■ メロひな第一集〜愛憎の行き着く果て〜 ■

 [第三話] [第四話] [あとがき]




[第三話〜決意のしのぶ〜]



前原しのぶは、迷っていた。

それは、心中に渦巻く景太郎への思いと成瀬川への遠慮、それらの葛藤からのものであった。

以前、景太郎に成瀬川とのことは応援しているとは言ったもののその実、想いは簡単に捨てきれるものではなかった。

むしろ、抑圧すればするほど、想いは大きくなっていく。

一体、その想いをどうすればいいのか。



「私…どうしたら…」



しのぶはもう訳がわからなくなってきていた。

思考が混乱して、なんだか腹立たしい気分になってくる。

そもそも、何故私がこんな思いをしなければならないのか。

元はといえば、成瀬川が景太郎と事実上の恋人関係にあるにも関わらず、いつまでも煮え切らない態度を取っているのが悪い。

その所為でしのぶはいつも景太郎との間で揺れなくてはならないのだ。

きちんと景太郎と恋人関係であることを認めて大人として付き合ったのならしのぶとしても納得がいくし、諦めもつく。

それを成瀬川は怠って、景太郎のことが好きな癖に大っぴらにはみとめたくないという子供のような我が侭な感情で

ひなた荘全員の景太郎への想いに火をつけてしまった。

おかげで以前まであった住人同士の信頼関係や穏やかな日々は完全に過去のものとなってしまっていた。



「なる先輩の所為で…」



ぶつけようのない怒りがはけ口を見つけたとき、その怒りは暴力へと変わろうとしていた。

成瀬川が悪い。成瀬川の所為で。先輩も迷惑している。



「そのとおりだよ。しのぶちゃん。」



「!?」



しのぶが成瀬川への憎悪を募らせていると、突然障子が開いた。

そこには、瀬田が少し鋭い眼光でしのぶの方を見ながら立っていた。



「瀬田さん…」



まずい事を聞かれてしまったと少し青くなっておろおろするしのぶに瀬田は、ゆっくりと近寄っていった。

少し、あとずさったしのぶの真横にまで歩いてそこで身をかがめる。



「逃げなくていいよ。僕はしのぶちゃんの力になりたくて来たんだから。」



「私の…?」



「ああ。」



恐る恐る口を開いたしのぶに瀬田は満面の笑みで答えた。

その笑顔に景太郎を感じて、少し、しのぶが戸惑う。



「君も知ってるだろ?なるちゃんの所為でこのひなた荘がとんでもない事になっていること。」



「え…はい。でも、それが…」



「このままだと、景太郎君にも被害が及びかねない。僕は彼をとても気に入っていてね。」



しのぶの言葉をさえぎって瀬田は話しつづける。しのぶは瀬田の笑顔に少し魅せられながらも黙って話を聞く事にした。



「こんなつまらない事で彼に危害が及ぶのは残念なんだ。だから、僕としては景太郎をここから出してやりたい。」



「そ…それは!駄目です。先輩がいなくなるなんて!」



珍しく大きな声を出したしのぶの口に瀬田は人差し指を当てた。

あっ…としのぶが声を途切れさせると瀬田はまだ話を続ける。



「最後まで聞いて。景太郎君の脱出に伴ってひなた荘から一人を選んで連れ添わせたいんだ。」



「それは…」



「その一人に僕はしのぶちゃんがふさわしいと思うんだ。君は優しいし、家庭的だし…本当にいい娘だ。」



「それじゃあ…」



明るい声をだすしのぶ。

そのしのぶとは逆に瀬田は不意に暗い顔をして話を続けた。



「この話は景太郎君にもしたんだ。彼もこの話を承諾してくれたよ。でもね、このままだと彼はなるちゃんを選んでココを出て行きそうなんだ。」



「えっ…そんな…」



明るい顔は一気に凍りついた。さし出された希望を目の前で立たれた形である

そんなしのぶに瀬田は心の底で笑いながら固まるしのぶに再び希望を与える。



「だから僕としてもそれは不本意なんだ。そこで、だ。君に景太郎君を幸福に誘導して欲しいとおもうんだ。」



「私が…先輩を幸福に…」



「そう。このまま景太郎君がなるちゃんを選んでも二人が幸せになれるか、疑問なんだ。なるちゃんよりも君の方が絶対に景太郎君は幸せになる。」



「……」



なにやらしのぶは考え込んでいるようだった。

先輩の幸せ。そのことはしのぶは考えていなかった。

というのも景太郎は自分と結ばれるよりも成瀬川と結ばれるほうが景太郎は幸せになる、思っていたからであった。

ところが瀬田はそんなことはない。君と結ばれるほうが景太郎は幸せだという。

自分の幸せと先輩の幸せ。これらが今、瀬田の言葉によって一致した。

…自分の幸せのために動く事は先輩の幸せのためにもなる。

そう思うことで、景太郎を巡る行動に大義名分がつく形になる。

けっして自分のためじゃなくて景太郎の為。

疚しくない。汚くない。卑しくない。卑怯じゃない。ずるくない。自分勝手じゃない。我が侭じゃない。

…先輩の為なんだ。

しのぶの頭の中で色々と巡った思考がそう答えを出した時、瀬田はまた口を開く。



「だから、君は景太郎君のために景太郎君の目を覚まさせてあげなきゃいけない。

しのぶちゃんの方が幸せになれることを教えてあげなくちゃいけない。」



「そ…そうですよね…先輩は私といたほうが…」



「そうだ!景太郎君を幸せにするのは君なんだ!いや…君だけだ!だから自信を持つんだ!しのぶちゃんは景太郎君と結ばれるべきなんだ!」



「……」



瀬田の駄目押しはかなり効いたようだった。

してもいいんだ…という権利の形の思考が、しなくてはならない、と義務に変わる。

軽い使命感すらしのぶは抱いていた。

…いままでの私とは…もう、違う。私は…わかった。気づいた。先輩を幸せになくては…!



「先輩を幸せにしなきゃ…このままじゃ先輩は不幸になってしまう。」



「だから君は景太郎君に君の素晴らしさを教えないといけない。」



「はい。ありがとうございます、瀬田さん。私は、自分のすべき事がわかりました。」



「うん。その意気だよ。じゃあ、そろそろ僕は帰るよ。頑張ってね。」



「はい!」



凛とした声と態度でしのぶはそう瀬田に言った。

今までの気弱な少女ではない。

明確な意思、使命と目的をもった少女。

ここまでわかりやすい変化をしてくれると煽ったかいがあったというものだ。

瀬田は心の奥で爆笑しながらしのぶの部屋を去った。



「さて…この情報をなるちゃんにもリークしないとな。」



ぽつりとそう言った。







[第四話〜手のひらの上で〜]



コンコン…



「は〜い。誰?」



瀬田が軽く障子をノックすると中から成瀬川の声が聞こえた。

それはどこかよそよそしくてとげとげしい。

思ったよりひなた荘内部は住人同士の敵対関係が進んでいるらしい。

…面白い。もっとかき回してやろう。



「ああ…なるちゃん?瀬田だけど…」



「え…あ…瀬田さん!?す、すみません、少し待っていてください。」



そう障子の向こうから聞こえてきてなにやらドタバタと音が聞こえてきた。

きっと大急ぎでへやを片付けてでもいるんだろう。



「あ・・・もう、いいですよ。」



ニ、三分ほどしてから障子が開いて、成瀬川が瀬田を部屋にとおした。



「急に押しかけちゃってすまないね。急用なんだ。迷惑だったかな?」



「いえ…迷惑なんて…それより、なんのようですか?」



「いや、ね。最近ひなた荘に関する良くない噂を耳にしたんだ。

何でも君と景太郎君が付き合っているのに他の住人が二人の仲を裂こうとしているという話だ。本当なのかい?」



「そ、それは…まあ…」



何か思うところがあるのか、茶を濁す成瀬川。

こうして、よく見るとどこかやつれた感もある。

これが奪い、奪われる愛の修羅場にいた結果か。



「ふむ。どうやら本当らしいな…。」



「……」



「何てことだろう。なるちゃんと景太郎君の仲を裂こうとするなんて。」



瀬田は少し、怒りを混ぜてそう言う。

その怒りを聞いて黙っていた成瀬川も口を開いた。



「そうなんです。最近、皆が私達の仲を裂こうと…」



「酷い話だ。いよいよ持ってこの話をしなくちゃいけないな。」



自分がその原因を作った事を棚に上げて成瀬川は瀬田の言葉に同調して怒りを露にした。

どうだろう、この自己中心的で身勝手な思考は。

これだから愛に狂う女どもをかき回すのは面白い。

まるで自分を悲劇のヒロインか何かと勘違いしている。

面白くなってきたとばかりに瀬田はあの話を持ち出した。



「話?」



「うん。僕はね、このまま君達二人がココにいたら君と景太郎君の幸せが壊されてしまうと思うんだ。」



「僕としてもそれは不本意なんだ。若い二人が不幸になるのは見たくないからね。そこで、僕は景太郎君をここから出したいと思ってるんだ。」



「ちょ、ちょっとまってください!」



「慌てなくても君と景太郎君と一緒にだよ。」



「あ…」



安心したようにほっと息をついて成瀬川は声を止める。

ここから幸せへの希望を与えて、一度それを断ち切った後、小さな可能性とともに取るべき行動をささやくだけで煽りは完了だ。

馬鹿な事に、愛の執着した女どもには自分があおられていると気づかないらしい。



「そこで二人は幸せになるんだ。」



「で、でも…そんなこと…急に言われても・・・」



「いや、急がないといけない。この話を僕は景太郎君にもしたんだが、その時に話をしのぶちゃんにも聞かれてしまったらしい。」



「え…」



この表情だ。

与えられた希望を断たれた時の、この何ともいえない顔。

背筋がぞくぞくするほどたまらなく良い。



「きっと今夜あたり、景太郎君を狙ってくる。なるちゃん、君が景太郎君を護ってあげるんだ。」



「そ・・・そうよね…護って上げなくちゃ…」



「しのぶちゃんは僕と景太郎君のこの話を聞いてどうやら気をやってしまったらしい。」



「彼女は死に物狂いで景太郎君を狙ってくる。情けは無用だよ。徹底的に思い知らせてあげるんだ。」



「そうよね…いつも、いつも私の景太郎を誑かすし、気弱で健気な少女ぶりが前々からムカついてたのよ。」



ぽろりと成瀬川の口から本音が漏れ、しのぶにたいする隠されていた憎悪が剥き出しになる。

その憎悪の言葉と尋常ならざる成瀬川の表情に瀬田は愉快でたまらなかった。

少し前までは考えられなかった言葉と憎悪だ。

それもこれも愛などというくだらない物のための嫉妬、疎みが生み出した物。

これだから面白い、もっともっと破壊してやろう。



「くれぐれも景太郎君を奪われないように気をつけてね。君達の愛の邪魔をする輩は全て排除するんだ。」



「私の景太郎…愛しい景太郎を誑かす輩は誰であろうと許さない…景太郎…護ってあげる…」



時折、ふっ…ふっ…とあぶない笑い声をもらしながらブツブツと何かを言っている成瀬川。

腹を抱えて笑いそうになった瀬田だが、何とかそれを押さえ込む。

きっと今、成瀬川の心中では、景太郎に対する歪んだ盲愛と異常なまでの嫉妬心が渦巻いているだろう。

汚い。卑しい。愚かしい。

面白くてたまらない。全部愛から出た負の感情だ。



「君と景太郎君の幸せを祈ってるよ。」



「うふふふ…しのぶちゃん、覚悟しておきなさいよ…私の景太郎を誑かした罪…たっぷりと償ってもらうわ。」



「私と同じ女に生まれて、私と同じ男を愛した事、後悔させてあげる…」



瀬田の声にも気づかずにいまだブツブツといっている成瀬川を放って瀬田は部屋を出て行った。

かすかな笑い声をもらして。



つづく







[あとがき]




メロひな第一集はどうでしたか?

えと、次の集は、景太郎に夜這いをかけるしのぶちゃんとそれを阻止する成瀬川の攻防です。

他の住人はそれ以降にでもからめていきますか。何か最近Hシーンを書くのが辛くなってきてます。

何か本末転倒。イカンなあ…この症状を打破するためにもやる気の元、感想をよろしくお願いしますね。

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