「へえ、これがこの館の主か」 義文はそう言って懐中電灯を向けた。光は巨大な絵の半分より上、ちょうど顔の部分を射している。やや痩せた精悍な顔つき、硬く伸びた顎鬚、光の輪にわずか映る衣服はタキシードと大時代的なものだった。 「こいつがこの中を彷徨ってるって? なんだかあんまり怖くないな」 彼が言っているのは霊が出るという事実よりも、主自身の風貌の事を指しているのだろう。しかしよく考えれば生前から死後のいでたちについてまで考える者は居らず、批評は的を外れているとしか思えない。だが私はそれを指摘することなく、自分の懐中電灯を天井へと向けた。豪華な照明が、灯ることなくその輝きだけを湛えている。 「せめて照明がつけばいいのだがな」 「無理言うなよ、もう数十年も廃墟になっているって言うぜ。ほら」 義文が差し向けた先には、心無い落書きが残されていた。 『瀬田清二参上』または『早く帰れ、ここは本物だ』のように恐怖心を煽る物、果ては『隆志・優子』と書かれた相合傘まである。彼らは一体何を考えてこの場所へと赴いたのだろう。私が落書きに目を奪われ、心を痛めている間に義文は先へと進んでいた。 「なあ、それにしても、この屋敷って変だよな」 階段を下りながらあちこちを見回す。 「どこが変なのだ」 「見ろよ」 手摺から離した手の平を見せる。 「何十年も廃墟になっているというのに、埃が少ない」 彼の手は薄い砂埃にまみれてはいた。 「普通はもっと真っ白になるものだろう」 言われてみると、汚れ方が軽いようにも見える。私はそれに反論を試みた。 「それは、人の出入りが激しいからじゃないのか」 「どういう意味だ?」 「霊場としては有名だということだよ」 なるほど、と義文が肯く。人のいない屋敷ならば本当に廃墟となるだろうが、人がいる屋敷なのだ。 「その割には、盗掘にあってないよな」 彼は階段下の脇に安置されているアンティークの鎧に手をかけた。 「まるで誰かが守っているような……」 そう言った瞬間、義文の体が微かに震えた。それを振り払うように、彼は格闘モノよろしく鎧に飛び蹴りする。 「おいっ」 私は思わず叫んでいた。 だが、その声は間に合わず、鎧は屋敷中に金属音を響かせ、倒れる。 しばらく、二人とも動けなかった。事に義文は明らかに動揺して、幾度と無く周囲を見回している。 二度、三度、四度……何も起こらない。 ようやく落ち着いた彼は額に汗をかきながら笑ってみせる。 「はは、何か起こるんじゃないかと思ったんだけどな」 それは彼の精一杯の強がりだった。おそらく、こんなに大きな音が鳴るとは思わなかったのではないだろうか。 「あんまり勝手なことをしてくれては困るな」 「そう言うなよ。悪かったよ」 義文が私の肩を叩く。仕方なく私も笑ってみせた。さて、どうしたものか。この鎧を元に戻すか、そのままにしておくか。結局、私はそのままにしておいた。下手な行動は慎むべきだ。それに、考えている間に義文がまた動こうとしていた。 「どこに行くんだ?」 声をかけると、彼は振り向きもせずにこう言った。 「帰るのさ。ここには何もなさそうだ」 一度そうと決めた彼の行動は早かった。 引きとめようとした私の声が届かないところへとすでに進んでしまっている。 玄関の扉が開く。 外界の音が漏れ聞こえる。 私は義文の後を追うべく、駆けていった。
そして二人は帰っていった。 まじまじと自分の体を見る。まるで透明人間だ。 扉を閉め、絨毯の乱れを直しながら鎧に近づく。 一人ではやや難しい作業だった。重くて持ち上がらない。 私は顎鬚を撫でつけながら考える。また次の機会にしようか。 何しろ、ここでは乗り移る相手に事欠かないのだから。
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by 木村 勇雄 2006.07.30 12:46
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