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LAST 2007-03-01 14:51
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ファントム・ペインX 〜二人だけのソフトクリーム〜(第三回企画テーマ小説)
「はい。お疲れ様。これで今回の定期検診は終了よ」
 須摩子さんは聴診器を耳から外し、くるりと椅子を回転させると俺に背中を向けた。
「いつもの通り悪化もしていなければ回復している兆しも無し。現状維持ね」
 デスクに向かい、カルテに書き込みながらさばさばと言う。曲りなりにも俺は病気で患者な訳だから、もう少し気を遣った言い方をしても罰は当たらないんじゃないか? とか思いながらパジャマの上着を直している俺だけれど、今さら言っても仕方ないので結局口に出さないのもいつものことだった。
 俺達“ファントム”は月に一回検査を受けることが義務付けられている。前日の夕方から病院に泊り込み、丸一日かけて検査を行う様はちょっとした人間ドッグだ。しかも検査の間はほとんど絶食状態なので育ち盛りの俺としては結構辛い。栄養価は満点だが、味気ない水みたいな流動食だけじゃ食べた気にもならないしな。
 で、その検診を一手に担っているのが目の前にいる白衣の女性――遠藤須摩子さんだ。俺の叔母さん――親父の妹だ――であり、俺の主治医であり、俺の病気の世界的権威でもある。普段は学会だか研究発表だかで世界を飛び回っている須摩子さんだが、検診の時だけは戻ってきて俺や他の“ファントム”の調子を診てくれる。心無い人達は自分の手でデータを収集をしたいからだ、とか言ってるみたいだけど、そんなことはないということを俺は知っている。本人も気にしてないからそれで十分だ。
 須摩子さんは一通りカルテを書き終えたのか、椅子から立つと奥の流し台に行き、お盆に二人分の湯飲みを載せて戻ってきた。
 俺にひとつを手渡し、俺と向き合うように椅子に座るとお茶を一口飲み、何気なく口を開いた。
「そう言えば、修ちゃん。最近好きな子でも出来た?」
 湯飲みに口を付けていた俺は思わず吹き出してしまう。その上気管にお茶が入ったらしく派手に咳き込んでしまった。この状態でお茶を床にこぼさなかったのは奇跡だろうさ。
「ご、ごほ……。ううん……。な、何さ。急に……」
 平静を取り繕うとするが、吹き出した後のそんな演技が通用するわけも無く、どこかしら目元をにやけさせながら須摩子さんは言葉を継いだ。
「いえね。修ちゃんのキャラデータやログを見たんだけど、ここ一月半くらい特定の人達と潜ってるでしょ? 今までずっとソロでやってたのに変だなぁー、と思って」
 それでカマをかけてみたということか。で、分かり易いほど簡単に俺は引っ掛かったと言う訳だ……
「………………」
 俺は何も言わず、そしてどんな顔をしていいのかも分からず、ただお茶をすすってやり過ごすしか思い浮かばなかった。
「イベントや人数のいるクエストの時くらいでしょ? 組んでたのって? しかもその後はその人達と連絡を取らないのが常だったもの。いい傾向よ。今の修ちゃんは」
 目を細め、須摩子さんは優しい笑顔を向けてくる。と、ふとその愁眉を曇らせ、
「でも、修ちゃん。男同士の恋愛はおばさん、どうかと思うわよ?」
 本日二度目の霧吹きだ。お茶を飲む度に爆弾発言するってことは絶対狙って楽しんでるよ! その証拠にほら、目元が面白そうに弓形になってるし。
 再び咳き込み、赤い顔で涙を浮かべる俺を見て須摩子さんは上品に笑った。
「ほほほほほ。良かったわ。修ちゃんがノーマルで。下手したらうちの直系が途絶えちゃうところだものね」
 かなり飛躍した話をしながら須摩子さんは椅子を立ち、奥の冷蔵庫から箱を取り出すと俺の顔の前に持ってきた。
「ソフトクリームよ。帰ってからゆかりちゃんと食べなさいな」


 須摩子さんの診察室を辞し、泊まっていた病室に戻ると下着と洗面用具と暇つぶしの携帯ゲーム機を一緒くたにカバンに放り込んで荷物をまとめる。ナースセンターで世話になった看護師さん達に挨拶を済ませてエレベーターでロビーに降りる。その時、検査終了の手続きをしようと受付に向かう俺の目がある一点で固定された。
 それは砂漠に突如として現れた緑豊かなオアシス。
 それは焼け野原にひっそりと咲く小さな白い花。
 それは闇夜を切り裂くような鋭くも柔らかい星の瞬き。
 こんな病院のロビーには全然似つかわしくないのに、文庫本に目を落とす姿の何もかもが一枚の絵のように素晴らしい。
 待合室の椅子に大沢さんが座っていた。白いワンピースと上から羽織った薄紫のカーデガンが本当によく似合っている。
 俺は何気なさを装って大沢さんに近付き、努めて気軽さを演じながら声をかけた。
「こんにちは。大沢さん」
 子ウサギのような動作で大沢さんは首をこちらに向けると花のように微笑んだ。
「こんにちは。今日は修司君も検査だったの?」
「そうだよ。今ようやく終ってこれから帰るところ。大沢さんももう終ったんだろ? 誰か待ってるとか?」
 言いながら大沢さんの隣りに腰を下ろす。ロビーの――特に若い男の視線が注がれるのが分かるね。羨望と嫉妬、てやつかな? うん。なかなかに気持ちがいい。
「うん、そう。桂さんを待ってるの」
「桂さん?」
 出てきた名前に眉をひそめる。はて、聞いた事の無い名前だな。
「ああ、桂さん、ていうのは……んー、何て言ったらいいのかな? 私の世話係と言うか守ってくれる人と言うか……」
 形の良い眉をハの字にしながら大沢さんは言葉を紡ぐ。
 いやはや。流石と言うか何と言うか。大沢さんくらいのお嬢様となるとお付きの人みたいな人がいるらしい。正直、そういうことを仕事にしてる人を見てみたい気もするが……やっぱりあれかな? 執事を絵に描いたような筋肉質の初老の男性なんだろうか……?
 その辺りのことを聞こうか聞くまいか考えていると、大沢さんは左腕にはめた時計を見た。
「でも良かった。修司君が来てくれて。迎えに来てくれるまであと四十分もあるんだもの。持ってきた文庫本も読み終わっちゃたところだったし。本当、良かった」
 そう言って大沢さんはどこか照れたように笑った。
「そう? なら……これからちょっといいかな?」
 埃をかぶっていた勇気を叩き起こし、俺は中庭へと視線を向けた。


「あ、鈴宮洋菓子店のソフトクリームだ……」
 夕方とはいえ、まだまだ明るい中庭のベンチに俺たちは並んで腰を降ろした。
「有名な店のなんだ」
 やたらに詰め込まれた氷冷剤の中からソフトクリームを取り出し、ひとつを大沢さんに手渡す。
「うん。知る人ぞ知る名店。しかもこのお店のソフトクリームは数量限定でなかなか食べられないの」
 瞳を大きくさせ、頬をわずかばかり上気させて興奮気味の大沢さん。どうやらかなりレアなものらしい。須摩子さんからはゆかりと食べろと言われていたが……許せ、妹よ。
 でもあれだな。こういう姿を見ると大沢さんもユリと同じようにレアアイテムに弱いのかもしれない。……まあ、考えてみればそうなのだろうけれど。
 大沢さんが「いただきます」と律儀に小さく言ってから食べ始めるのを見、俺もソフトクリームに口をつける。
 美味い。
 味なんてものは分からないし頓着しない俺だけど……本当のソフトクリームはきっとこんな味なのだろう。
 俺たちは無言でソフトクリームを舐める。本体を食し、コーンに噛り付こうか思案していると、不意に大沢さんが口を開いた。
「“ファントム・ペイン”は楽しいね」
 独り言のような口調のまま、大沢さんは前を向いたまま言葉を続ける。
「シュージ君もいるし、コーヘイ君やカナデちゃんにマイちゃんにヤマト君や数え切れないみんな。部活も楽しいよね。部長はいい人だし、木月先輩や優希先輩に優美先輩、神杉先輩も優しいし……」
 大沢さんはため息のように大きく息を吐いた。
「きっとこの世界にはもっともっと楽しいことがたくさんあるんだよね。それを全部楽しめたらいいのになぁ……」
 声にはどこか不安めいた響きが混ざっていた。
 俺たちは治療法も延命法も原因すら分からない未知の病気に侵されている。症状にこそ慣れてはいるが、現状を忘れている訳じゃない。今日の検診だってあてになるのかどうか分かったもんじゃないんだしな。
 だからって悲観的になるつもりもさらさらない。最後の一枚の葉を自分で描いてやろうくらいの気構えはあるつもりだ。
「楽しめばいいさ」
 隣りで大沢さんがはっと息を飲んで俺を見るのが気配で分かる。
 俺は視線はそのままで気軽な口調で言葉を続けた。
「違うな。楽しまないといけない。現実感が乏しい俺たちだからこそ楽しまないといけない。幻と現実が織り交ざり、逆転してさえいるのが“ファントム”の認識だろ? 洒落て言えば幻の現実――『幻実』とで言うのが俺たちの世界さ。一般人とは似て非なる世界にいるんだぜ? 楽しまないと損だと思うね」
 心の底からそう思う。どんな状況であれ、俺は生きていくと決めている。なら良い方に考え、楽しくしたいと思ったほうがいいだろう?
「………………」
 大沢さんは無言だった。本心とは言え、ちょっとカッコつけ過ぎたかな……? とか思いながら横目で彼女を見る。
 ……驚いたね。なんと、大沢さんは――泣いていた。
「え、え……? あれ……?」
 目を見開く俺の表情で気付いたのだろう。困惑するような声をあげながら白い指先で目元を拭う。けれど涙は溢れるばかりだ。
「あれ、変だな……。あれ…………」
 瞳からこぼれる真珠のような雫は止まらない。突然の出来事に俺は思考停止してしまい、情けないことに何をしてどうすればいいのか判らなかった。
 と、音も無く大沢さんの前に真っ白なハンカチが差し出された。その先に目を向けると、赤いスーツに身を包んだ美人な女性がいた。
「あ、桂さん」
 受け取ったハンカチで目元を押さえる大沢さんの声音は迷子が母親を見つけたような、そんな安堵を含んだものだった。
「お嬢様。お迎えに上がりました」
 スーツの女性は丁寧に頭を下げた。この綺麗な人が桂さんか。有能な秘書を絵に描いたような女性だ。
「それじゃ、また学校でね」
 大沢さんは涙の止まらない笑顔を俺に向け、桂さんと一緒に歩いて行った。
「……楽しい思い出を作ろうぜ。大沢さん」
 いつか目の前で言えたら良いなと柄にも無く考えながら、彼女の背中が門の向こうに消えると俺はぽつりと呟いた。
by 日原武仁 2006.07.23 23:45


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