ワルツ
その洞窟は、初夏の日差しと木々の匂いを含んだ風が吹き込んでいた。
「なにか食べるかい?食料はたくさんあるよ」
「……なんだこの山は」
決して小さくはない洞窟だが、リーマスが杖を振った途端、大量の食料と怪しげな薬品類が空間を埋めた。
「こっちのはダンブルドア先生が退職金といっしょに包んでくれたんだ。たぶん、僕が君を追いかけるのを判ってたんだろうね。それからこっちは城のハウスエルフたちから。君のことちゃんと覚えていたよ、彼ら。それとセブルスのところから餞別がわりにもらってきた、なんだか珍しい物品その他。今ごろ怒りまくってると思うけど」
「……ダンブルドアはお前がきっちり餞別をかっさらっていることは知っているのか?」
「知ってると思うんだけどな。まずかったかな?」
「……いや、これ以上は聞かない」
差しだされたパンを素直に受取った。
学生時代の頃にも、時折、リーマスはとっぴなものをとっぴなところから、たとえば高価な酒類をスリザリン寮から持ってくる、というようなことがよくあった。これは恐らく自分とジェームズの悪癖の影響だ。……元々の気質である可能性が高いような気もするが。
にこにことしているリーマスの顔を見ると、どうでもよくなって、食事に没頭することにした。
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水を汲みに行っていたリーマスが手紙を持って帰ってきた。
「…まったく、ふくろう便というのも考えものだね、僕が洞窟を離れているときに届いてよかった。誰かに見られでもしたら……」
「誰から?ダンブルドアか?」
「……母だよ」
「へえ」
「……また何を凝り始めたんだあの人は……」
手紙を開いた途端、がっくりとうなだれたまま、シリウスに手紙を突き出した。
「なんだよ、どうかしたのか?」
「すまないけど、解読してくれないか? 君、ラテン語読めたよね?」
「は? ラテン語ならお前も……」
開いて絶句した。確かにラテン語だが、文字と記号が一メートルほどもある羊皮紙にびっしりと書き込まれている。しかも、ただ横に羅列しているのではなく、縦横無尽に踊り回る文字と記号。
召喚用魔方陣でさえ、こんな面妖な図にはならなかったのではないかと思う。
「……なんなんだ、これは……」
「判らない。見た瞬間、頭が拒否したよ、僕は」
「母親の手紙だろう、息子のお前がわからなくてどうする」
「自慢じゃないけど、あの人の職業が最近になってようやくフリーのカメラマンだってことが判ったくらいなんだ。父もなんだってあんなつかみ所のない女性を好きになったんだか…それもナゾだ」
僕はてっきりルポライターかと思っていたんだ、とぶつぶつとごちっている。シリウスは、どちらも大した違いはないのではないかと思いながら、口を開いた。
「お前の親ってたしか…」
「母はマグル、父が魔法使いだよ」
「……ふくろう便を使いこなすマグルか、そういや昔もお前になんだかんだと送り付けてたな」
「母は魔法界の道具がお気に入りでね」
うんざりしたようなリーマスの言葉に解読を始めたシリウスは羊皮紙から目を放さなかった。
「親父さんも元気なのか」
「ここ三、四年会ってないけど、手紙じゃ元気に母を追いかけてるらしい。仕事を引退したからなんの気がねなく動けると喜んでた」
「……けっこうな老後生活だな」
それでは家族全員が住所不定の根無し草なわけだ、と声に出さすに呟いた。
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なんとなく、外からの光が赤みを帯びてきた。リーマスの母親の手紙が届いてから何時間も経過していた。
リーマスが戦利品の分類をしている背後で、シリウスは唸り声とともに、長い羊皮紙を放り投げた。
二人がお互いに振り向いたと同時に、シリウスはリーマスを睨んで今度は羊皮紙の切れ端を振り回した。
「もう金輪際パズルなんぞやるもんか! なんなんだ、このわけわからんパターンはっっ?! 必死で解いてみりゃなんのこたあない、お前んちの住所だ! それ以外の情報はない!! 見ろ、たったこれっぽっちの文字列しかなかったぞ!! お前のお袋、いったいどんな神経してやがるっっ!?」
リーマスは耳を押さえて、シリウスが一気にまくしたてるのを大人しく聞いていた。どんな神経かは息子の自分こそ知りたい。
パズル類はリーマスも嫌いではない。ホグワーツにいたころ、図書室にあったそういった本をよく借りていたくらいだが、それでも母からのパズルは、見るのさえ拒絶したくらい複雑怪奇なパターンを思わせた。
しかし、シリウスは何時間も睨んだあげくにそれを解いてしまったのだ。今更ながら、頭のいい人だったのだと尊敬してしまう。収監一年前後で発狂する者が続出するアズカバンで、十二年も過ごした人間とは思えない。いや、本当に人類だろうか。
「君はすごいなあ」
心からの称賛だったのだが、シリウスは力んでいた拳を解いて、深いため息をついた。
「お前は相変わらずだなあ」
「はい?」
苦笑して、シリウスはリーマスに羊皮紙の切れ端を渡した。パズルの答だった。
「……ロンドン? 家を買ったとかなんとか言ってたけど、そこの住所かな」
「参考までに聞きたい。お前、親と会ったのはいつだ。親父さんは三、四年前で?」
「母は去年、ここに帰ってきたときかな、五年ぶりくらいで。そのときは空港内の喫茶店」
「ああそう」
「ロンドンか、また街中になんだって…まいったな。ほとんど知らないよ、歩いて行けるかな」
「……バックピークに乗っていってはどうだろう」
「ああそうか。そうだね」
奥で毛繕いをしていたヒッポグリフが頭を上げたのを、リーマスは笑って頷いた。
「ゆっくり行こうか。そうだ途中で君、服を買わなきゃ。身なりを整えたら手配写真とかけ離れるはずだから」
「そんなもんかね」
リーマスは立上がり、山のような荷物に向かって杖をふった。すべてが一つの古ぼけたトランクに変わった。シリウスもヒッポグリフに近づいて背をなでた。
もう一つのサイトで書いたものの、視点変え版。
向こうじゃハリー視点(今のところ重なってはいませんが)
・6巻出るまでに出しとけ、みたいな勝手設定・
先生のお母さん…わりと若いみたい。マグル。
実はカメラマンというのも少し違う。
職業その他については謎が多い。
お父さん…けっこう年くってる。
老体にむち打って(^^;)
仕事で世界中を飛び回る
奥さんを追いかけている。
魔法使いだけどマグル社会で働いていた。
古代呪文の解明がライフワーク。
家族仲は、数年に一度程度にしか
顔を合わさないがこれでも良い。
会うのは主に海外。
2004.12.18
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