状態だった。九州は長崎から始まって北上している。一週間目のその日は大阪のとある警察署に出向いていて、用件を済ませたのち、隣の京都に足をのばした次第である。
 出向先の警察署で誘われた花見を丁重に辞退したが、代わりにと桜餅を持たされた。近所では小さいが評判の和菓子屋の名物だそうだ。その包みや自分の荷物を下げて、相変わらず書類とおもちゃが散乱する部屋を横切った。部屋の主はいない。隣の魅上の部屋かと別段気にもせずにベランダに眼をやった。
「!」
 白い無数の花が溢れていた。その中に、じっと自分を見つめる二つの眼と合った。通常、眼に見える存在ではない死神に憑かれ、それが日常になってしまった月だが、眼だけが浮遊するのは見たことがない。
「………ニアか」
 ガラス戸をすり抜けたリュークがその眼の傍に行ったのを見て、全体像を把握した。脱力しかかった月は鞄だけをベッドの傍らに置いて、戸を開いた。
 マンションの途中階にあるテラスに植えられていた桜が、部屋のベランダに枝を広げていたのだ。そして溢れるそうになるほどの白い花がベランダを覆い、包んでいる。そのなかに銀髪で白いパジャマのような服を着たニアがいた。肌も白いニアは薄闇の部屋の中からは花に紛れて見えなかったのだ。
「お前、完全に保護色だぞ……」
「なんですか、それは」
 きょろりと月を見上げると、すぐに花が密集する枝を手元に引き寄せた。
「で、何してる?」
「お花見です」
「………」
 たしかに、ニアは桜の小さな花々を凝視している。時折、鼻をよせて匂いを確かめてもいた。
 この満開の桜の花の中は、白い灯りが灯されているようだった。下の階のテラスの外灯の光を桜が柔らかく反射させている。
「なんだか雪の中にいるようです。こちらでは雪はあまり積もらないからずいぶん久しぶりの気分です」
 身を乗り出し宙に浮いたリュークは上方でニアにならって匂いを嗅いでいた。リュークの長駆が枝を揺らし、花びらが舞落ちる。ニアは見上げた。
「そこに死神がいるんですか?」
『ほい、いるぞ〜』
 姿を見る事ができないニアに、リュークは返事の代わりに枝を掴んで揺さぶった。
 まるで吹雪のように花びらがニアに降り掛る。
 突然の吹雪に眼を丸くさせて固まったニアに、月は笑って手を伸ばした。頭や肩の花びらを払ってやる。
 大人しくじっとしているニアの頬に触れると、ひどく冷えていた。今度は月が眼を丸くする。
「お前、何時間こうしてるんだ?」
 桜餅の包みをニアに持たせて、月は一旦部屋に入った。ニアのパソコンの傍にベージュ色の厚手のカーデガンを見つけて拾う。
「そういえばいつのまにか暗いですね」
 戻ってきた月を見上げ、そして手元に視線を落した。
「…さくらもち、というのですか、これは?」
 肩にカーデガンを掛けられながら、ニアは尋ねた。
「ああ。食べていいぞ。大阪の仕事先で貰ったが僕は食べられない」
「相変わらず甘いものがダメなんですね。必要栄養素としての糖分はどうやって摂っているんですか」
 ごそごそと中を取り出したニアは、ベランダの手すりに包みを敷いて薄いプラスチックのパックを置いた。花と桜餅の餡の香が一瞬広がる。
「日本人はこの時期はガーデンパーティをよくするのでしょう?」
「ガーデンパーティ……言い方でずいぶん印象が変わるな。酒が入ると花どころじゃなくなるが」
 リュークが枝を乱暴に揺り動かしたために、一部から濃紺の空が見えた。
「魅上が今日は職場でそれをやるから遅くなると言ってましたが、あなたはそういった集りが嫌いでしたね」
「………」
 必要と判断したもの以外は、決してそういった集りには顔を出さないのは大学時代からだが、それをニアに言ったことは無かったはずだ。
「言われなくても分かりますよ、損得勘定が基本行動の根源でしょう、あなたは」
「お前、もう少しマシな言い方はないのか」
「単純明快……というには抵抗があります」
 桜餅を少し口にして真剣な顔をされると、月も呆れて諦める。
「いいさ、損得勘定で」
『言い得て妙、ってやつだな、ライト』
 けけけと笑う死神にひと睨みするが、あまり力が入ったものではない。
「以前は…複雑に考え過ぎていたんです。たぶん、それが私の読みを鈍らせた」
 二つ目の桜餅を手にしたニアは、月の方を見ずに言った。その横顔からは感情は読み取れない。無表情のまま、桜餅にとりかかるニアに苦笑した。
 白い桜の闇夜で、ただこうして立っていることが、月にとってその損得勘定から外れていることにはニアは何も言わないのだ。
「桜は、花が下に向かっている。だから人間はその下に集るんだろう、古来から」
「見上げるにはちょうど良い花、ということですか…」
「それから、日本は四月が入学シーズンだ。その時期に咲く桜はなにかとめでたいシーンに直結するから、日本人は桜好きなんだよ」
「あなたは好きですか」
「嫌いじゃない」
「……本当に少ない人ですねえ」
「何がだ」
「なんでもないです」
 
 今夜はこの柔らかな灯りのなかで、他愛ない話がいつまでも続くようだった

背景画像がうまいこと
できたのが嬉しいです(^^;)

09.4.5

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