■ メロひな第四集〜愛憎の行き着く果て〜 ■
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第十四話
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第十五話
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第十六話
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あとがき
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[第十四話〜悲しき行為〜]
午前零時半・・・素子の部屋
「あ……ん……ふ……あくっ……」
時刻は、すでに夜中の一時を回り、夜の静けさがあたりを支配する中、その少女のあでやかな声はひなた荘の部屋の一角から漏れていた。
純和風に整然と整えられた部屋。
色即是空と書かれた掛け軸が、部屋内に漂う淫靡な気配に居心地が悪そうに軽く揺れていた。
「うらしま……うらしま……っ……」
愛しい人の名前をつぶやき、その人の笑顔、仕草、感触、匂いなどを反芻しながら一心不乱に自らを慰める。
その少女、青山素子は、自らはしたない、汚らわしいと嫌ってきた性的な行為に没頭していた。
「んっ……はあっ……い……イくぅ……」
絶頂に近づくにつれて、きつめにクリトリスを摘み、荒々しく秘唇をいじる。
秘唇からはだらだらと止め処なく愛液が流れ出て、床を汚していた。
「う……あ……」
泣いている……
絶頂へと上り詰める快楽の中なぜか素子はそう思った。
私は、泣いている。
自らの身体を慰めることしか出来ない自分を嘆き、どうしようもない現実に打ちのめされて泣いている。
この股間から溢れ出る愛液は、いわば心の涙なのだ。
「うんっ……は……んあああ……!」
涙を溢れさせながら素子は絶頂を迎えた。
だが、絶頂を迎えた彼女に「良かったよ。」とつぶやいて優しく包んでくれる身体はない。
ただ、夜中の冷たい空気が彼女の体温を奪うのみだ。
「う……ぐす……うらしま……うらしまっ……!」
一応のエクスタシーを迎えた彼女は言いようのない深い哀しみと虚しさに襲われた。
なぜ私はこんな汚らわしくて馬鹿なことをしているんだろう?
涙を頬に伝わせながらふと、そう思った。
どうして……?やっと、素直になれた。
やっと自分に女としての気持ちも自覚も持て始めてきた。
なのに、なぜ。
なぜ私が好きな浦島はなる先輩の事しか見えていないのだろう。
素子は哀しみの思考をくるくると回転させていく。
浦島……私とお前、もう少し早く出会えていれば。
そんなIFがあれば。
きっと私は今ごろ、こうして馬鹿な行為に浸ることもなく、浦島と幸せになっていた事だろう。
もしくは、なる先輩が瀬田さんとくっ付く、もしくはすでに他に彼氏がいたら。
まだまだ、私のこの想いの行方はわからなかったのに。
そうだ、きっとそう。
そうなっていれば私はいまごろ暖かい浦島の腕の中で優しい言葉をかけられながら浦島との最高のセックスの余韻に浸っていたんだ。
私から体温を奪おうとする冷たい空気も浦島の身体が駆逐して……最高に幸せな気分で……。
冷たい床と空気が自慰で火照った彼女の身体の熱を奪っていくのを
素子はどこか他人事のように感じながら意味のない思考を走らせていた。
[第十五話〜策士の罠〜]
同刻午前零時半、「日向」店内。
「う……ぐす……うらしま……うらしまっ……!」
モニタの中に、嗚咽を漏らしながら、愛しい人の名を呼ぶ素子が映し出されていた。
裸のまま、冷たい床に横たわり、伝わらぬ想い、成就せぬ恋に苦しむ。
「ん〜。素子ちゃんもかなり入れ込んでいる様子だねえ。これじゃあ、誑かすのは簡単そうだ。」
素子の姿が映し出されているモニタを眺めながら瀬田は愉快げにつぶやいた。
「それにしても、はるか。カメラ位置がばっちりだったよ。素子ちゃんの初々しいオナニーも特等席で見れた。うん。」
「は……ァ……瀬田様に喜んでいただけてはるかは光栄です……」
ご満悦。といった感じで尊大に頷いて瀬田はモニタの電源を落とした。
そして、自分の足元で自慰に耽るはるかを見下ろし、笑う。
「よくやったご褒美をあげよう。はるかはこの肉の棒が好きで好きでたまらなかったよね?」
「は……はい。どうか、その大きい肉棒で、緩々になったはるかの汚らしいおまんこを慰めてください。」
「うんうん。おねだりの仕方も完璧だ。君は最高のペットだよ。粘膜の幻想に狂わされた馬鹿供よりよっぽど良い。」
「さあ、おいで。」
手招きした瀬田にはるかは近づいていった。
第十六話〜幸せは歩いて来ない〜
翌日、午後十時半・・・素子の部屋。
「瀬田だけど少し……いいかな?」
「はい。ちょっと待ってください。」
意外な来訪者に少し驚きながらも素子は閉められていた障子を開けた。
やあ、と片手を挙げて挨拶する瀬田。
やっぱり、浦島に似ている……
しのぶと同じく瀬田に景太郎を感じてドキリとしてしまう素子であったが平静を装って挨拶を返し部屋に招きいれた。
「あの……今日はなんのようですか?」
「うん、このところ、君の様子が変だと思って。」
「変……ですか?」
素子に思うところがあるのかギクリとしたのがわかる。
もちろんその原因など当に知れている。景太郎の事だ。
「ああ・・・何か、悩んでるんじゃないのかい?僕でよかったら相談に乗るよ。」
出来るかぎり優しく言いながらにっこりと微笑んでもとこにそう言ってやる。
少し景太郎の雰囲気を真似してやったので素子はドキリと来たはずだ。
(う……瀬田さん・・・浦島に似てる……)
自分の想いの相手に何処となく似ている瀬田にドキリとして素子は瀬田の思惑通り取り乱してしまった。
「遠慮はしなくていいから何でも話してくれれば良いよ。」
「は……はい。」
「あの、実は……」
素子が自分で瀬田に景太郎を好きな事、そしてそれが叶いそうにもない事、そしてその事で他のことが全く手につかない事。
などなど、今まで心の内に溜めていたものをすっかりと瀬田に吐き出してしまった。
もちろん、いくつかの部分はかいつまんでの事とはいえ、そんなことをこうも素直に話してしまったのは、
瀬田の雰囲気が景太郎に似ていることで安心しているのだろうか。
「…………」
「…………」
全てを話し終えると、瀬田は、俯いて何か考え込むような仕草を見せた。
沈黙が続き、なんとなく場が重くなってしまう。
すっと頭を持ち上げて、瀬田が口を開いた。
「このままでは君は駄目になってしまう。」
「そ……それは……」
これは素子自身が一番感じていた事だった。
なにせ一日中景太郎のことで頭がいっぱいなのだ。
それこそ、トイレの時もお風呂の時も。
修行には身がはいらないし、勉強も手につかない。
ただ心のうちにあるのは叶わぬ恋に対する悲しさとこんなにも近くにいるの伝わらない想いのもどかしさと……。
そして、どうしようもできない焦燥感。
もしかして今、この瞬間にも浦島はなる先輩と何かいやらしいことをしてはいまいか……
もしかして今、この瞬間にも……
もしかして……
ああ……私は……
こんな日々を素子は送っているのだ。
いつかきっと素子は駄目になってしまうだろう。
自分でもわかっていた分、瀬田のこの言葉は素子には突き刺さったようだ。
「剣に生きることも叶わず、女として生きることも……あい叶わない。」
「……」
黙って俯いた素子はただ震えていた。
それは、考えたくもない未来だった。
初めて自分が景太郎の事を好きなんじゃないかなと気づいたときは今のこの状況は予想できなかった。
いや、考えたくなかったのか。
何となく景太郎の側にいると嬉しくて、何となく景太郎が他の女と一緒に居たら胸が痛んだ。
それは爽やかな青春の一ページだったはずだ。
しかし、想い深まるのと、景太郎が遠ざかるのは同時だった。
そして今。景太郎はもはや素子には手の届かないところに居る。
物理的な意味ではない。
手の伸ばせば届き、やろうと思えば抱きついてキスをねだる事もできるほど近くにいるのに。
しかし、素子はそれをする事などできはしないのだ。
……そう、景太郎は、すでに成瀬川先輩と付き合っているから。
これほど辛い事はない。
「素子ちゃん、辛いだろうね。身が焦げるほどの想う相手が目の前で他の女と……」
「っ……私は……どうしたら……」
瀬田の言葉に素子は、悲しさに涙があふれてしまった。
堪えようとしても、次から次へと流れ出る涙は止まらない。
「どうしたらいいんだ……私は、私は……」
気が付いたら素子は瀬田さんに抱きついていた。
素子は瀬田の胸に顔を寄せて、わんわんと子供のように泣きじゃくる。
まるで姉上に捨てられたときのように。
瀬田の暖かい胸は景太郎よりも男を感じさせるところがあった。
けれども、安心できる……心が休まるという点は同じだった。
好きな人に似ているというだけで、その人の胸に飛び込んで泣き付く私は、はしたないのだろうか?
しかも、その胸の頼もしさと温かさを感じて子供のように安心してしまう私は、恥ずかしいだろうか?
「安心して……。大丈夫だよ……。」
「え……」
瀬田の胸に身体を預けてなきつづけていると、瀬田はあの時の景太郎がしなかった事をした。
優しさの溢れた両腕でしっかりと優しく抱きしめて、掌で素子の頭を優しく撫でたのだ。
ゆっくりと、慈しむような優しい手つき……。
「あ……」
一瞬、言葉を詰まらせた素子。
ずっと景太郎にされたかった事を瀬田にされた……
瀬田の雰囲気が景太郎に似ていたので、まるで景太郎に慰められているようで、悪い気はしない。
これを……あの時に浦島がしていてくれたら……。
……でも、きっとあの時から浦島の心には成瀬川先輩がいたんだろう。
……どこまでも悲しいな……
「う……わああああんん……」
瀬田を景太郎の代わりにして素子はさらに泣きじゃくった。
瀬田さんの胸で泣いているうちは私は安心していられる。
しっかりと背中まで廻された腕と頭を優しく撫でる掌によって。
「ひっく……うえっ……」
瀬田は素子が落ち着くまでただ無言で素子を抱きしめていた。
しばらくして素子が落ち着くと瀬田は語りかけるように優しく、ゆっくりと話し始めた。
「ねえ、素子ちゃん……もう、決着をつけようよ。」
「はい……」
……やっぱり、諦めるしか……でも……
「もう泣くのは最後にしよう、哀しむのも最後にしよう。」
「泣いても哀しみが積もるだけ。哀しんでも涙があふれるだけ。」
「もしも、自分が青山素子じゃなかったら……?おしゃれもする、ドラマも見る、ごく普通に恋もする女の子だったら?
そんなことも考えただろう。」
「はい……」
瀬田の言うとおりだと返事をしながらも、これから瀬田の言わんとする事は素子にもわかっていた。
……要するに、もう浦島のことは忘れようといいたいのだろう。
……そんなこと……何度も……
「じゃあ、君の今までの人生は……そう。女を犠牲にして、化粧も何も知らず、姉にあこがれて強さを追い求めていた昔……。」
「そんな過去は意味のない物だったのか?」
まるで素子の心を見透かしたように瀬田は素子が何度も反芻した思いを語っていく。
しかしその思いにはすでに素子は何度も答えを出していた。
……無駄だったんだ、私の過去なんて……その証拠に今を犠牲にしているではないか……。
……中途半端な強さなど身に付けたから!姉上を目標に修行に明け暮れたから!私は、自分の素直な気持ちにも気づかず……
……遅まきながら気がついたらもう手遅れ……好きな人は、他の女に走っている……
……無駄だった。馬鹿だった。今を犠牲にしている過去になんの意味があるだろうか。強さなどに何の意味があるのだろうか。
しかし、そんな素子の予想を裏切る言葉を瀬田は吐いた。
「違うはずだ!いままで君が苦しい修行にたえ、女の部分を犠牲にしてきたのは何故だ!?」
全力でそういいきった瀬田の身体は興奮して震え、素子を抱きしめる手には力がはいる。
少し素子は苦しかったがやはり嫌な気は起きないし、怖くもなかった。
自分のために興奮し、声を荒げてくれる事が逆に嬉しくも感じた。
「その努力は……苦しみは……一体なんだったんだ?ただの無駄な事だったのか?」
素子に問い掛けるような、言い聞かせるような、口調で瀬田は言葉を続けていく。
「否だろう!全ては今、このときのため!」
「え……」
ばっと腕を素子の背中から放し、瀬田は素子の両肩をがっちりと掴んだ。
瀬田の胸の温かみが、なくなったのは少し寂しかったが瀬田の真剣な様子に素子も気を引き締めた。
瀬田はそのまま、真剣なまなざしで素子の目を見詰めて、憤慨した様子で言葉を続ける。
「幸せとは自分の手でつかみとるもの!全てはその幸せを掴み取る・・・その手を鍛えてきたのではないのか!?」
「もう君は十分に苦労をし、努力をし、我慢をした。次は君が幸せになる番ではないのか!?」
「このままでは君は駄目になる!しかし、その解決の道はあるはずだ。」
「私は……。」
そう、瀬田さんの言うとおり。
このままでは剣の道も女の道も駄目になってしまう……
私は何もかも失ってしまう……
それだけは……それだけは駄目だ……
今まで生きてきた私の全てと気づき始めた女の生き方を否定されたらわたしは……何も残らない。
瀬田さんの言うとおりじゃないか……
女を犠牲にして、得た物なんて、今はもう欲しくもない強さ。
その強さがもたらす物など、今何よりも愛しい浦島を遠ざけるだけでしかなかった。
そんな物のために私は……。
だけどたった一つ助かるすべがある。
そう、瀬田は言った。素子もその方法を知っている。
「だからこそ。だからこそなんだ。君の過去は無駄じゃない。養ってきた力は無駄じゃない!」
「しかし……浦島には……」
「……となれば、これはもう奪い取るしかない!力ずくでも何でも!」
「……」
「もういいじゃないか。君だけが……いつも君だけが努力して、傷ついて、遠慮して、失って……こんな事、もう止めようよ。」
「手に入れよう。全てを!幸せを!失った物を補って余りある……そんな未来を。」
「瀬田さん……」
浦島景太郎……浦島がいてくれれば……ずっと私の側に……
そうすればきっと私は安心して修行が続けられるし、それに今よりもっと厳しい修行にも耐えられる。
そして女の生き方も……
すべては、すべては浦島がいれば……私は全てを手に入れることが出来る。
幸せな未来は、もう目の前なのだ。
「そ、そうなんだ……」
……そうだ、私のあの努力は、今の為に使わねばならない。過去は無駄ではなかったんだ!
……そうだ、瀬田さんの言うとおりだ。世間一般の幸せを知らず、剣の修行に明け暮れていた哀れな女が男との幸せを願って何が悪い!
……私は、あんな我が侭な女よりも数倍苦しい人生を生きてきたんだ。そうだ、私にはあの女を押しのけてでも幸せになる権利がある!
「さあ行くんだ。幸せに向かって歩き出そう。」
「これは、君に課せられた最後の試練なのだ。勝ち取るんだ!勝利を幸せを!」
「愚かな自分自身と、忌まわしく絡みつく浦島と成瀬川の運命に終止符を!そして幸福に満ち足りた未来への道を!」
「いざ!」
……今更、何を恥ずかしがる事がある。
……浦島、浦島……そうだ、私は浦島を……愛している!
……誰よりも、何よりも。
「私は……私は!掴み取る!自らの幸せ、浦島の幸せ。そして全てを手に入れる!」
素子はぎゅっと拳に力を込めてゆっくりと立ち上がる。
傍らに置いた、愛刀の鞘を掴み、その手に掴みあげた。
素子はその刀を虚空高く掲げてその刀の黒々とした鞘を睨み、ブンッ!と鞘ごと振り下ろして、軽く手で持つ。
「いざ……」
「さあ!行くんだ!!全ては、自分のため、景太郎のため。」
「……」
固めた決意は固かった。
全てを賭して……浦島を。
素子は、瀬田の声援を受けながら愛刀ひなを持って部屋を出て行った。
[第十六話〜幸せは勝者の元に〜]
午後十一時……成瀬川の部屋前。
いくばくか歩き、素子は成瀬川の部屋の前に立つ。
「…………」
素子の周りの空気が、素子から放たれる冷たい殺気によって凍りつく。
どこからか吹く風は素子の長く美しい髪を揺らし、満月の月明かりはその修羅のように殺気立つ面を照らした。
その零れ落ちる殺気は、先ほどまで五月蝿く鳴いていた虫達を沈黙させる。
愛する者のため、己と愛する者の幸せな未来のため。
その為に愛する者の一番大事なものをうばわねばならぬ彼女のその心中は、複雑かと思いきや、すでに迷いはなかった。
その迷いの無い鋭い瞳が、覚悟と決意を感じさせる。
「……失礼する。」
素子はぶしつけにそう言い放って、障子を叩きもせずに開けるとずかずかと部屋の中にあがりこんだ。
どうせ、始末するのだ。礼儀などは関係ない。
ガタガタと部屋の真中辺りまで来て少しあたりをも見渡してみる。
「ん……いない……か。」
てっきり部屋の中で眠っていると思っていた素子は少し、肩透かしを食らった気持ちになったが、
その事で気の抜けようとした瞬間、彼女の胸の内にある不安がよぎった。
もしや、浦島と……
「くっ……急がねば。」
心の中が一番見たくない場面で溢れる。
不安にかられて素子はきびすを返して、景太郎の部屋へと脱兎のごとく駆け出そうとする。
・・・が。
「勝手に人の部屋に入り込んだ割にはずいぶん堂々としたご退出ね。」
障子をバン!と開け放ったところで成瀬川の声が背後から聞こえた。
一瞬、ドキリとしたのを表に出さないようにして素子はゆっくりと振り返った。
そこには、暗い部屋の中、満月の光のなか不気味に微笑みながら佇む成瀬川がいた。
「む……」
「あなたもかしら?素子ちゃん。私の景太郎は誰にも渡さないわよ。」
「なる先輩!私は、あなたに勝負を申し込みます!浦島をかけて……いざ尋常に!」
「ふ〜ん……時代劇かなんかと勘違いしてるのかしら?それとも……本気?」
「問答無用!いざ、尋常になされよ!!」
ビュンッ
素子が腰につけていた刀を抜き、その切っ先を成瀬川に向ける。
フゥー、フゥー……と深い呼吸法で構えを取る素子。
成瀬川はその切っ先を睨みながらも構えようとせずに素子を睨み、言い捨てるように言葉を発した。
「ふん。女として敵わないから武力で勝負!?情けないわね」
「……っ!このおおおお!!」
成瀬川の言葉に素子が雄叫びをあげて間合いを詰めた。
完全に刀が届く間合いでビュゥと振り下ろされた太刀が大気を切り裂き、成瀬川に向けてその刃が向かっていく。
その刃を間一髪で避けながら成瀬川は、刀が振り下ろされて隙だらけの素子のわき腹に何発か拳を叩き込んだ。
「うぐっ……くっ、」
「私をただの女だと思って?瀬田さん仕込みの格闘術……伊達ではないわ。」
「黙れ!」
「……遅い、遅い。そんなもの。瀬田さんの動きに比べればまるでスローモーション。そんなことでは、青山の名がなくわね。」
攻撃を終え、すぐに素子の攻撃に遭わない距離まで退避するために、バックステップで移動しながら成瀬川は素子をあざ笑う。
「……私は負けるわけには行かない。青山の家名と浦島への想いのために。」
「それは立派な心がけだこと。だけど、後者の決意は気に入らないわ。約束の女の子はあくまでも……」
シュバァ!!
・・・私。そういいかけた成瀬川に向け、追撃の刃が薙ぎ払われた。
頭を捻ってその刃を避けるが、成瀬川の前髪は数本切られて、はらはらと花びらのように舞い散った。
「……この、私よ!」
ダン!と攻撃のかわされ、隙だらけの素子に体重を乗せた打撃を叩き込む。
シュッ……ブゥンッ!!
が、それは素子にかわされて大気を叩くだけだ。
「ふう……さすがは。景太郎のようにはいかないわね。」
「覚悟!」
素子は峰打ちなど考えていないのか、鋭利な刀身を成瀬川に向けて薙ぎ払う。
ビュバッ!
「私と景太郎を賭けて勝負だなんて言っておいて……私を殺す気かしら?」
薙ぎ払いを間合いを取ることにより成瀬川は華麗にステップを踏みながら回避した。
お互いに攻撃が届かない距離に離れて、お互いをにらみ合う。
「あなたさえいなければ。あなたさえ!」
普通の人間なら殺気で足がすんで動かなくなるほどの迫力で素子が成瀬川を睨みつけながら叫ぶ。
「負け犬の遠吠えね。惨めよ。」
背に満月を背負った成瀬川は、その恐ろしい形相にも物怖じしない。
怪しい笑みと不敵な物言いが、魔性を感じさせて素子のそれと対峙する。
吹く風が、成瀬川の髪を宙で躍らせる。
「黙れええ!!いざ、いざ、いざァァ!!」
素子は大きく咆哮をして、成瀬川に三連突きを繰り出す。
ヒュッ!ビュッ!ヒュッ!
しかし、不敵に笑って成瀬川がその攻撃をよけ、それは虚しく空を切り裂いただけだった。
「悲しいくらいに弱々しい……」
「くッ……おのれっ!!でえい!やあっ!!」
怒りでやみくもに切っ先を振り回す素子の攻撃を成瀬川はいともたやすくかわしていく。
どこにこんな実力を隠していたのかわからないが、成瀬川はいま、素子を手玉に取っていた。
それは心に余裕のあるものとない者の違いか。
はたまた……成瀬川もまた己が愛するモノのため、修羅となっているのか。
「はあっ……はあっ……く……仕方がない……こんな事に我神鳴流の技はつかいたくなかったが・・・」
「我神鳴流、奥義……斬岩剣!」
素子は、上段の構えから、剣先に気を集中させて一気に振り落とす。
剣の衝撃は、成瀬川の立っていた場所へと到達し成瀬川の背後にあった大岩を四散させた。
よもや、あの奥義は避けられまい。
大岩と共に成瀬川もまた四散し、大岩の破片の下で骸に成り果てているだろう。
「……勝った―。」
「甘いわね。」
「・・ぐっ!?」
技を決めたと思い、隙の出来たわき腹に斬岩剣を回避した成瀬川が、渾身のボディーブローを叩き込んだ。
それは、特殊な技でもなかったが、ズンッと素子のわき腹にめり込んだ鈍い衝撃からその拳の重さが伺える。
苦悶に歪む素子の表情もそれを物語っていた。
「くっ……このォ!!」
ビュッヴァ……!
掌を返した斬り払いを素子が成瀬川に向け、放つ。
大気を切り裂きながら、成瀬川の喉元に向けて直進する刃は、又も、間一髪を切るだけだった。
「当たらないわ。私の体術を舐めないでもらいたいわね。」
「もはや、手加減はせぬ。我全身全霊の一太刀をその身に受けるがいい!」
「ふん。初めから手加減なんてしてないくせに……」
「黙れ!」
タッ……!
ぐっと脚に力を込め、素子は、満月の空に飛翔する。
夜風が、素子と成瀬川の髪と服をさらさらとなびかせ、満月があたりを綺麗に照らす中、この決闘の勝負は今まさにつこうとしていた。
「はァァァ・・・」
素子は、空中で、ぐっと握った刀に力を込め、刀身に気を這わせる。
ひなは、気をその刀身に受けて、その身を真っ赤に変色させ、素子の体から溢れる負のエネルギーを精一杯の破壊力へと変換させていく。
気がみなぎる刀身と素子の体からは、湯気のような物が昇り立ち、その奥義の威力とそれにかける素子の意気を感じさせた。
それに気づいた成瀬川が、脚を開き、ぐっと力を込めた。
この一撃に全てが掛かる―。この一撃を見切れば……!
「奥義……雷鳴ェェェ……剣……!」
素子は、そう咆哮しながら、気を込めたひなを思い切り振り上げ、成瀬川めがけ、自由落下の勢いと同時にその刀身を振りかざした。
ズガァン……!
大きな爆音とともに雷鳴剣が炸裂した地上には、強大なクレーターが姿をあらわす。
討ち取った……!
「甘い……!!でやああ!」
地上に降り立っている素子の背後上空から、成瀬川の声が響く。
技をかわされた―!?
驚く素子が振り向き、成瀬川を探すと、成瀬川が上空で先ほどの素子と同じく、
自由落下の勢いを利用して、勝負を決める威力を込めた拳を繰り出そうとしていた。
しまった―。
「くっ……」
「遅い!今更かわせはしないわ!この勝負もらったァ!」
「笑止!この身に対する未練などはもはや無い。あるのはただ執念!我、全身全霊を賭けて……たとえこの身、朽ち果て、灰燼に帰そうとも……」
飛び掛る成瀬川を寸前に迎えても、素子は、かわそうともせずに、脚に力を込め、その手に握ったひなに気を送り込む。
自らの身と引き換えにでも……刺し違えても……。
「でぇぇぇやァァ・・・!!」
上空から放たれた成瀬川の一撃を、腹部に受けながした素子が、その衝撃を利用するかのように、手首を返し、ひなを横薙ぎに払った。
横薙ぎに払われた刀身は、成瀬川に命中し、その刀身に込めた瘴気と怨念を破壊力に変換し、成瀬川の身体に叩き込んだ。
成瀬川は、幸い切っ先ではなく、刀の根元の部分で攻撃を受けたので、胴体を二つに切られる事は無かった。
「ぐ……はァ……」
成瀬川の攻撃をも利用した捨て身の一撃をわき腹に受けてしまった成瀬川は、
その衝撃に吹っ飛び、空中を浮遊した後、激しく地面に叩きつけられる。
身を襲う衝撃のダメージの大きさにしばらく成瀬川の身は行動不能に陥った。
「この勝負。私の勝ちだ。その差は執念!精神の……!?」
そういい捨てようとした素子もまた、がくりとその身を地面へ落とした。
成瀬川の打撃は、受け流したとはいえ、素子の腹部に命中し、その威力に素子もまた行動不能に陥ってしまった。
「ぐ……う……は……はは……あんたも動けない……ようね……」
身を動かせない成瀬川が、がくんと脚を大地についた素子に向かって捨て吐く。
お互い様よ。と笑いかけた時、成瀬川にとって信じがたい事が起きた。
「……う……ぐ……ううううッ……」
素子が動けぬと思っていた成瀬川は、自らの目を疑った。
何と、素子が、ひなを地面に刺し、杖代わりにしながらだが、確かに再び、立ち上がったのだ。
「なっ!?何故立てるの!?あのダメージでは動けないはず……」
「成瀬川なる……」
「……はっ!?」
見上げて素子の顔を覗き込んだ成瀬川は戦慄を感じた。
あの一撃を腹部に受けては、内臓器官に大きな損傷を与えたはずで……身体も動くはずもない。
動いたとしても、動くたびに身を襲う激痛は、気を失う物のはず。
それが、動いている。よろよろとだが立ち上がり、私にとどめを刺そうとしている―。
それは、ただ……ただ執念のみ―。それほどまでに景太郎を想い、私を憎んだのか。
「く……くうう……」
一刻も早く起き上がり、構えねば……そう思う成瀬川の頭脳とはよそに彼女の身体は、全く言うことを聞かない。
全身強打のダメージと素子の念とひなの瘴気は、しばらくの間、神経回路を麻痺させたようだった。
「…………」
うつ伏せになったまま、まったく動く事の出来なくなった成瀬川に向け、素子はゆっくりと歩み寄る。
ザッ、ザッ、ザッ……地面を一歩一歩よろよろとだが歩き、素子は成瀬川の元で歩みを止めた。
「…………」
羅刹のように殺気に満ちた恐ろしい目つきで素子はゆっくりと成瀬川を見下した。
思えばそう、この女のせいでこのひなた荘は崩壊してしまったのだ。
全ての元凶であり、根源。それを今断とう。我、正義の剣によって!
「……覚悟。」
「くっ……身体さえ、動いたら……」
「ふん!!」
渾身の力と怒りと憎しみを込めて、素子は妖刀ひなを振り上げた。
これ以上ないほどの、良質で大量の負のエネルギーをその刀身に受け、妖刀ひなは鈍く、激しく、妖艶に輝きを増して人の血を欲する。
ぎらりと紅く輝く刀身は、素子の顔を揺ら揺らと写していた。
「……っ……やあッ!!」
一瞬の溜め動作の後、渾身を込めて素子はひなを振り下ろした。
すぐにその鋭い刀身は、まっすぐに成瀬川の頭部を貫き、絶命させるはずだ。
そして、綺麗に紅い花が地面に咲き、ひなは喜びに刀身を震わせ、素子も又、勝ち取った喜びに身を震わせるだろう。
……だが。
ガギィィ……ン!
「っ……!」
正にひなが成瀬川の後頭部を貫かんとした瞬間、その妖刀は斜め下横から衝撃によって弾かれて地面を突き刺した。
妖の気を放っていたひなは、地面に突き刺さり、強大な瘴気を食い損なったと言わんばかりにその輝きを一層と増す。
「おのれっ……」
握り締めたひなを引き抜きて、邪魔立てをした奴の胴を叩ききってやろうとした素子が、その愚かしい奴の顔を、
せめて記憶に残しておいてやろうと見上げたとき、素子の身体はそのまま動きを止めた。
「う……浦島……?」
何かを思い出したように頭を抑えてうめく素子に声がかけられた。
「そこまでだ。殺してしまっては何もならない。それとも、一時の感情の為に全てを失いたいかい?」
「う……」
その言葉に素子は全身を覆っていた殺気と瘴気を失い、その場に倒れこんでしまった。
行き所を失った負の思念、瘴気が素子に猛烈な勢いで逆流し始めたのだ。
まるで、漏電した電流が素子の身体にひなから流れてはいるかのようにひなは、
不満を素子にぶつけるため瘴気を彼女の身体に叩き込もうとする。
「あれでは……やはりお前は、欲求不満か?」
咄嗟にその男は、素子の掌をひなからひきはがして、素子の身体をひなから遠ざけた。
男は、未だに不満の捌け口を求める妖刀ひなを振り払うように両断した。
二本に折られたひなはしばらくの間、鈍い輝きを放っていたが、やがてその光をなくした。
「刀の分際をわきまえるんだな。」
「さて。勝者は幸せという名の幻想へ。敗者は、絶望と言う名の現実へ。天国と地獄の案内人はこの私だ。そしてその証人はひなた荘住人。ククク・・・」
瀬田は二人を小脇に抱えて、ゆっくりと歩みだした。
続く
[あとがき]
やっとこさメロひな第四集。
っていうか何かなると素子の決闘シーンがメインになっちゃってる……(汗)
エロシーンは素子のオナニーシーンだけだし。
次回は、勝利者の素子が、ついに念願の景太郎との幸せを手に入れます。
ただし、一時という制限付きですが。
一方、敗者の成瀬川は……。
さらに今まで動きのなかった、他の住人達も動き始めます。
愛憎の交錯するひなた荘を次回もご期待ください。
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